第6話 魔王城の午後
しんと静まり返った魔王城の廊下を、ボクはほんの少し小走りで移動した。
そうしないと、すたすたと前を歩く魔王さま……”バル
彼の長い足から繰り出される
そして改めてよく見れば、彼はもったいないくらい
もし、仮に。
ボクが生まれた時から女の子だったら、その
普通の女の子から見た男性の顔の良し悪しなんて、よくは知らないけど。
「んん~? マコォそんなこっち見るなよぉ。バル様、照れちゃうぞぉ~~」
うう、なんなんだこの人は。
ボクは歩くペースを少し落とし、すすすと後退した。
ちょっと距離を置いて、
……ひとまず、話題を
「バル、
これは純粋に気になっていたことだ。
ここは城というわりに人口密度が低く、だだっ
「ククッ、ぐふふ……」
彼は口角を吊り上げた。よっぽど”バル
先ほど気が動転してそう呼んでしまったことを、ボクは今さら後悔し始めていた。
「あのう?」
「ああ、すまんすまん。以前はもう少しにぎやかだったんだがなァ。獣人にモンスターに、少数の魔人に……ああ、人間も居たか。俺の部下たちはとにかく優秀で楽しいやつばかりだった……」
「だったって……あっ」
突然の過去形に、ボクは言葉に詰まってしまった。
彼が”魔王”というからには、反対に”勇者”のような存在が居て、もしかすると戦闘があったりして……?
自分の持っている勝手なイメージが通用するのかわからないまま、想像を巡らせる。
「んん、どうした? そんな顔して。部下たちには今、休暇を与えているのだ。近頃は平和だからなァ。クハハ!」
「へっ? そ、そうでしたか。へ、平和……いいこと、ですよね」
どうやら違ったみたいで、内心ホッとした。
まさか魔王の口から”平和”なんて言葉が飛び出すなんて。
「まァ今は少ないが、俺とロゼッタだけじゃあないぞ。この城が落ち着くというヤツや、平和でも仕事があるヤツもいるからな。それにマコ、今日からはオマエも来たしなァ!」
「えっ? ボクも住人に数えられてるんですか……?」
「当たり前だろう! 転生者の面倒を見るのも俺の役目だ。それにオマエは、カワイイから、なッ!」
彼は、歩きながらボクの頭をわしわしと
……まだ何が何だかわからないけど、しばらくの
そこに”結婚”の条件が含まれているのかは、いまは聞かないことにした。
* * * * * * *
ドン、と広間の戸を勢いよく開き、彼が叫んだ。
「さ、ここが食堂だぞ! ……ダイダロス、いるかァ!?」
そこは、長い机とたくさんの椅子が並んだ大部屋だった。
しかしがらんとしていて人の姿はなく、それが
「はい、こちらに……。今日はお早いですな、バルフラム様」
どこかから、おだやかで低い男声の返事があった。
「おう、今日は特別だ!」
よく見ると、広間の奥の厨房と思われる場所からもわもわと
そこからヌウッと顔を出したのは、大柄な男性だ。
もじゃもじゃの髭をたくわえた、天井に頭をぶつけそうなほどの大男。
バル
「……おや、そちらのお
「ククク、久々の新入りだ。カワイイだろォ!」
すっぽりと包みこまれるほどの大きな影が、こちらを見下ろしてくる。
ボクは
「はじめまして。えっと──マコ、です」
……自分から”マコ”と名乗ってしまった。
だって仕方ない。もうロゼッタさんにもバル
それに、男だった時のように”マコト”と名乗ったら、かつて男性高校生だったマコトがもうこの世にいない事を認めてしまうことになると思って。
「これはご丁寧にどうも、かわいらしいお
“お嬢さん”……?
