第43話 ギロチン
「いいや、間違いない……おれは覚えている。そのくらいの背格好だったはずだ」
「人違いって、言ってるのだけどねぇ~」
そう言いつつも、男からの追求を受けるロゼッタさんは半分観念したような顔だ。
「名前まで同じなら、もはや言い逃れはきかないだろう。
「ふぅ~。……コニーちゃん、マコちゃん。このひと、やっつけてくれる?」
「えっ、いいのー!? そんじゃ、てやーっ!」
──バシュウ! ──パキィン!
コニーは待ってましたと水球を発射し、それは見事に命中した。彼の
「っおォい!? このやろっ! ……おい、加勢を呼んでくれ! 大物が出たぞッ!」
男は背後に向かって叫びながら、また火球を飛ばした。
先ほど彼に敗北したもう一人の男性が、逃げるように路地の裏手へ走っていった。
「困ったわねぇ。私は覚えてないのだけれど~……」
「ロゼッタさん、あの人はお知り合いじゃないんですか?」
目の前で魔法を撃ち合うコニーと謎の男性を尻目に、ボクはひとまず静観を決め込んだ。
二人で一人を攻撃するのも気が引けたからだ。
「心当たりがないわけじゃないわ。でも数が多くて、いつのことかわからないのよ〜。なんだか申し訳ないわね~」
「えーっ?」
ミナミが、突然の出来事を内心楽しんでいるかのように茶化した。
「ロゼッタ先生って、実は魔性の女だったのー?」
「そんなことないわよ~!」
──パキィン、パキィン!
「ぐッ! ガキかと思ったらやるじゃねぇか、ウサ公」
「うっはー! やったー!」
コニーは、辛くも彼に勝利したようだ。一枚残った
「ほらよ。お前の戦利品だ、くれてやる」
男はそう言うとポケットから透明な
「えーっ、くれるの!? おにーさん、ありがとー! んふふー、あたし、勝っちゃった!」
「へん、ハンデがあった事を忘れるなよ。ヒラ戦じゃ負けねぇからな……って。おれ、
「──どうした、レオン。おまえ……負けたのか?」
ばつが悪そうに肩を落とす彼の背後から、また別の声がやってきた。
姿を現したのは、ニット帽を被った背の高い青年。見覚えのある顔だ。
「……アニキ。いや、油断したおれの落ち度だ。だが、後ろに控えてるやつを見るに……ただのガキじゃなさそうだ」
「ほう? お前ら、オレの舎弟が世話になったみてぇだな……って、げえっ!」
たしか名前は、アイゼンだ。
「
「あら~。アイゼンくん……お久しぶりねぇ。あなたのお母様が心配していたわよ~」
「ここでおふくろの話をするんじゃねェ!」
「あなたこそ、その名前で呼ぶのをやめてくれる?」
ロゼッタさんとアイゼンの間で、見えない火花が散った。
しかし、決着はすぐについたようだ。アイゼンは降参するように目を逸らした。
「ちっ……。おい、レオン。ちょいとハズしてくれ」
「アニキ、大丈夫か……? おれ、次に会う時にアニキの首と胴が泣き別れになってたらと思うと──」
「いらん心配するな、行け!」
「わかった。……あばよ、アニキ、ウサ公」
レオンと呼ばれた男は、言われるがまま不安げな目線を残して去っていった。
その姿は、叱責を受けて尻尾を丸めるしかない飼い犬のように寂しげだった。
「ロゼッタさん、お知り合いが多いんですね……?」
「ふふ、偶然よ~。彼……アイゼンくんは、フウメイさんの息子さんなのよ」
「ええっ? まさかぁ」
そういえば彼は獣人と人間のハーフを名乗っていたし、バル様からはフウメイさんの配偶者は人間だとも聞いていた。
そう聞けば、辻褄が合う話だ。
そのアイゼンが今、ロゼッタさんを前にして追い詰められたネズミの如く足を突っ張っている。
「……かつての
「昔の名で呼ぶなって言った意味がわからなかったのかしら」
ロゼッタさんが短く、それでいて鋭く突き刺すように言った。
「──ッ!! す、すまねぇ……」
その一言で、彼の心が完全に折れたらしいことがわかった。
「大会があるなんて、昨日はじめて聞いた話よ。言われてみれば、そういう時期ではあったけど……私は参加しないわ」
「そ、そうなのか……? オレはてっきり、
「……
「あっ! それって、ここに書いてあるやつのことかなー?」
コニーは手を挙げて、鞄の中からよれよれになった一枚のチラシを取り出した。
それは、
『 第27回
天弓歴1636年 12月21日~24日
個人の部 優勝賞金:金貨三百、副賞:
団体の部 …… 』
「ねっ! 見てここ。副賞に
ロゼッタさんとボクは、コニーが広げたチラシを覗き込んでお互いの頭をぶつけそうになった。
「妙ね……。"副賞"なんて、前回は無かったはずだわ。ましてや
「
「ええ。私の知る限りではそうね」
内心、奇妙な違和感を覚えた。
ボクがいま求めているのは、そんじょそこらでは手に入らないような貴重な品物であるらしい、
それが、都合よく
あまりに出来すぎた話で、目の前に釣り針に刺さった餌をぶら下げられているようにも思えるのは、気のせいだろうか。
「……この大会のレベルって、いかほどなんでしょうか」
「もしかして、マコちゃん……出場する気?」
「だって──リリニアさんに
ボクがいま身につけている、
これは一時的に借りたものだけど……もはや、これ無しでは安心して生活を送れない。
いつか返却を迫られる前に、引換条件として提示された
でないとボクは、これまでたまたま
「……そんなに? そんなに欲しいの?
ボクは諸々の事情を声に出さなかったけど、必死さだけは表情から伝わったようだ。
ロゼッタさんは、困ったように眉をひそめた。
「ほしいです……」
「マコ。いまの録音したいから、もう一回言って?」
「──ミナミ、ボク真面目な話してるんだけど」
「で、取り込み中のところ悪いが……。ギロ──ロゼッタ……さん。聞きたい事がある。あんたならわかるだろう、”
「……どうして? 会って、どうする気?」
「それを言ったら、あんたはおふくろに報告するだろう」
「それは、あなた次第よ。アイゼンくん」
アイゼンはしばし言い淀んだが、やがて意を決したように口を開いた。
「──あんたには前にも言ったが……オレは、"魔人"になりたいんだ。
ロゼッタさんは、唇をぎゅっと結んで押し黙った。
長い沈黙は、辺りの空気を急速に冷やしていくかのようだった。
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