ボクと虹色の三角形 編

魔王の記憶 1 太陽


 “俺”の一番古い記憶は、暗闇の中から始まった。



 さす、さす……と、誰かが俺の頭をでる。


 いや、そもそも。

 そこが頭なのか、腕なのか、胴体なのか──。そんな概念がいねんなど存在しなかった。



「くくく、いいなぁ~、これ! 軽いし、持ちやすいし、しっくりと手に馴染なじむなぁ! あたし、この”つえ”気に入ったぞ~!」



 暗闇に、ひとすじのひかりした。


 はじめて聞く、”声”。


 何故、耳が無いのに声が聞こえたのか?

 それはわからない。


 魂で聞く。魂で見る。魂で感じる。

 いつだかアイツがそう言ったことがあった。


 ああ、久しく思い出すことがなかったなァ。

 なんとも、懐かしい記憶だ──。



 * * * * * * *



 今度は、二人ぶんの会話が聞こえた。


 

「──お嬢さん、珍しい”杖”を持っておるな」


「わかるのかい、竜のおっちゃん!」


「おお、その黒い光沢は……美しい輝きだ。間違いない、それは霊水エーテル外殻がいかくできておる。中には火の魔素マナが圧縮されているようだのう」


「それって、すごいのかぁ!?」


「もちろん。今は失われつつある技術だからのう。こうして外に漏れ出さないように霊水エーテルで固められた魔素マナは、人工じんこう精霊せいれいとして目覚めることもあるのだよ」


「マジかぁ、おっちゃん!」


「ああ。魔素マナも魂も、根源こんげんは一緒だからのう。大事に大事に、話しかけてやるといい」


「そうか、そうか! くははっ、わかったぞ! おまえさんのこと、もっと大事にしてやるからなぁ~!」



 * * * * * * *



 ──さす、さす、すり、すりと。

 

 彼女は俺の”頭”を撫で続けた。

 杖で言えば、先端にあたる部分だ。



「よーし、おまえさん。今日も頼むぞ。あたし、頑張るからなっ!」


 ……ああ、そうしろ。

 日に日によくなっているぞ。


『……火炎弾ファイアショットッ!』


 ──ボンッ!


 彼女が魔素マナを込め、俺を振り回した。

 その手のひらから伝わってくる望みを叶えるため、”火の魔素マナ”である俺は力を貸してやる。


 だが、どうも……。

 オマエは心がこもってないなァ。


『……おい』


「……?」


 彼女がキョロキョロと辺りを見回していることが、振動から伝わってくる。


『……おい、俺だ。オマエが手に握っている、この俺だ』


「うっ、うわっ! 杖が喋ったァ!?」


『何を驚いている。オマエがいつも俺に話しかけていたのだろう』


「マジかぁ! あたしの幻聴げんちょうじゃないのかぁ?」


『失礼なやつだ。俺がせっかくオマエに炎の魔法の極意を教えてやろうと思ったのになァ』


「えっ、ほんとか!? 教えてっ! 教えてくれぇー!」


殊勝しゅしょうな心掛けだ。……いいか、イメージしろ。心の底から。燃やしてやるぞと。オマエが信じれば、俺は応えてやる』


「……わかった、やってやろうじゃないのっ!」


 再び、俺は勢い良く振り回された。


火炎弾ファイアショットォッ!!』


 ──ボゴォンッ!

 空気の震えが、こちらまで響いてきた。


「き、きたぁー! これだよ、これぇっ!」


『オマエと俺が力を合わせれば、まァこんなものだな』


 彼女の腕を伝って、感情が流れ込んでくる。

 これは──おそらく”喜び”だ。


「すごいな……相棒! おまえさんはあたしの相棒だっ!」


『アイボウ……?』


「いいだろ、なぁ! そうだ、名前! おまえさん、名前はあるのかっ?」


『名前だと? そんな贅沢モノはない。俺はただの、火の魔素マナだ』


「そんなの、寂しいだろ! ……じゃあ、あたしがつけてやるよ!」


『名前に意味があるかはわからんが……好きにしろ』


「わかった、それじゃ……”バアル・フラム”ってのはどうだい? “炎の主”って意味だ! カッコイイだろぉ、チョイワルみたいで!」


『……悪くない響きだ』


「いや、待った! 長くて呼びにくいなぁ……」


『何なんだオマエは』


「んー、それじゃ縮めて……バルフラム! おまえさんは、”バルフラム”だ! 今度こそ、いいだろ!」


『バルフラム、か。承知した。俺の名は……バルフラム。ククク、気に入ったぞ』


「くくく。おまえさん、あたしに笑い方そっくりだなぁ」


『そうか? ずっとオマエの言葉を聞いていたからなァ』


「なるほどな! じゃあ、あたしの名前はとっくに知ってるわけだな?」


『そうとも。俺にとっての世界は、オマエが全てだ。……マリア。……マリア・ルージュ』


「……くはは、なんだか照れくさいなぁ!」


 また彼女の感情が流れてきた。


 今度は、これは……なんだ。

 俺にはまだわからないキモチだ。



 * * * * * * *



 ──ぱら、ぱらり。

 風がこすれるような、穏やかで不思議な音だ。

 

