第41話 ボクとカワイイ服

 ここの洋服店は、獣人が多く住んでいる地区にある為か、様々なニーズに合わせた商品が並んでいるみたいだ。

 

 サイズは、大きなものから小さなものまで様々。

 あらかじめ背中やお尻の部分に翼や尻尾を出すためのスリットや穴が空いているものもある。

 帽子の品揃えの数は圧巻で、ハンチング帽、ベレー帽、ニット帽、なんでもありそうだ。


「はーっ! これは……すごい……ヨダレでる」

 ミナミは、堪らないという表情だ。


「ふふ、ミナミちゃんたらお洋服フェチなのかしら?」

「そうなんです! この世界の独自の服は研究しがいがありそうー!」


「ねーロゼッター! この服、あたしに似合いそうかなぁ?」

「あら、いいわねぇ。少しなら買ってあげるわよ~」

「ほんとー!?」


 ロゼッタさんとコニーはのびのびした様子で服を選んでいる。

 このお店の中は獣人のお客さんが多くいるし、気兼ねする必要は無さそうだ。



「さーて、マコちゃん? わたしたちも行きましょうね~」

 ミナミはニンマリしながら、ボクの肩を押してくる……。


「あの、ミナミ……。ボク、服はいまのが気に入ってるから、いいかなって──」


「なに言ってんのー! 実はマコのその服、ずっと気になってたんだよ。そんな地味な色の服着てちゃもったいないよー」

「だって、ボクがその……かわいい服着てたらさ……変じゃ、ない?」

 

 ボクの過去をよく知っている彼女だからこそ、ボクが女の子っぽい服を着たら笑うんじゃないかって思った。

 しかし、ミナミの顔は真剣だ。


「変じゃないよ、マコ。あなたがそう思い込んでるだけだよ」

「本当に……?」

「本当だよ。マコは、新しい自分に触れるのを怖がっているだけだと思う」

「新しい──自分、かぁ……」

 

 “音無おとなしマコト”は、十六歳だった。

 “マコ”は、言うなればまだ、ゼロ歳だ。


 でも、これから。

 ボクの人生は、どうにかして音無おとなしマコトのレールに戻ることになるのか。

 それとも、”マコ”として新たに歳を重ねていくんだろうか。

 

 もしも、後者だとしたら──。


「ね、マコ。試着だけでもしてみない? なにも、新しい服を絶対買って帰ろうって話じゃないんだしさ」

「えぇっ、恥ずかしいよ……」


 今日のミナミは、いつになく押しが強い……。

 そんなにボクに違う服を着せたいのかな。


「……わたしも楽しいけどさ、アイツも喜ぶんじゃない?」

「アイツって……」

「”ばるさま”だよ、マコ。見せてやりたいんじゃないの?」

「うっ、ううん──」


 バル様、いつもと違う服のボクを見たら……どんな反応をするだろう……。

 はぁ──。


 ──ペシッペシッ。


「ちょ、マコ。痛いです」

「あ、ごめん!」

 いつのまにか、自分のしっぽをブンブンと振り回していたみたいだ。


「……わかったよ。今日は着てみるだけに、するけど……。ミナミ、選ぶの手伝ってくれる?」


「へへへ。喜んで~!」



 * * * * * * *


 ミナミは、まるであらかじめ服の組み合わせが頭の中に入っているんじゃないか、と思うくらいの素早さで次々と洋服を手に取ってはボクの両腕に乗せた。


 みるみるうちに手の中に積み上がっていく服は、どれもボクのセンスでは試してみようとも思わない色ばかりだ……。

 ミナミに引っ張られてあたふたしているうちに、あっという間に試着室に押し込まれてしまった。


「なにかわからなかったら、呼んでよー?」

「わ、わかった」

 ミナミは部屋の前で待っているらしい。自分の服はいつ選ぶつもりなんだろう?



 試着室の鏡が、全身を映している。

 着ているものを脱ぐと、鏡に映ったボクは下着だけの姿になった。


 これから、着替えちゃうんだ、ボク──。

 いつもとは違う、”ドキドキ”を感じる。でも、今のこれはむしろ……”ワクワク”も少し入っているかもしれない。


 一つ目を手に取る。

 これは……スカート。膝くらいまでの、丈のある赤黒チェックのスカートだ。

 生まれてこの方、スカートなんて一度も履いたことはない……。


 これまでの恥ずかしさに比べたら……スカートを履くくらい、どうってことないはず。

 せっかくミナミが選んでくれたのだから、挑戦してみないと。


 しかし、服というのは……自分というかたちが、他人からどう見えるか決める大事な要素だ。

 顔や身体と違って、自分で選べるものだし……下着と違って、隠れないものだし。


 女の子用の服を自ら進んで着るのは、ボクにとって大きな意味を持つことだ。

 魔王城の鏡の前で悶々としていた頃のボクには、できなかったことだ。


 あの時のボクと、いまのボクは……何かが、違う。



 ……足を通すと、ひざ下がスースーした。

 下半身を守る布が根本的に足りないような、不安感があるけど……こういうものだとしたら、慣れるしかない。


「マコ、着れたー?」

 ミナミの待ち着れないという声が聞こえる。


「まだ一着目だよ……」

「おーそーい!」


 仕方ないじゃないか……っ。はじめて、なんだから。

 そう声に出そうとしたけど、また揶揄からかわれるような気がしたので、やめた。


 二つ目は、黒い……これはなんだろう。

 どうやら上に着る服みたいだけど、いろんな所に穴が空いていて、どこから胴を通してどこから腕を出せばいいのか、よくわからない。


「これ、どうやって着るのかな……?」


「どれどれ?」

 ──シャッ。

 ミナミが、カーテンを開けて試着室にずいと入ってきた。


「──ほわぁあ!!?」 

 

「うへへへ、待てなかったや~」

「ミっ、ミナミ、勘弁してよ……」


「まあまあ落ち着いて。わたしたち今は女の子同士だから、セーフだよ? マコちゃん」


「そう……うん、そうかもしれないけどさ……」


「これはね、”オープンショルダートップス”って言います。知らなかったでしょ。覚えて?」

「オープン……? えっと、どうやって着るの?」


「えーと、ちょっと失礼」

 ミナミは服を受け取ると、正しく被せてくれた。


「あ、ごめんね、ありがとう」

「……マコ、わたしより胸、大っきくない?」

「……いまありがとうって言ったの取り消していいかな」


「──ゴホン、ここから腕を出してね、そしたらこっちの袖に通すの」

 何事もなかったように、肩口をツンツンとつつかれた。


 指示に従って腕を出すと、やっと服の正体がわかった。

 これは肩の部分に穴が空いていて、素肌を晒すタイプの服だった。

 

「うわー、セクシー。セクシーよ、マコ!」

「な、なにこれぇ……」

 

 ここまで肌が見えるタイプの服を──まさか、自分が着ることになるなんて思ってもみなかった。

 膝も肩も腕も胸元も、スースーするし……こんなに空いちゃってて、いいの……?

 


 鏡の中では、よく知った顔の少女が見慣れない服を着て恥じらっている──これがボクだなんて、信じられない。


 でも、ミナミが選んでくれた服は……確かにかわいいし、真珠色の髪に黒と赤のコントラストが映えて、よく似合っている──気がする。


「そんで、仕上げがコレ!」

 最後にボクの頭に乗せられたのは、黒いキャスケット帽だ。

 額から生えたツノが、うまい具合に自然に隠れた。


「いいよいいよ~。マコ、とてもいいよこれ~。うんうん」

「あ……ありがと、ミナミ」


「どういたしまして! へへ、楽しいなぁ。夢みたい。……ずっとこの時間が続けばいいのに、な」

 ミナミはそう言うと、物憂ものうげにはにかんだ。


「たしかに、楽しかったけどさ……試着できたから、元の服に着替えるよ」


「……そうはいかないなぁ~♪」

 

 ──ぐぐいっ。

 背中を勢いよく押され、ボクは前につんのめった。

 顔を上げると……ここは、試着室の外!?


「わっ──えっ!?」


「ロゼッタ先生ー! マコの服も見てあげてくれませんかっ!」

「はーい? いまいくわ~」


 ミナミの声に反応して、ぱたぱたと小走りでこちらにやってくる足音──ロゼッタさんだ。

 

「あら、あら、あら──あらま~~!!」


「あわわ……」

 み、見られちゃった、ロゼッタさんにも……。


「ミナミちゃん……グッ、ジョブ! お買い上げよ!」

「うへへ、それほどでも~。素材の良さですよねぇ」


 ミナミとロゼッタさんは、満足げにハイタッチした。

 ……してやられた。ボクは着せ替え人形じゃないんですけど……。



 改めて、鏡の前に立った。


 この服は、今まで自分をごまかすように着ていた中性的なだぼついた服ではなく……正真正銘、女の子の為の服だ。


 もはや、ボクがかつて男の子だった事を証明するものは、どこにもない。

 容姿も、名前も、格好も。そして──心は……。


 新しい服に身を包むと、よすがとしていた最後の砦まで失われて──全てが染まっていくようだった。

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