第40話 触れ得ざるもの

 “おまえ、魔人か”だって? 悔しいけど、その通りだ。

 いまのボクは、魔人の一種だそうで──夢魔サキュバスという種族だ。


 まだ、王国に来て一日しか経っていないのに──こんなに簡単に見つかってしまうなんて、油断していた……!

 どうすればいいかわからず……青ざめることしかできない。


「その反応……。そうか、やはりか。道理で濃い魔素マナの気配がすると思ったぜ」


「えっ、た──試したんですかっ?」

 自分の無策っぷりを、いまさら後悔した。走って逃げたらよかったんだろうか。

 

「おいおいおまえ、とんだお人好しだな。シラを切るって言葉を知らないのか?」

 予想外の反応だったのか、彼は呆れたように笑っている。


 ああっ──ボクは、ばかだ。口を開けば開くほど、墓穴を掘ってしまう。


「……そんな顔するなよ、おじょう。別に騒いだりしないさ。見つかったのがオレでよかったな」

 そう言うなり彼はニット帽を脱いで、もみあげを持ち上げるようにして髪をかきあげた。


 顔の側面から、ふさふさした尖り耳が飛び出している。彼も、帽子で耳を隠していたんだ。

 その荒々しい印象から、なんだか狼男みたいだと思った。


「あなたは……獣人、ですか?」

「正確には、獣人と人間のハーフだ。珍しいだろ? 魔人ほどじゃないがな」


「よかった……。びっくりしちゃいました」

 ひとまず彼に害意はないようで、ホッとした。


「そしてオレは何を隠そう、魔人マニアでもある! 申し遅れたが、オレはアイゼンって言うんだ。自己紹介したんだから、教えてくれよ。おまえは何の魔人なんだ? インプか? バンシーか? 人間に化けているタイプか?」


