第23話 樹海に棲むもの
「ふっ、きまった……!」
夜空に颯爽と現れた男の子は、誇らしげな顔で石柱の上に着地した。自分の登場が格好良く決まった事で自己陶酔しているようだ。
──ビシッ!
「ほげっ!?」
と、そこに植物の
彼の背中から生えていた銀色の翼は、フッと霧のように消えた。
「……大丈夫?」
植物の囲いは彼が降らせた炎で怯み、少し後退している。
ボクはしゃがんで手を差し伸べ、男の子を助け起こした。
「フ、フフ……おれがきたからにはもう安心だぜぃ……
鼻血を出している……現れた時の威勢の良さは既に半分もない。
起き上がった彼の背丈は、予想以上に小さかった──ボクよりも頭ひとつぶん以上小さく、五、六歳くらいは年下に見える。
翼が消えた彼は最初の印象と比べてますます小さく見え、失礼ながらとてもボクたちのピンチを救けてくれるほどの力があるとは思えない。
「キミ、来てくれたのはありがたいんだけど……巻き込んじゃったみたいで、ごめんね」
「むむ……姉ちゃん、おれをなめちゃいけないぜ──おりゃっ!」
──ゴゥッ!
男の子は手のひらから炎を繰り出し、にじりよる植物たちを押し退けた。
「道ができた──逃げよう!」
ミナミの合図で、ボクは彼の手を引いて一目散に走った。
「まっまて! おれはまだやれる──ぐわっ!?」
彼は引っ張る手に一瞬だけ抵抗したが、眼前を
「ふぅ……なんとか撒いたみたい」
植物のモンスターはあまり遠くまで追ってこれないらしく、しばらく走ると姿が見えなくなった。
「えっと……助かったよ、キミ」
「うん、なんだかんだでピンチを救われたね」
ボクはしゃがんで彼に目線を合わせ、挨拶した。ミナミもそれに同調した。
「──ふっ、ふふ! そうだろっ! おれに感謝しろよな、
姉ちゃん……。年下の子からすると、そう呼ばれるんだなぁ。
思わず苦笑いしながら──重大なミスをしたことに気がついた。彼と、目を合わせてしまった。
「……うん、どうしたんだァ?」
彼はボクが青ざめているのを見て、不思議そうに首を傾げた。
「や……なんでもないよ」
特におかしい様子はない……。ボクの紅い瞳の魔力は、無くなったんだろうか。
何故か彼を見てバル様の事を思い出し、つい油断してしまったような気がする。
──そういえば彼は先ほど、”魔王の息子”と名乗っていたような。
「あの、ごめんね。もう一度名前を聞いてもいいかな。ボクはマコっていうんだ」
「おれはベリオってんだ! よろしくなァ、マコ姉ちゃん!」
ベリオは無邪気に微笑んだ。銀髪から生えたツノが、月光を浴びて輝く。
「ベリオくん、ね。わたしはミナミ。助けてくれてありがとう」
ミナミは腰を曲げ、彼に手を差し出した。
「おまえ、人間かァ?」
ベリオは目を細め、ミナミの手と顔を訝しげに見比べている。
「えっ。そう、だけど」
「ふうん……。はじめて見た。よろしくな~、人間」
彼はミナミの手の人差し指だけ握って握手した。
ミナミは怪訝そうに口を尖らせたが、何も言わなかった。
「あのさ、ベリオくん。助けてもらったついででわるいんだけど……ボクたち道に迷って困ってるんだ。この辺りで安全な場所、知らないかな?」
どうして彼がボクとミナミで態度に差をつけるかは測りかねるけど──小さい子の考えることだし、腹を立てても仕方ない。
ひとまずボクのほうから聞いてみることにした。
「姉ちゃん、こまってるんだな? じゃあ、おれん
「あ、ありがとう!」
ベリオは嬉しそうに歩きだした──と思ったら、急にボクのほうへ振り返った。
「姉ちゃん……なんだか、おれの
「そう、なの……?」
「んー……気のせいかなァ」
そう言うと、彼は何事もなかったように再び歩きだした。ミナミも眉をひそめながら後に続く。
ツノが生えた小さな男の子、ベリオ。彼は”魔人”なのだろうか。
ではその母親は──どんな人なんだろう。
* * * * * * *
「ついたぜ、これがおれん
「わぁ……」
それは、ボクが頭の中で漠然と想像していた”家”とは全くの別物だった。
見上げるほど巨大な大聖堂──いや、宮殿というべき豪華さを備えていた。
東の火山にある魔王城とは正反対で、息を呑むような美しさだ。
水をなみなみと湛えた湖の上に建っており、月明かりを浴びて湖面に反射した宮殿の姿は、夜空に浮かんでいるかのようだ。
「こりゃ、すごいね……。なにもんだ、あいつ?」
ミナミは舌を巻いた。先ほどの彼の態度も忘れるほどに驚いたみたいだ。
「こっちこっち!」
ベリオは宮殿へ続く唯一の橋の上で急かすように飛び跳ねた。
橋の先の階段を上ると、そこには大きな正面扉が待っていた。
──ギィィ……。
ようやく宮殿の入り口だ。ベリオが扉が開けると、奥から照明の明るい光が漏れ出てきた。
「──こんな時間までどこほっつき歩いてんだコラァ!!」
その不意打ちの如き声は、宮殿の奥のほうからこだました。
まるで耳元で叫んだのかと錯覚するほどの迫力だ。
「ぎゃーーーーっ!!」
ベリオは服の襟首を見えない何かにひっぱられ、空中を滑るように前方へすっとんでいく。
──ピシィンッ!
大きな正面扉を
「わわ、
「へェ……?」
その女性は、顔を半分覆い隠すような長い前髪を垂れ下げ、幽霊のように細く儚げに立っていた。
ホールが照明で照らされていなければ、その存在に気づくことはできなかっただろう。
くすんだ銀色の長髪から長くねじれたツノが左右に伸びている。白い肌には
「フゥン……。お前たち、よくアタシの術から脱出できたねェ? 褒めてやるよ」
彼女はボクとミナミを一瞥するとニタリと笑い、
ボクはその声に聞き覚えがあった。
暗闇を連れて来たような……ヒヤリとする、威圧感のある声。
──ギィィ……バタン。
背後の扉が、ひとりでに閉まった。
まさか──! 背筋が、ぞわりと凍る。
ボクたちをここへ
「まいったね──わたしの計画ではまだ会う予定じゃなかったんだけどな」
隣でミナミが剣を構える音がした。
「……あなたが、
視界が、かすんでくる。ボクは半ば嘘であって欲しいと願うように問いかけた。
「アハハ……そうとも。アタシが、
魔王から発せられる静かな声は、全身を氷で貫かれるかのようだ。音もなく全身が締め付けられる錯覚を受けた。
冷気が押し寄せてくる──頭がガンガンする。
身体から、力が抜けていく──。
「嫁、候補? マコ、どういうこと?」
そういえば、晩ごはん……なにも、食べてなかったな。最後の晩餐は……カフェのプリンになっちゃったか──。
「──マコ?」
ミナミ──ごめん。もう、声を出す気力もない。
身体から力が抜けて──。
ボクの意識は闇へと落ちていった。
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