第16話 二人の願い
ミナミは、ボクの
大切でかけがえのない、たった一人の……。けど、それは元の世界での話。
もう会えない可能性すらうっすらと考えていたのに。
「マコト? マコト、だよね?」
何が起こったのか理解できず、返事をすることすら忘れていた。
「……?」
マコト……マコトって、誰だ?
……そうだ、ボクのことだ。
ボクは
「ねえったら!」
「あ──」
彼女がボクの肩を掴み、揺さぶる。
なんて言えばいい? 今のボクの状況を。転生して、人間じゃなくなってしまって、おまけに女の子に──だめだ、視線を合わせられない。
「ほらその、困ってる時の目の動き! わたし覚えてるんだから! マ──」
ああ──涙が、
「……うっ、うう……ッ! ごめん……! ごめんね、ミナミ……」
溢れて、溢れて止まらなくて……彼女の手首までつたっていった。
どうしてボクは、一瞬でも
ずっとミナミのことが気がかりだったのに。彼女はずっと、ボクを探していたらしいのに……!
「なんで謝るの? ねえ、マコト……会いたかったよ。本当に会いたかったん……だから……! ──うっ……。あぁっ……うぇぇん……!」
彼女はボクの膝の上に崩れ落ちた。
その髪の香りが、ボクの記憶を
……間違いなく、本物のミナミだ。
「あらま~? どうしましょう」
「ロゼッタさん、すみません。もう少し、このまま……」
「ええ、もちろんよ」
ロゼッタさんはしゃがみこんで、ミナミの背中にそっと上着をかけた。
お互いの涙で二人の服が濡れるにつれ、だんだん実感が湧いてくる。
嬉しい、けど。なぜ
「……お、お騒がせしました」
ミナミはひとしきり泣き終えたあと、
「落ち着いたようでよかったわ~。あなたは、マコちゃんのお友達なのかしら?」
「ええ。ん? マコ……ちゃん??」
ミナミが、
「あっ、えっと──」
「マコト……。うん、あなたに間違いないのは感覚でわかるんだけど。そんなに背、低かったっけ? それに何か……んん?」
ど、どうしよう!
まだ何から説明すればいいか考えてすらいない。
──そこへ、バル様とコニーがやってきた。
「マコ、ロゼッタ、待たせたなァ! なかなか
「二人とも、お待たせー! えへへ、かわいいでしょ!」
バル様はハンチング帽を、コニーは麦わら帽子をかぶっている。かろうじてごく普通の町民風に見える格好になって……ああ、ここで待ち合わせをしていたんだった!
ミナミを取り囲むようにして、魔王城の一行が集まってしまった。
「
「珍しいな、オマエが忘れ物とは……。んん、誰だソイツは?」
彼はミナミに視線を移した。
ミナミがこの場にいることがあまりにも場違いで、考えがまとまらない。
「ええ、この子はマコちゃんのお友達だそうで。まだお名前を聞いていなかったわね?」
どうすれば、どうしたら──。
「……はじめまして。ミナミって言います。えっと? すみません、失礼ですがあなた達はマコト──」
「──わあぁーーーーッ!!」
ボクは、叫んだ。後先考える暇もなく。
全員の視線がこちらへ集まって──だめなんだ。言えない、知られたくない、あの事だけは!
「な、なに? どうちゃったの、マコト……」
「あの、あのあの……みなさんちょっと──お、お待ちください! ボクは彼女と、話がッ!」
ミナミの腕をぐいっと引っ張り、ボクは
「え、ちょ……うわっ、なに!?」
「いいから、来て!」
バル様たちから逃げるように、彼女がこれ以上ボクの名前を言う前に、なるべく遠くへ。
* * * * * * *
「はぁっ、はぁ……。びっくりした……。なんなのさ……」
彼らの姿が見えないところまで、息も絶え絶えに走り着いた。
ボクはやっと振り向いて、ミナミの顔を見た。
本当に、懐かしい。何年も会っていなかったような気さえする。
「……ミナミ、よく聞いて」
彼女の目には戸惑いの色が浮かんでいる。
「どうしちゃったの、一体……マコト、だよね?」
いまのボクは少し面影はあるものの、前とは見た目が違っている。
ツノとしっぽはフードと服で隠しているし、顔立ちだけなら似ているかもしれないけど……。
それでもミナミがボクをまっすぐに見つけられたのが不思議で仕方ないくらいだ。
「そうだけど……そうなんだけど。ボクはマコトなんだけど! うう、いまからボクの事は……その。”マコ”って、呼んで……ほしくて」
「……マコ? なにそれ、どういう事?」
だめか、やっぱり……言わないと。どちらにしてもバレるのは時間の問題だ。
「ミナミ、落ち着いて聞いてね。ボクは……ボクはっ」
「う、うん?」
ああ……いつも一緒だった幼馴染に、まさかこんな告白をすることになるなんて。
それでも正直に、言うしかない。息を吸い込んで。
「──お、女の子に……なっちゃったんだ」
「……。……ええ?」
ミナミはそう言ったきり、口をぽかんと開けて黙ってしまった。
当然の反応だし、すぐに受け入れられるわけがない。
ああ、全身から汗が吹き出しそうだ──穴があったら入りたい。
自ら口に出して言うと、余計に恥ずかしい。
そうなんだよ……女の子なんだ、今のボクは──ああっ!