 “アイゼン”と名乗った青年は、高揚した声でまくしたてた。


 魔人マニアって……。そんな人も、いるんだ。

 恥ずかしいけど……先に耳を見せてくれた彼に敬意を払って、名乗らなければ。


「ボクは、マコっていいます。えっと──、あの……夢魔サキュバス、です」


「……さっ、さきゅ──!?」

「えっ?」


 アイゼンは急に顔色を変えて、何かを恐れるように一歩後ろに下がった。


「おぉオッ、オレはっ──、おまえの誘惑には屈しねえーーっ!」

 顔を真っ赤にして、目を細めて手をぶんぶんと振っている。


「へ? えっ?」


「ああっしかし──どおりで美しいと思った──いや、なにを言ってるんだオレは──あわよくば──違うっ! 待て、落ち着けオレ! すまん、オレは──失礼するっ!」


 そう言うと、彼は慌てた様子で店の出口のほうへ走って行った。


 なんだったんだろう……。

 ペースに乗せられてしまったけど、名乗らないほうがよかったのかな。



「マコ、どした? いま、誰かと話してた?」

 振り向くと、ミナミが不思議そうな顔をして立っていた。


「ん、いや……なんか、男の人に話しかけられちゃってさ」

「男ぉ? まさか、ナンパされそうになったんじゃないだろね?」


 ミナミは、出口のほうに数歩あるいてキョロキョロと犯人の行方を探した。


「そっそんな事ないと思うけど……」

「いいや、マコ。マコちゃん。あなたって、かなーり、かわいいんだからね。自覚しなよ?」


「う──そう言われてもさ……」

「いい? ナンパなんてするやつはね、ろくなもんじゃないからね。覚えときなー」

「は、はい」


 それって偏見じゃないのかな……。でも、ミナミなりに気をかけてくれているのかもしれない。



「ミナミちゃん、いるかしら~?」

 ロゼッタさんの呼ぶ声だ。


「はーい、なんでしょう」


「悪いのだけど、お金を渡すからこのタグをお会計してきてくれるかしら?」

「わっかりましたー」


 ミナミはロゼッタさんからどっさりとタグを受け取った。予備のぶんだろうか、けっこうな数だ。


「あっ、ミナミまって。これも、お願い」

 ボクはミナミに、先ほど目に留まった”定唱化ていしょうか入門キット”と、以前ロゼッタさんから貰ったおこづかいを手渡した。


「ほほう? オッケー。それじゃ、行ってくるね」



「はーっ、タグ買えてよかったぁー! 早く魔素合戦マナゲームしたいなぁ!」

 コニーは待ちきれない様子で、レジに並んだミナミを眺めている。


「ふふ、よかったわね~。たまには私も参戦しようかしらね~」

「ロゼッタ、ほんとー!? いいねいいね、あたし、すっごい楽しみだよー!」


「一対一でやるのと、みんなでやるのとでは結構違いそうだよね。この前なんか、ボクとミナミとベリオの三人でリリニアさんに挑んだんだけど、勝てなかったよ」


「へぇーっ!? あのヒト、そんなにすっごいの?」


 コニーは飛び跳ねるように驚いた。

 そういえば、コニーが水晶宮殿すいしょうきゅうでんに到着したのはバル様とリリニアさんの試合が終わった後だった。


「うん、バル様とも対戦してたけど、互角だったよ」

「うっそー! ベリオのママってつよいんだねー。ベリオがちっこいのにつよいわけだねぇー」


「そうだねー。ボク、いつかリリニアさんみたいになりたいなぁ──」

 なんとなしにそう言うと、ロゼッタさんが口を開けてこちらを見た。


「──あの、リリニアさんみたいに魔法を使えるようになれたらって、意味ですよ?」

「あっ……そ、そうよね~。ふふふ」

  

 今のって、地雷だったのかな……?

 ロゼッタさんとリリニアさん、そしてバル様の関係性にはまだ謎な部分があるので、うかつに名前を出さないほうがいいのかもしれない。



 * * * * * * *


 魔道具屋を出た後、ロゼッタさんは地図を広げながら先導した。

「さて、次は帽子を買うんだったわね~。それと、他に行きたいお店はあるかしら?」

 

「ほんとにありがとー、ロゼッター! あたし、今日は荷物持ちがんばるよー!」


「ロゼッタ先生、帽子のついでに洋服も見たいです!」


「わかったわ~。マコちゃんは、どう? そういえば、転移魔術師てんいまじゅつしさんに会いたいって言ってたわよね~」

「へっ? う~ん、そう──でしたね……」

 

 そうだ。元々ボクは……地球に戻るための手がかりを探す為、”転移魔術師てんいまじゅつし”に会う目的で同行したのだった。

 

 しかし、目的のすぐそこまで来た、いま。

 実際にそうしたいかと言うと……全く、逆になっている。


 もし、仮に。”地球に帰れる”としたら。

 それとも逆に、”帰る方法はない”としたら。


 “ボク”自身が、どう決断することになるのか。その先に、何が待っているのか。

 それを確かめるのが──分かれ道の目の前に立つのが、怖いのだ。


「……なんだ。ミナミの言う通りじゃないか」


「うん? なあに、マコ」

「あ──いや。ごめん、独り言。……ロゼッタさん。今日はその、荷物が多くなりそうだし……。それはまた今度にしましょう」


「あら~。……そ~お?」


「それより、ボクは今探しているものがあって……”霊水エーテル”っていうんですけど。王国のどこかで手に入らないでしょうか」


 ロゼッタさんはピタリと立ち止まり、無表情でこちらを見た。


「……何に使うのかしら?」


「──えっ」


 一瞬、時間が止まったのかと思った。

 ロゼッタさんのほんわかとしたオーラが消えて無くなり、視線は刺すようで。

 突然首元に刃物を突きつけられたかのように感じた。


「いえ、その。リリニアさんから頼まれているん、です……使いみちは……聞いてないんです──けど」

 喉から絞り出した声は、こごえるような空気に怖気おじけいて、尻すぼみになっていった。


「……そう。……なら、いいのだけど。でもね、その辺のお店で売られているような物では無いと思うわ~。申し訳ないけど、私には心当たりがないわねぇ」


 ロゼッタさんはパッと表情を戻して、再び地図に目を落とした。


「そう、ですか……。ええと、すみません。変なもの欲しがってしまって」


「ふふふ、欲しがっているのはリリニアさんでしょう? 変なものを」


「ああ、いえ!? いや……はい。その通りです」

 

 ロゼッタさんがそこで話を打ち切ったので、ボクはそれ以上”霊水エーテル”の話題に触れることができなかった。

 一体どんなものなんだろうか、霊水エーテルって……。

 

 

「──ああ、あったわ。ミナミちゃん。ここが西の地区で一番大きいお洋服屋さんよ~。きっと、帽子も売っているわ」


「さっすが、ロゼッタ先生! 入りましょう、入りましょう!」

 ミナミは嬉しそうにボクの手をぐいっと引っ張った。


「わっ! ちょっと、ミナミ?」


「へへへ、マコ。ちょうどいい機会だから、わたしが選んであげるよ~? お・よ・う・ふ・く!」

「ひえっ……」


 そう言ったミナミの表情は、まるで獲物を狩る野生動物のようだった……。

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