第42話 ストリート・ゲーム

「ねえ。ほんとに……この服のまま行かなきゃ、だめ……?」


 ミナミとロゼッタさんに引っ張られるまま、試着したままの服を会計して……とうとう試着室に戻るタイミングを逸してしまった。

 店を出て帰路を歩く足取りが、どうにも重く感じる。


「なーに言ってるの! そんなに可愛くなっておいて、このぉ!」


 ミナミはさっきの服屋で買ったばかりのつば付き帽子をかぶって、ご機嫌だ。

 ボクの気も知らないで、ひじでお腹を小突いてくる……。


「んっ、でもやっぱり──恥ずかしいよ。足も肩も、すかすかだし……」


「魔法が掛かってるから、知らない人に見られる心配はないでしょう? おしゃれして外を歩く練習しようよ。ねっ?」

「あっ……う」


「無理しなくていいのよ~、マコちゃん。私の上着、貸しましょうか?」

 ロゼッタさんは、見かねたのか着ているカーディガンを脱ぎだした。


「いえっ、そういうわけには! だ──大丈夫です。ミナミの言う通り、誰も見ないはずですし」

 

 そう……これは、気持ちの問題。

 素足を撫でる空気の流れと、開放された鎖骨から肩の無防備さは落ち着かないけれど。

 結局のところ、街ですれ違う人々の視線がボクを捉えることはないんだ。

 

 それに、慣れておかなければならない。

 本当にこの服を見せたいのは──。


「マコー、なんか顔が緩んでない?」

「ふぇっ?」

 コニーの顔が急に目の前に現れたので、ボクは後ろに転びそうになった。


「へへへ、コニー。マコはね~、新しい武器を手に入れたんだよ。超カワイイ、という武器をね」


「超カワイイって……」


 言って貰えるかな──。


 しかし……“カワイイ”のその先には、何があるんだろう。


 カワイイ。美しい。麗しい。綺麗だ。


 ──どれも、外見を賛美する言葉だ。 

 

 でも、いまボクが求めているのは……そういうことじゃない、と思う。


 だってバル様は……ソニアさんにも言っていたらしい。カワイイって。

 いまにして思えば、軽い言葉だ。誰にでも言える。


 "結婚してくれ"はどうだろう。


 この言葉の重さは──


 その人に対して真剣に、誠実になるほど増していくように思う。

 簡単に口にできる言葉では、なくなっていくはずなんだ。



「んふー、あたしも新しいタグっていう武器をゲットしたしー! 今日はあたしたち、パワーアップだったねー!」

 コニーは歩きながら買い物袋から新品のタグを取り出し、ウキウキと眺めている。


「どれ、見せて見せてー」

「いいよー!」


 ミナミはコニーからタグを受け取ると、くるくると裏と表を確認した。

 タグは厚みのある透明なカードのような形をしていて、手のひらにちょうどおさまる大きさだ。

 両面には星型の紋章が描かれており、この部分は起動すると光る仕組みになっている。


「かっこいいよねー! あたし、これがないと生きていけないよー!」


「ふうん、こうやってじっくり見たのは初めてだなぁ。……あれ、タグってこんな色だったっけ。もっと、緑とか青とかに光ってなかった?」


「それはねー! タグの色は、起動した人の”属性”によって変わるんだよー!」

「属性……? そんなの、あったんだ」


「うん! 例えばねー。あたしの場合は、こんな色なんだ!」


 ──キィィン……。

 コニーがタグを起動すると、白熱灯のような黄色い光がうっすら暗くなりつつある路地を照らした。


「へぇ、なんか……こに~っ! って感じの色だねー」

「そお? んー、そうなのかもー!」

 

 コニーとミナミのやりとりを聞いて、ロゼッタさんが笑みをこぼした。

「ふふふ、コニーちゃんって、太陽みたいに明るいものね~」


「んふー、ロゼッタありがとー! それからねー。マコもタグ起動してみてよー! マコは風の魔素マナに愛されてるから、緑っぽい色になるはずだよー」

「えっ、うん」

 

 ボクはコニーから三枚のタグを受け取って、魔素マナを込めた。


 ──キィィン……。

 細い弦を弾くような不思議な音がして、タグが輝いて浮かんだ。

 しかし、その色は以前とは違うミントグリーンのような青緑色だ。


「あれぇ! そんな色だったっけー。もっと、まこ~っ! って感じの色じゃなかった?」

「えぇ……? それはちょっとわからないけど。うーん、確かにもっとエメラルド色だったような気がするね」


「だよねー。属性が変わることって、ないはずなんだけどなー。あたしいつも、ある日気がついたらタグが水属性の青色に光るようになってればいいのにー! って思ってるけど、変わらないしー」

「でも、この色は青とも緑ともつかないよね……。どういうことだろう」


 歩きながら、首を捻る。

 いまボクの周りに浮かんでいるタグは、元の緑色に加えて青色が混ざったような発色をしている。


 混ぜられた青色は、どこから来たのだろう──?



