第17話 ミナミの冒険

 急いで、みんなが待つ広場に駆け戻った──ミナミと一緒に。


 正直言って、まだ半信半疑だ。

 元の世界に居たはずの彼女が、ここに──目の前に居ること。

 ボクが女の子になってしまったことをすんなり受け入れ、にやにやしながら後をついてくる彼女は……よくできた幻じゃないかとさえ思う。

 

「どうしたの、マコト──じゃなかった。マコ? ……へへ」


「……ううん。なんでもない」


 彼女の顔を覗き込むほど、本物のミナミだと確信が強まるばかりだ。

 まだ混乱しているけど、それだけは間違いないと思える。


「ほら、前むいて。あのひとたちのこと、わたしに紹介してくれるんでしょ?」


「うっ、うん」

 

 ミナミに背中を押され、前へ向き直った。

 ちょうどバル様とコニーがボクたち二人を見つけて、近づいてきたところだ。

 

「一体どうしたのだ、マコ。そいつは誰なんだ?」


 彼は、ミナミにちりちりと焦がすような視線を向けた。


「あのっ、彼女はボクの幼馴染で──けっして怪しい子じゃないんです。……ねっ、ミナミ?」


「はい、はじめまして! ミナミっていいます。うちの・・・マコッ──ゴホン、マコがお世話になったみたいで、どうもありがとうございまーす!」


 ミナミはバル様たちにものじするどころか、仰々しくお辞儀した。

 

「わぁ、マコのお友達ー!? うれしいなー、よろしくー! あたしはコニーだよー!」


 コニーは、すぐにミナミに手を差し伸べた。初対面でも無警戒なのは彼女らしい。

 一方のバル様は……当然ながら、不信感あらわだ。


「オサナ、ナジミィ……? オマエは城の外に出たのは初めてのはずだが。まさか、前世の知り合いか?」


「ええと。そう、です」


 前世という言い方に引っかかりを感じつつも、頷いた。

 ミナミもボクと同じ方法でこちらに来たのだろうか? そうは思えない。彼女は、あまりにもそのまま・・・・すぎる。


「だが、マコ。オマエの魂は異界から来たと聞いたぞ」


「ボクもそう思ってたんですけど……。……ねえ、ミナミ。どうやってこっちに──この世界ニームアースに来たの?」


 ミナミはコニーと握手しながら彼女のふかふかの手の感触を楽しんでいたが……、急に顔を曇らせて、俯いた。


「それは、マ──。……あなた、覚えてないの?」


「えっ?」


「……あなたは……。交通事故に、遭ったんだよ」


「ボクが? ううん……。そうだった、かも」


 今となってはもう、うっすらとしか思い出せないけど……この世界ニームアースにやってきた日を頭の中で懸命に辿ってみる。

 たしかに、記憶の片隅にそんな景色が浮かぶ。


 ロゼッタさんが言うには、ボクの元の身体はもう役目を終えてしまったんじゃないかって。

 そしてボクは、魂だけでこの世界にやってきて、バル様の転生術によって、今の……この身体・・・・になっている。


「わたし……わたしね、もうだめかと思ったんだよ? あなたの胴体から、どくどく、どくどくって……、地面に真っ赤な血溜まりが、できてさ」


 ミナミは、肩を震わせながらボクの腕を掴んだ。

 ボクが生きている感触を確かめるように、ぎゅうっと──ああ、痛みに呼ばれて記憶が戻ってくる。

 魂のどこかに刻まれていた、かすかな記憶。


「そう──そうだ、ミナミ。あの時は……キミと一緒にいたんだった」


「わたしはすぐ駆け寄って、あなたを抱き起こしたよ。怪我人をむやみに動かしちゃいけないって習ったけど、そんなこと考えられなかった。……そしたら、わたしの服まで真っ赤になって、なま暖かくて……。こんなの悪い夢だ、全部ウソだって、早く覚めてって。そう思った」