ボクは一瞬だけ背後を振り返った。当然、誰もいない──うう、ボクのことだった。
ダイダロスと名乗った男性は腰を折ってしゃがみこみ、手を差し出した。
ボクの二倍、いや三倍もあろうかという大きく太い指だ。
「……よろしくお願いします」
握手というよりも、ボクの手は一方的にふわりと包まれた。
ダイダロスさんはニコリと微笑んでいる。どうやら怖い人ではないみたいだ。
「さて、では胃に優しいお食事をご用意しましょうか。まだ転生したてなのでしょう?」
「ああ、頼む。俺のは後回しでいい。まだ腹は減ってないからな」
「承知しました、少々お待ちください」
彼が大きな身体を揺らして、のそのそと厨房の奥へ引っ込んでいった。
大柄な体躯のわりに
「……えと、お食事まで頂いちゃっていいんでしょうか……?」
「なに、気にするな。ここは俺の城だからなァ! さ、座れ座れ!」
「は、はい」
いやに彼が親切なので、ボクは逆に心配になってきた。
本当の本当に”魔王”なのだろうか。
今のところ、太らせて食われるというような気配はない。
この人のことを好きになれるかはともかく、少なくとも悪い人だとは思えなくなった。
それにしても……。
お嬢さん、だなんて初めて呼ばれた。自分がそう呼ばれる見た目をしていることを思い知らされる。
いまは
一瞬、何か後ろめたい気持ちがよぎったけど……余計な事は言わないことにした。
──ボクは椅子にかけて、食堂を見回した。
窓から見える空はうっすらと暗くなっている。
壁際の棚にはコップや食器がきれいに整頓されているが、そのほとんどが使われてなさそうだ。
バル
「さてと、マコ! あらためて確認するが、身体に異常はないか?」
「──えっ!? ええと、その……」
「何でも言ってみろ、俺の”
うう。どう説明すれば……?
そもそも、その
以前の身体と性別が違うことは、異常に含まれるんでしょうか?
「あの、腕や足はちゃんと動いてますし、いまのところ頭痛とかめまいとかは、ないです──けど」
「けど、何だ?」
「け、けどぉ……」
どうしよう……。
彼はボクの前の身体がどんなだったか、知っているのかな。
知った上で、カワイイ、結婚してくれだなんて、言ったのかな。
もし今さら”ボクは男なんです、こんな身体じゃ困ります”と言ったら、どんな反応をするのだろう──。
──コトン。
「ほい、お待たせでした。
「あっ!? ありがとう、ございます……!」
ボクの思考は、目の前に
ダイダロスさんが持ってきてくれるまで、彼の気配に全く気がつかなかった。
「おっ、来たかァ。さあ食え食え。遠慮はいらんぞ!」
「それじゃお言葉に甘えて……いただきますね」
……
身体の問題について聞くべきか、
それに、とても食欲をそそる香りがしたから。
「……バルフラム様、お食事は後ほどでよろしいのでしたな?」
他に食堂の客がいないからか、ダイダロスさんは近くの席に腰を下ろした。
「あァ、少々休憩に来ただけだ。マコの案内も
!?──二人がこちらを見ている。
ボクは
「それは喜ばしいことですなあ。明日からは食材を多めに調達致しましょう」
「そうだなァ、そうしてくれ。マコ、好きな食べ物はあるか?」
そう聞かれて、急いで口の中のものを飲み込んだ。ああ、ほどよく塩味が効いていて……おいしい!
この世界の食べ物のことはよく知らないけど、ダイダロスさんが料理上手だということに
「えっと──なんでも、おいしく頂きます!」
「ククク、遠慮はいらんと言ってるだろう。オマエのリクエストなら何だって答るぞォ。ダイダロスが」
「う、それじゃあ、お肉……とか」
何故か、そう口をついてでた。
むしょうに身体が
「ふむ、よいでしょう。それでは明日にでも肉料理を
「マコも肉が好きなんだなァ。ククク、俺も大好きだぞ。この城では肉がいくらでも食い放題だァ!」
バル様はこちらを向いてニヤリとした。
……確かに肉が好きそうな顔だな、と思った。
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