彼女からの、つま先からてっぺんまで
「あ、あの……そんなに見ないで」
どうして黙っているんだろう……。お願い、なんでもいいから言って。恥ずかしいボクを助けて。
「……!」
──がばっ。
「ふあっ!?」
ミナミは、急にボクの胴体をまさぐり初めた。
あまりに予想外の行動に身体が勝手に刺激に反応して、うあっそんなトコ、自分でもまだ触った事ないのに──!?
「本当だ……女の子に、なってる。マコトが……女の子に?」
「こっちに来て、気がついたらこうなってて──ちょっ、やめ……どこ触ってるの!」
やや乱暴に身体を捻って逃れようとすると、ミナミはパッと手を離した。
「……はは。あ、あははは……」
「……ミナミ?」
様子がおかしい。ミナミがボクに触ってくるなんて。
そもそも異性同士だったのもあるけど、以前の彼女ならこんなことはしてこなかった。
「ふ、あはは! マコト、いや……マコ? あひっ、あはははっ!」
「ど──どうしたの、ミナミ?」
「んひひひ! あぁー、ごめん……そっかぁ。そっかそっか……うふ、はっははは。女の子なんだ。マコトは」
さっきまで泣いていたのが嘘みたいに笑っている……。
その姿はボクの変化を悲しんでいるようには見えない。むしろ、嬉しそうですらある。
「"マコ"……です」
「へぇー? へぇ……へっへっへ。……"マコ"。マコねぇ~……へへへ」
「なんなのさ……? ミナミ、ちょっと怖いんだけど」
わけがわからなかった。彼女にはがっかりされるかと思っていたのに。
男子高校生の
「わかった、わかったよ……へへへ。マコト……いや、んふふ。マコ……ふふっ! マーコちゃん♪」
「なんなんだよう……」
「オッケーオッケー、ミナミ了解しました。……マコ。ふふ、へへへ」
……疑惑が確信に変わった。
ミナミは明らかに喜んでいる。一体何が嬉しいっていうんだ?
「ねえ、大丈夫? 何か変なものでも食べたの?」
彼女は笑うのをピタリと止め、いつもの表情に戻った。
「いいや? ……戻ろっか。さっきの人たち、心配してるだろうし」
「えっ? そ、そうだね」
「はぁー、おっかしい。さ、行こ行こ」
……ひとまず、ミナミに事情を話せてよかった。
でも、本当の心配事はここからだ。
「……ミナミ」
「なにかな? ……へへへ、マコちゃん?」
「あの人たちは、ボクの恩人なんだけど……。ボクがむかし男の子だったってこと、言わないで欲しいんだ」
そう、この事だけはいまはみんなに知られたくない。
ロゼッタさんやコニーとはもう一緒にお風呂に入った仲だし、今更そんな事を言ったらきっとひんしゅくを買う。
それにバル様には……なぜだろう。うまく言えないけど、もっと知られたくない。
「……ふーん? ふ~~~ん……」
ミナミは、意地の悪い笑みを向けた。どうしてそんな顔するんだ。
「お願い……!」
「へへ、わかったよ、マコッ──。……マコ。内緒にしておく」
「ありがとう。……ほんとだからね?」
ミナミの奇妙な態度に少々不安を覚えながらも、ボクたちは来た道を一緒に引き返した。
……よかったんだ。
ミナミに会えて、いまの身体のことを言えて、嫌われなかったようで。
それだけでもひとまず安心だ。
……いや。
まだ言ってないことがある。ボクは女の子になってしまったのと同時に……!
ううん。それは性別が変わった事に比べたら、
後であらためて打ちあけよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます