魔王の記憶 3 運命

 元々の数の多さに、"巫女みこの祝福"の後押しを得た人間たちが”魔人狩り”を始めるまで、そう時間はかからなかった。


 目の前で、他の弱い魔人やモンスターが蹂躙じゅうりんされていく。

 見ていていい気分でいられるはずがない。

 

 "祝福"だと?

 俺にとってそれは、"呪い"に他ならなかった。



 何故、オマエは俺の元から居なくなった?

 

 何故、祭壇さいだんを起動した?

 こんな事が起こると予想していたのか?


 何故、俺に会いに来ない……ッ!




「──出たぞ、"炎の魔人"だ!」

「応援を頼む! こいつは並じゃないぞ!」


「邪魔だ、退け……人間ッ!」


 ──ドゴォンッ!!


 俺が腕を振るうと、ヤツらはごとく吹き飛んだ。

 

 マリア、オマエが俺のことを忘れたというなら。


 俺が会いに行ってやる。

 "人間"のオマエに。

 

 そして、問いただしてやる──!



 孤独は、いつしか失望へ。

 失望は、いつしか怒りへと変わっていた。


 もしもオマエに再会できたら。

 その時、果たして自分がどう変化するのか……俺は怖くなっていた。


 だが──。

 


 * * * * * * *

 


天弓てんきゅう巫女みこが……死んだ?」


「そうだ。残念だったな、炎の魔人。お前が追っているという巫女はもう居ない。いい加減に降伏したらどうだ?」


 そう聞いたのは、人間たちとの小競こぜり合いに疲れたころだった。


 マリアの行方を追って幾度も北の王国へ足を運んだが、その度に人間たちは俺の行く手をはばみ続けた。


「嘘を……嘘をつくなァッ! 俺を動揺させようという魂胆こんたんだな!? ……その手には……乗らんぞッ!」


 ──ゴォオオッ!!


 腕からほとばしる炎から勢いが失われたことは、自分の目にも明らかだ。


「この、分からず屋め! これ以上の王国領への侵攻は無駄だと言っているのだ! お前の望みが叶うことはもう無い! 永遠になッ!」


うるさいッ! うるさいぞ──人間ッ!! 俺はだまされないッ! 何故マリアをかくまう? 彼女がそうしろと言ったのか!?」


「お前こそ、巫女みこ執着しゅうちゃくする目的はなんだ! そこまで"祝福"の恨みを晴らしたいか!」


「……俺はッ! 俺は……」



 いつしか、表立って”バルフラム・ルージュ”を名乗ることはやめていた。

 悪名をとどろかせるようになった”炎の魔人”と、王国で神格化された天弓てんきゅう巫女みこの間に繋がりがあることは、知られるべきではないと思ったからだ。


 数人の魔人で徒党を組んでも、"祝福"で勢いを得た人間たちには数の力で勝てない。

 仲間は一人また一人と倒れ、俺の真の名を知る者は今やリリニアだけだ。



 ……マリア。

 本当に居なくなったのか?

 俺はこれから、何を目指せばいい?


 もし、”運命”というものがあるのなら。

 俺は絶対に納得しない。

 こんな別れ方、終わり方……あるはずがない──!

 


 ……人間。

 俺は、オマエが憎い。

 マリアを奪っただけでは飽き足らず、我が物顏でこの大陸トライネントを支配しようとする。

 

 オマエがその気なら容赦はしない。

 目には目を、歯には歯をだ。思い知るがいい──!



 * * * * * * *


 

「若き魔人よ、我々と手を組まぬか」


 俺の眼前には、巨大な竜が座している。

 いや、竜というよりはむしろ大樹と言うべきか。


 東の火山の奥地に住まう、”賢竜けんりゅう”と呼ばれる存在。

 こいつがモンスター達をたばねる王だ。

 

「竜よ、何を企んでいるのだ」


「企んでなどおらぬよ。……近頃の人間は目に余る。ただのそれだけよのう。魂の流れにも異変が起き始めている」


 巨竜がごろごろと息を吐くと、草木が風に煽られてざわざわと揺れた。


「魂の流れとは、なんだ?」


「生と死の循環じゅんかん。そのバランスが崩れれば、渋滞じゅうたいを起こした魂たちが輪廻の流れに乗れず、彷徨さまよい続ける恐れがある」


「……まさか、リリニアがマリアの魂をうまく探せないと言っていたのは、そのせいか?」


「そこまでは存ぜぬが……世界の"裏側"によからぬ影響が起きるのは確かだのう。ただでさえ、祭壇さいだんの起動で大穴が空いたばかりだというに」


「……心得た。組んでやろうじゃないか。竜よ、俺にモンスターの軍勢を寄越よこしなァ」


「そう焦るでない。……シャルアロ、彼に付いておやり」


「──クルルル!」


 俺の傍に、乳白色の鱗と大きな翼を持つ若い竜が近寄ってきた。

 なるほど威勢のよさそうなヤツだ、気に入ったぞ。



 ──賢竜けんりゅうと同盟を組んだ俺は、モンスターの軍勢と共闘するようになった。

 こいつらは道具を器用に扱うことはできないが、頑丈な体躯と持久力を持ち、数の力もある。


 魔人とモンスターたちは粘り強く、増長した人間に反旗をひるがえした獣人軍とも三つ巴になり、三角大陸トライネントの勢力は東、北、西の三つに分断された。



 そして──



 膠着こうちゃく状態は長引き、何十年かの月日が流れていった。



 祭壇さいだんの"祝福"により増幅されていた魔素マナは次第に元に戻りつつあるが、この世界ニームアースを巡る魂の流れは乱れたままだ。


 "人間"と"魔人"の力関係は、再び逆転した。


 ヤツは俺を”煉獄れんごく魔王まおう”と呼び、恐れた。

 俺の拠点である”東の火山”を訪れる人間は、次第に数を減らしていった。



 ……そうだ、それでいい。



 さすがに……疲れた。


 もう、俺のことは放っておいてくれ。



 ──ピシ、ピシ……。


 首のあたりから、ひび割れる音がした。

 俺が受肉した時に首周りに残っていた、杖の先端の輪っか状の部分だ。

 

 首輪、か。

 わずらわしい。


 これも……呪いなのか。



 * * * * * * *


 

 しかし、俺の元には人間以外のヤツも訪れるようになった。

 俺なんぞと関わっても、ろくなことが無いというのに──。




 ──最初に来たのは、きつねあたまの女だった。

 そいつは俺の都合などお構い無しに、しきりに俺に話しかけてきた。


「もし……。あなた様が、煉獄れんごく魔王まおう様でございますか。どうか、わたくしをおそばに置いてくださいませ」


「何だァ? こんな奥地まで、獣人が何の用だ」


「わたくしは、血気けっきさかんに人間とやいばまじえる昨今さっこんの獣人勢力とは相反あいはんする者でございます。魔王と呼ばれつつも、無益むえき殺生せっしょうをなさらず、弱きをたすけるあなた様にかねてより敬服けいふくしておりました」


「……フン、オマエの買い被りだ。俺はそんな立派な思想なんぞ持っちゃいない」


「ほほほ。……ご謙遜けんそんを」


 フウメイ。

 オマエが時には苦言くげんていしてくれなければ、俺は未だに怒りと呪いを振りまく復讐者のままだっただろう。

 常に冷静で切れ者なオマエには、いつも助けられていたなァ……。



 *


 ──次は、大柄おおがらで力持ちな獣人だ。

 こいつは強者ゆえの孤高と孤独を知る者だった。


「参った……! よもや、このワシ以上の豪傑ごうけつがこの大陸にったとは」


「ハァ、ハァ……何を──言っている。怪力なら、オマエのほうが上だろうが」


「しかしてワシの負けには違いない。敵ながら天晴あっぱれだ。さあ、煮るなり焼くなりせい」


「冗談を言うな。俺はオマエと散々やりあって、もうくたびれたんだ。気が済んだなら、とっとと帰れ」


「そうはいかん。ワシにはとうに帰る家などないのだ」


「俺には知ったこっちゃないなァ、なら好きな所に行けばいいだろうが」


「……ではこの命、あんたに捧げるとしよう。これよりワシが、あんたのほことなろうぞ」


「なんだと? ……ハァ。また厄介な同居人が増えるのか」


 ダイダロス。

 オマエに背中を預ける事を覚えてからというもの、俺はずいぶんと肩の力を抜けるようになった。

 それにしても、オマエは顔に似合わず繊細せんさいな料理を作るよなァ……。



 *


 ──変わった人間がやってくることもあった。

 その騎士は長いマントに鉄の仮面をかぶった、気取ったヤツだった。

 人間でありながら、人間に対して激しいうらみをいだいていた。


「お初に御目おめに掛かる、煉獄れんごく魔王まおうよ」


「人間か? 久々だなァ、こんな大陸の外れまでやってきたヤツは。俺はいま機嫌が良い。特別に要件を聞いてやるぞ」


「──聴かせろ。お前の呪いを」


「……ンン?」


「お前は人間を憎んでいるのだろう。そう、おれと同じように。おれたちは……罪深い生き物だ。さあ歌おうじゃないか、共に」


「ま、待て待て。話が見えんぞ。確かに俺には人間を憎く思う気持ちもあるが……」


御託ごたくはいい。みにくく争う者ども人間。おれたちは同罪なのだ、生きているだけで──」


「……よくわからんが、歌い終わったら帰れよ?」


 ジュリアス。

 皮肉なものだ。オマエがいたからこそ、俺は人間に対する自分の感情を見つめ直す機会を得た。

 オマエ自身も、この城で暮らすうちに徐々に丸くなっていったなァ。


 だが、オマエがフウメイと恋仲になったと聞いた時は驚いたぞ。



 *


 

 ──俺がふらりと訪れた街での出会いもあった。


「助けて……助けてください!」


「……獣人の奴隷市場か。とうとう人間もここまでちたとはなァ」


「げっへっへ。お客さん、お目が高いね。仕入れたばかりの活きの良いコがたくさん、選び放題だよ?」


「ほう……。では、全員もらおうか。代金は炎で払ってやろう……ククク。喰らうがいい!」


「なッ、やめ……ギャーッ!」


 ──ボゴォンッ!!


 火柱が立ち上り、おりは一つ残らず解き放たれた。


 混乱に乗じて、捕まっていた奴隷たちは逃げていったが……。

 一人、黒髪に角の生えたむすめだけが俺の傍へ近寄ってきた。


「あのう~。私を買ってくださいませんか。煉獄れんごく魔王まおう様……ですよね?」


「……俺に奴隷を買う趣味は無い。どこへなりとも行くがいい、小娘こむすめ


「そうおっしゃらずに~! あなた、身の回りのことが苦手そうなオーラでてますよ~。私、きっとお役に立ちます~!」


「ぐ……否定はできないが。出会って早々、そこまで言うか?」


 ロゼッタ。

 ……まさかオマエに"時戻しの魔法"の才能があったとはなァ。

 その所為せいで、オマエがみずからを俺のそばしばり付け続けていること、心苦しく思っている。


 何度も言うが、俺のことは気にするな。自分の道を歩んでいいのだぞ。



 *



「……またこもってるのか、バルフラム。アタシが教えた操魂術そうこんじゅつは上達したかい。……その様子じゃ、成果はかんばしくないようだねェ。いい加減、諦めたらどうだ?」


「うるさい、リリニア。俺の勝手だろう」


「まーだ言ってるのか、お前は。マリア、マリア、マリアと……。何十年やってんだよ? もっと外に目を向けなよォ」


「……この大陸、どこに行っても人間だらけだ。外に出て、何の意味がある?」


「まったく根深いねェ。過去ばかりみてると時の流れに囚われて、亡霊みたいになっちまうぞ?」


「……どういう意味だ」


「そんな生活してちゃ、死んでるも同然だって言ってンだよ! お前の事をしたってるヤツらの身にもなれってんだ!」


「慕う……? 俺にはそんな価値はない。どうせ、飽きればいずれ出て行くだろう」


「ったく、この……ニブチンが! あーッ、わかったよッ! そこまでお望みとあらば出てってやるよ、バーカ! 燃えマユゲ!」


「なッ……なんだァ……?」



 リリニア、すまなかった。

 オマエが城を出て行って、俺は初めて気がついたのだ。


 オマエのことを、頼りにしていたと。

 オマエがいないと、張り合いがないと。寂しいと。



 しかし……これだけはゆずれないのだ。

 認めたくないのだ。


 俺は、生きる意味を失えば砕け散ってしまう運命さだめなのだから。



 何のために俺は、こんなことをしているんだ?

 このままではわからなくなってしまう──。



 * * * * * * *



 その日。


 俺はいつものように座して眼をつむり、失われた魂を探して霊界へとイメージの腕を伸ばしていた。

 遠くへ遠くへ、次元の壁に届くほどに。


 いつか読んだ本の記述から引用するならば──深夜、真っ暗な海に釣り糸を垂らすようなもの。

 俺は釣りなんてした経験はないが、そうなのだろう。


 数多あまた波動はどうあふれる、ほしうみたましいうみ


 いびつな心、よごれた魂、そんなモノに用は無い。

 俺が求めるものは、ずっと変わらない。



 ──その時、指先が今にも崩れそうな”魂”に触れた。


 この手触りは、この”波動”は。

 幾度となく夢に見た、望郷ぼうきょう

 

 マリア……オマエなのか!?



 ええい、霊水エーテルの膜が邪魔して……うまく届かん!

 次元の壁がなんだ、見失ってたまるか──!


 俺はイメージの腕にありったけの魔力を込め、力任せにすくい上げた。


 雑念が混じったかもしれない。

 懐かしさを感じてか、失いたくないという気持ちからか、手元が震えた。



「ハァ、ハァ……捕まえたぞ……! さぁ、受肉じゅにくしろ……!」


 ──ぼごッ、ぼごぼごぼご……ッ!


 俺の”細胞錬成術さいぼうれんせいじゅつ”によって、徐々に肉体が形作られる。

 その”魂”から生まれたのは、真珠色の髪の少女だった。


 ……ああ、違った……か。

 マリアではなかった。また別人だ。


 確かによく似た”波動”だったが、俺の早とちりだった。



「あら~、陛下へいか。久々にヒト型の魔人ですか?」


「……そうだな。そっちへ運んでやってくれ」


かしこまりました~」



 しかし、こいつは……よく見ればなんともカワイイやつだ。

 ああ、見れば見るほどに、カワイイ。


 ……完璧にカワイイな!?



かんッッぺきだァ……!」



 そう声をこぼしたくらいだ。



陛下へいか、興奮しすぎです……」


 ロゼッタ、これが興奮せずにいられるか!


 "転生術てんせいじゅつ"の実験を繰り返した俺だからこそわかる。

 こんなにカワイくてけがれのない魂はまたとないぞ……!



「──おい、オマエ! 気分はどうだ? 名はなんという?」


 彼女がまぶたを開くと、紅い瞳と目が合った。



「マコ──……」



 ……雷鳴が走った。


 俺は、彼女をまもらなければ。

 どうしてか、そう思ったのだ。




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