 爪が食い込むほど強く、腕が締め付けられる。

 こんな痛みとは比べられない事故だったはずなのに……。ボクの記憶は、目の前に車が来たところで途切れている。


「それは……。つらかった、よね」

 そうとしか言えなかった。ぜんぶ覚えているのは、きっとミナミだけだ。


「……うん。でもね……信じられないことが起こったの。わたしが見たのは、”赤い光”だった」


「赤い、光?」


「そう。地面がぎらぎら光って、あなたの身体が急に、何かに包まれるようにふわって浮かんで……。本当に夢だったのって思ったよ? けど、だんだん眩しく強くなる光を感じて……急にわかったんだ。この光はマコ…を、どこかへ連れて行こうとしてるって──」


「……」

 ボクは息を呑みつつ、ふとバル様の顔を横目に見た。

 彼は腕を組んで、意外にもミナミの話に真剣に聞き入っているようだ。

 

「──もう、必死に追いかけた。わたしを置いて行かないでって、強く願って。浮かんでいくあなたの身体に掴まっていたら、赤い光しか見えなくなった。それから重力が逆さまになって、上も下もわからなくなって……。……気付いたら、あなたはいなくなってた。ここ・・が地球じゃないってわかったのは、その後だったかな」


 彼女はフウと息をついて、ボクの腕から手を離した。

 ボクは、そこではじめて気がついた。

 ミナミの手指はところどころ傷ついているし、服や身なりから何日も旅をしていたことが伺える。

 

「そう、だったんだ。……ありがとう、ミナミ。ボクを追いかけてきてくれて。探していてくれて」


「……へへっ! いいんだよ。あんなことが起きたんだから、きっとあなたは無事に、生きてるって……信じてたからさ。……はは、よかった……。よかったよ、本当に」


 そう言いながら笑ってみせる彼女の瞳は、泣きそうなくらい潤んでいる。

 やっと会えた、もう安心だ──。そんな表情だ……と思う。


 ボクはロゼッタさんに倣ってミナミをハグしようかと思ったくらいだけど……。何か色々とまずい気がしたので、思うだけにしておいた。

 

「んふー、二人とも仲良しさんなんだねぇ! 友情だねー! いーなー!」

 コニーは耳をぴんと立てて、前のめりにうんうんと頷いた。


 しかし、バル様は何か腑に落ちない様子だ。

「……つまり。オマエは異界から直接・・こちらへ来たのか」


「異界って? ……”地球”のこと?」

 ミナミが聞き返した。……この二人が会話してるなんて、なんとも不思議な光景だ。


「ああ、そう呼ぶヤツもいる。異界からこの世界ニームアースに"生身なまみ”で渡ってくるなど……、普通ならただでは済まないはずだがなァ」


「……へへ、知ってんの? もちろん、ただじゃ済まなかったみたいだよ。見てよ、ホラ!」


 ミナミはニヤリと笑って、手のひらを上に向けた。

 ──キュウンッ……! 眩い光の玉が、彼女の指から湧き出てくる。


「ミナミ、それは……! ま、魔法?」


「そうだよん、かっこいいでしょ! いつのまにか使えるようになってたんだ。それに、力だってとんでもなく出るようになったし。これはきっと、異世界人の特権に違いないねぇ!」


 バル様は首を傾げながらも、自分を納得させるように呟いた。

「まァ、そうだな。報告例が少ないが……異なる世界を渡った者には、副作用として超常の力が身につくという言説も、あるにはある」


「オジサン、それマジ? わたし超能力者になっちゃった? へへへ、そんな気がしてたんだよねー!」


「……。俺はバルフラムという。親しみを込めて”バルさま”と呼べ、小娘こむすめ

 

 バル様はやや刺々しい口調で返した。

 さすがにオジサンって顔じゃないだろうとボクも思ったけど……彼がそこを気にしたかはわからない。

 

「バルサマ、だぁ? ふ~ん……? わたしだって、”小娘こむすめ”じゃなくてミナミって名前があるんですけどぉ?」


 すかさずミナミが応戦した。

 ……いや、待って。この二人もしかして、相性が──

 

「──お待たせしました~! 陛下、みなさん、宿が見つかりましたよ~!」


 そこへちょうど、ロゼッタさんがぱたぱたと小走りで広場に帰ってきた。

 ああ、よかった。危うくミナミとバル様の間で火花が散るところだった。


「……おお。ご苦労、ロゼッタ。では、今日はそちらで休むとしよう」


「ロゼッタ、ありがとー! ふかふかのベッド、あるかなー?」


「ふふふ、期待していいわよ~。さあ、案内するわね」


 バル様とコニーは、ロゼッタさんが手を振るほうへと歩き出した。

 あれ、そうか。ボクもこっちに……ついていくん、だよね。


「おい、行くぞ、マコ?」


「あっ。は、はい……」

 

 彼の声に促され、ボクの両足が無意識に後を追って歩もうとする。

 そうだ、ボクはいま地球の手がかりを求めて北の王国へ目指してて。でも……


「──ちょっと待った! オジサン、マコ…のこと呼び捨てにしちゃってぇ~、どーいうご関係なんですかぁ?」


 ミナミが、急にバル様に食ってかかった。明らかに喧嘩を売っている口調で。


「……なんだァ? オマエ……」


 彼も彼で、肩をいからせながら応じた。

 辺りの気温が少し上がって、まさに一触即発──って、見てる場合じゃない!


「ちょっ、やめてください、バル様。ミナミも──」


「バ・ル・さ・まぁ~~?? ねえ、どうしたの? こいつに弱み握られてんの?」

「オマエこそ何だ? マコに慣れ慣れしくしやって、正直羨ましいんだが?」

「はっ、あんたこそ──ええ?」


「──はいはい、待ってください! ストーップ!」


 ボクはなんとか間に割って入った。

 ああもう、やっぱり。どうしてこんなことに……。


「ふ~ん……。一体どういうことかなぁ」


「えっとね、ミナミ……。ボク、こちらのみなさんには大変お世話になってて……。今晩はとりあえずお開きにしてさ、また明日どこかで話さない?」


「そう──そっか。……オッケーわかったよ、マコ・・。いったん仕切り直そっか。これからのこと考えなくちゃだし、わたしはわたしで宿をとってるからね」


 ミナミはそう言ってふいっと歩きだし、解散しようとした。

 


「……ハァ。マコ、オマエに幼馴染がいたとはなァ」


 バル様はよくわからないため息をつきながら、ミナミの後ろを追うように歩いた。


「……あのー、ついて来ないでもらえます? オジサン」


「宿がこっちなだけだが?」


「へぇ、それは偶然ですこと」


 ……うう、まいった。

 ミナミに会えたのは本当によかったけど、なんだか別の悩みが増えそうな予感がする。



 * * * * * * *


 ロゼッタさんの案内で、ボクたちは宿へ到着した。

 しかし偶然にも……ミナミも同じ宿だったらしい。


「……あ~、オジサン。ここはわたしが泊まってる宿なんで、入って来ないで欲しいんですけどぉ?」


「それはこちらのセリフだなァ、小娘」


「よかったねー! マコのお友達とまだお話できて、あたしうれしいなぁ!」

 コニーは、二人のピリピリした空気をまるで感じていないようだ。正直、尊敬の念すら覚える。


「あらあら」

 ロゼッタさんは最初こそバル様とミナミの様子を気にしていたけど、数秒後にはまあいいかという顔で荷物を部屋へ運び始めた。



 ──内装を見る限り、ここは街の中でも有数の高級宿らしかった。

 磨かれた石作りの壁はなめらかで美しく、入り口から館内まで照明で明るく照らされている。

 壁の一部はガラス製で、遠くに街の名物である”巫女の立像”を望める。


 一階には受付と広いロビーがあり、宿泊客に対して夕食が振る舞われているようだ。

 ああ、眺めていたらお腹がすいてきた。



 それからミナミは結局、ロゼッタさんとコニーの誘いで、ボクたち魔王城から来た四人と同じテーブルで食事を共にすることになった。


「──へへ、誰かと一緒に食事するなんて久しぶりだな。ここの料理はおいしいけどさ、一人じゃ味気なかったんだよね」

 彼女はボク以外の三人と距離を置きながらも、どこか嬉しそうだ。


「ミナミ、ずっとここに泊まってるの? けっこう高そうな宿だけど……」

 不思議なことに、ミナミは既にこの世界ニームアースでの生活拠点を整えているように見える。街を歩く足取りにも迷いがなかったし。


「ああ、お金のことなら心配ないよ。魔物を倒して稼いだんだ」


「何だと?」

 バル様は眉をピクリと動かした。


「ここから西に樹海があってね、最初は迷い込んじゃったんだけど……。そこで、土でできたデカブツに襲われたんだ」


「……つちィ? ハッ、紛らわしい。それはおそらく泥兵士ゴーレムだろう。生き物ではなく自動人形の一種だ」


「まあたぶん、それ。そいつから逃げてるうちにわたし、なんだかわからないけど自分がすごい怪力を発揮できることに気がついてさ! 丸太をぶん回したらバラバラに砕けちゃったんだ」