「……ほぉー。はぁー。へぇ~……」


 続いて、少し遠くから彼女の声が聞こえる。


『なんだ、ため息なんかついて』


「ごめんごめん。今読んでる本が興味深くってさぁ」


『本とは、どういうものだ?』


「ああ、そうか。時々おまえさんが杖だってこと忘れそうになるよ。これは異界っていう場所から流れてきたもので……色々な知識や物語を書いてまとめられた、紙の束さ」


『……よくわからん』


 彼女が、こちらへ近づいてきた。

 俺はこの場から動く事ができないが、声をかけるとオマエはすぐにそばへ来てくれる。


「おまえさんが直接見れないのが残念だなぁ。……そうだ、あたしが読み聞かせてやるよ!」


『いいのか?』


「気にすんなって。むしろ、読んでいてわからない所もあってさ。この本が何を伝えたいのか、一緒に考えて欲しいんだ」


『オマエがそう言ってくれるなら、俺は”ウレシイ”と思う』


「くはは、そっか。じゃ、読むぞ。……えー、”わたくしはその人を常に先生と呼んでいた。だからここでも──”」



 ──マリアの声は、つねに俺にとっての太陽だった。

 彼女が喋るたびに俺の世界は照らされた。

 ただのつかい手と杖ではなく、それ以上の関係で接してくれた。



 * * * * * * *



 ──ぱり、ぱり、サクッ……。

 小気味好こきみよい、”タベモノ”がほぐれる音だ。


『なんだ、やけに楽しそうだなァ。そう感じるぞ』


「ちょっと違うなぁ、バル。これは”おいしい”だ!」


『オイシイ?』


「おまえさんのおかげで、ちょーうどイイ感じに焼けたんだ、魚が! いつもは机に座って食べるけど、今日は焼きたて、ダイレクトだ! 特にしっぽは美味うまいぞー。おまえさんには口がないから、食べさせてやれないのが残念だなぁ」


『興味深い。人間はモノを体内に取り込むことで"代謝"を行うのだったな』


「よく覚えてるなぁ、バル! もうあたしより物知りなんじゃないかぁ?」


『オマエが読み聞かせてくれたことなら全て、何でも覚えているぞ』


「ははっ! じゃ、また次の本を読んでやらないとなぁ!」


『……いや、今はいい。それよりマリア、もっと……俺の事をでてくれないか』


「ええ? おまえさんがそんなこと言うなんて、珍しいな」


『オマエに撫でられると、なんというのか……そう、落ち着く。落ち着くという、感じがする』


「バルばっかり撫でられて、ずるいなぁ~! 手を動かしてるの、あたしだけじゃんかよ!」


『そうか、そうだな……マリア。俺はいつか、”人間”になりたい。そうしたら、今度は俺がオマエのことを撫でてやれるのに』


「へぇ!? バルが、人間にィ!?」


『おかしいか?』


「く、くはは……いや、面白いこと言うなぁ!」


『俺は本気だぞ』


「そうなったら、あたしはおまえさんの親ってことになるかなぁ」


『親……か。俺はそれよりも……。……まァいい』


「期待してるよ! 信じて、信じて、信じ続ければ……実現不可能なことなんてないからなぁ!」


 

 ──マリアは、”信じる”ことが上手じょうずなヤツだった。

 火の魔素マナ化身けしんである俺よりもあたたかく、魂を照らすような心地よい光を放つ女だ。


 彼女に携えられ、何人もの人間たちとすれ違ったが……こんな”波動”を持っているのは、彼女だけだ。


 俺はいつしか、マリアに包み込むように握られるのを毎日心待ちにしていた。



 だが、”その日”は突然訪れた。



 * * * * * * *



 ──ドンッ、ガタタン!


 勢いよく扉が開く音と振動。

 そして、沢山の気配が伝わってきた。


 まるで近くに別のマリアがもう一人いるかのような、不思議な波動を感じる。


「なんだぁ、おまえさんたち? あたしに何か用か?」


「ああ、”宝杖ほうじょう”がこんなにまばゆく……! まさか、あなたが天弓てんきゅう巫女みこですか」


「てん、きゅう……? なんだっけソレ。どっかで聞いたなぁ」


「私たちと一緒に来てください。確認しなければならないことがある」


「ちょっ、離せって──! 荷造りくらいさせてくれたっていいんじゃないの」


「その必要はございません、すぐそこですから。まずは私たちのあるじとお会いしてください。さあ、扉の外にお待たせしておりますので」


「まあ、ちょっとそこで立ち話くらいなら構わんけど──」


「そうですとも、そうですとも。感謝いたします……」



 ──バタン。ガチャリ……。


 どたどたと無数の足音が通り過ぎていく。

 マリアと、言葉を交わした男の声が遠ざかっていき──



 やがて沈黙が訪れた。




 立ち話だと?

 俺を差し置いて、誰と盛り上がっているんだ、マリア?




 ……それにしても、ずいぶんと時間がかかっているな。




 長い……。




 遅い……!





 何かあったのか?

 どうしたんだ、一体……!?



『……マリア、どこだ? どこへ行った? 返事をしてくれ、マリア……?』



 俺の声だけがむなしく響いた。

 近くに誰がいるのかすらわからない。誰かに聞こえているかさえも。



『マリア……? 何があったんだ? オマエが、俺を置いてどこかへ行くはずなんて……ないよな?』



 答えるものはいない。

 


 ただ、永い時間と暗闇だけが横たわっていた。




『俺は……ただの杖だ。独りでは動くこともできない。俺に触れてくれ。俺を撫でてくれ。俺を置いていかないでくれ。マリア……ッ! 返事を……してくれ……ッ!』




 ──それきりだった。


 マリアは二度と姿を見せず。

 俺の世界に、再び太陽が昇ることはなかった。


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