「──あら、何かしら」

 ロゼッタさんが、はたと立ち止まった。

 

 前方の路地から、ガヤガヤと何か騒ぎたてるような声が飛び交っているのが聞こえる。

 威嚇するような吼えるような、剣呑けんのんとした雰囲気だ。


「なーにー? 喧嘩かなー?」

「コニーちゃん、下がって──危ないっ!」


 ──ゴゴォッ! ──パキィン!

「へわっ!?」


 どこからともなく火の球が飛んできて、ロゼッタさんはコニーを庇うようにして飛び退いた。

 火球はロゼッタさんの背中に当たったが、衣服は燃えていない。

 代わりに、コニーの周りを浮遊していたタグが一つ光を失った。


「これは……いま飛んで来たのは、タグの制御下にある魔法だわ」

「えっ! 近くで魔素合戦マナゲームやってるのー!?」


 ──ひゅるる……。

 今度は、大粒の水弾が飛んできた。


「──はッ!」

 ボクは片手を振って風を起こし、水弾を退しりぞけた。


「どうやら、路上魔素合戦ストリート・ゲームに巻き込まれたみたいね。まったく、迷惑行為だわあ~」

「……路上魔素合戦すとりーと・げーむぅー?」


「ええ、往来で突発的に起こる小競こぜいよ。今は大会が近いから活発なのかしら。直接の魔法対決ではないから怪我せずにお互いの優劣がわかるぶん、ある意味平和的ではあるのだけど……近くでやられると、危なっかしいわね~」

 

 ロゼッタさんを頰を膨らませて、服の埃を払った。

 壁の向こう側から、バチバチと魔法が弾ける音が連続して聞こえ──だんだんと、こちらに近づいてくる。


 ──パキィン!

「ぐあッ……くそッ、終わりか!」


 タグが減る音と、悲鳴。

 路地の裏から、二人の男性が姿を見せた。

 

 一人はたったいま最後の一枚のタグを落とされたようで、悔しそうに膝をついている。

 もう一人は周囲に赤く光る二枚のタグを浮かべ、勝ち誇った顔だ。


「さぁ、一枚よこしな。ご馳走さん」

「チッ。仕方ねぇな……負けは負けだ」


 男は苦い顔をしながら、タグを一枚差し出した。

 受け取ったもう一人の男はそれをポケットに仕舞うと、こちらを向いた。


「──おっ? お前らも参加者か。タグを使っているのは……ひひ、子供が二人か。今日はよく稼げそうだ。さぁ、食らえッ!」

「えっ!?」


 彼には、こちらの姿が見えている──!

 どのタイミングかはわからないけど、いつのまにか擬態魔法の効果が切れていたみたいだ。


 ──ゴゴ、ゴォッ!

 男がこちらへ次々に火球を放り、ボクとコニーは身をかわした。


「あたしたち、参加者じゃないよー!」

「何言ってるんだ。こんな場所でタグを起動してる時点で、目的は一つだろう?」

「えー! おにーさん、遊んでくれるのー!?」

 

 コニーは彼と短い言葉を交わすと、臨戦態勢に入った。

 天から降ってきた数日ぶりの魔素合戦マナゲームの機会に、既に顔をほころばせている。


「コニーちゃん! 知らない人についていったら駄目って、昨日言ったでしょう」

「ついてかないよぉ! ここで遊ぶだけだからー! おねがい、ロゼッタ!」

 

「──ロゼッタ、だと?」

 その名を聞くと、彼は血相を変えて飛び退いた。

 先ほどまでの威勢が、みるみるうちに萎んでいくようだ。

 

「あんた……"処刑鎌の女王ギロチン・クイーン・ロゼッタ"か!?」


 男の口から飛び出したのは、物騒な二つ名と、それに似つかわしくない人物。



「……ひ? ひとちがいじゃ〜、ないかしらぁ?」

 

 振り向いた先で、ロゼッタさんが目を逸らして両手を上げた。

 その顔には、どうみても図星と書いてあった。

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