「丸太で泥兵士ゴーレムを? ククク、やるじゃないか、小娘」

 仲が良いんだか悪いんだか、バル様はミナミの武勇伝を面白半分に聞き始めた。


「はいはいどーも。そしたらそいつがキラキラ光る石を落としてさー、なんか綺麗だったから拾ったんだけど。それがたまたまこの街で買い取ってもらえて、結構なお金になったってわけ!」


「だろうなァ。……聞くが、オマエが狩った・・・のは泥兵士ゴーレムだけか?」


「そうだけど、何?」

 一瞬だけ、ミナミは硬直した。

 バル様の問いかけは一見穏やかに見えて、言葉の影に鋭い刃を伏せていた。彼女もそれを感じ取ったのかもしれない。


「……いいや。なら、俺が言うことは無い」

 彼はそう言うとフッと力を抜いて、魚の尻尾を口に放り込んだ。


「すっごーい! 泥兵士ゴーレムって、力もちの戦士さんでも、ゆだんしたらケガしちゃうって聞いたよー」


「へへ! そうそう、そうでしょ! コニーちゃん、お目が高い! もしかしてわたしってば、異世界より舞い降りた伝説の勇者なのかなーって!」

 ミナミは待ってましたとばかりに鼻を高くした。

 異世界に来た途端に急に怪力を身につけて魔法まで使えるようになったと言うのだから、得意げになるのも無理はないけど。


「ハッ。勇者ねェ……」


「ふふーん! これからわるいやつをたくさんやっつけて、お金を稼いで装備を整えたら、魔王だって倒しちゃうよ! それが勇者の役目でしょ?」


「ほう、魔王を? そうか、そうか。倒せるといいなァ、魔王とやらを。ククク……」

 バル様は愉快そうに口角を吊り上げた。

 笑い事じゃないと思うんだけど……だんだん心配になってきた。


「ちょっと待ってよミナミ。そんなこと考えてたの?」


「だってさ、マコ・・。この世界ってなんだかまるで、ゲームの中みたいじゃない? 剣と魔法に、モンスター。そうじゃなかったら、なんだっていうのさ」


「いや、それは……どうだろう。それに、魔王ってさ……」

 ショックのあまり言葉に詰まってしまう。彼女はゲーム大好きっ子なところがあるけど、まさかここまでだなんて。

 まだこの世界ニームアースを夢かアトラクションか何かと思っているんだろうか。


「それでね、わたしが聞いたところによると、魔王は西の樹海の奥に住んでるんだって! 今は停戦協定を結んで大人しくしてるらしいけど、きっと弱ってるからじゃないかなぁ。やっつけるなら今だよ、きっと」


「西の樹海に、魔王? 東の火山じゃなくて?」


 ボクはうっかりそう言ってから、口が滑ったと思った。ああ、冷や汗が噴き出る。

 でも、彼女がこんなに過激な考えを持ってたなんて。なんとか止めないと──


「うん、樹海で間違いないよ。わたしが倒した泥兵士ゴーレムを作った親玉もそいつだって聞いたし!」


「ええ? ……どういうことです?」

 思わず振り向いて、ロゼッタさんに質問した。もう、とてもボクの脳内では処理しきれない。


「ええとね、マコちゃん。”魔王”は、西の樹海にも居るわ。この三角大陸トライネントには、”煉獄れんごく魔王まおう”と、”冥眼めいがん魔王まおう”。二人の魔王が居るの」


「へっ!?」


 魔王が、二人……!?

 青天せいてん霹靂へきれきだった。ボクはまだまだ、この世界の常識にうとかったらしい。

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