第4話 魔王さまの魔法入門

 案内されたのは、高い天井までぎっしり詰まった本棚が並ぶ、広い部屋。

 大きなテーブルに椅子も並んでおり、ちょっとした図書館みたいだ。


 うず高い棚の間に……居た。真剣な顔で本を広げている。

 しかし、彼はこちらに気づくとパッと表情を崩して、跳ね飛んできた。


「マっ……マ! マコ! オマエ! マっ……かわーー!!」


「うわっ」

 ボクは思わず、彼の突進を横にかわしてしまい──。


 ──がしゃん! ドサドサッゴスッ……!


 魔王は本棚にぶつかり、頭に重そうな辞典の雪崩なだれを受けた。

 それでも彼はひるまずに、今度はあろうことか床を転がり始めて……。


「カワイイカワイイカワイイなぁ! マコォ! オマエ、カワイイなぁ! 結婚してくれ!!」


「えっ、ええ~……」


 ボクは面と向かってかわいいと何度も言われたことがないし、そう言われても困る。

 彼になんて返事をすればいいのだろう……。


 でも。さっきと比べると、カワイイと言われることに対して抵抗を感じにくくなっている……気がする。



陛下へいか……。マコちゃん、困ってますから。それに婚約というのは一般的に、もっと段階を踏んでから行うものですよ」


「何ィ! ロゼッタ! しょうがないだろ、俺はマコと結婚したいんだァ!」


「マコちゃんの気持ちも考えてあげてください。結婚というのは、お互いに好き合ってするものですよ」


「なんだとォー! それもそうかァ!!」


「そこは納得するんですねぇ」


 ロゼッタさんが間に入ってくれたので、助かった……。

 魔王は咳払いしてこちらに向き直ると、驚くほど低い声を出した。


「──マコ。俺のこと、どう思う……?」


「えっ……どう──」


 その落差に、ボクは思わずドキッとしてしまった。

 彼はきりりとして端正な顔だして、緑色の瞳にまっすぐ見つめられて──いまにも吸い込まれそうで。


 けど。男の人と……結婚??

 ずっと男として育ってきたボクには、そんなことを考えたことがあるはずもない。


 しかし、ここで断ってしまったらどうなるんだろう?

 ボクはまだ、この世界の事を何も知らない。

 ここで断って、もし魔王城を放り出されたりしたら……とても困る気がする。


 わるいと思いつつも、ボクはなんとか肯定こうていでも否定ひていでもない答えをひねりだした。


「バルフラムさん……。ボク、あなたのこと、まだよく知らないので……なんて返事していいか、わからないです」


「なァッッ……!?」

 魔王は、オーバーに後ずさりした。


「す、すみません」


「……そうかそうか。俺はなァ、一筋縄じゃいかない女は好きだぞ。わかった、マコ! これから俺のことを時間をかけて教えてやろう!」


 彼はそう言いながら、ボクの両肩をがばっと掴んだ。


「ひっ!!」

 びっくりして、咄嗟とっさに身をらす──。

 すると、また身体の内側でチカラがめぐるのを感じ、彼をけるように"風"が渦巻きはじめた。

 

「おおっ──とォ、すまん、すまん」

 魔王がパッと手を離すと……風はすぐにおさまった。


「これは……?」


「……マコ。オマエ、かなりの魔術適正まじゅつてきせいがあるようだな。ククク、これはきさきとして申し分ないなァ」


「魔術、適正……って?」

 ボクは、言葉の後半を聞かなかったことにした。


「それはなァ! 生まれ持った魔力の高さと、心の動きだけで魔法を発動するセンスのことだ! それらをあわせて魔術適正まじゅつてきせいと呼ぶのだ!」


「魔力……魔法?」


「そうとも!」


 ──“結婚”なんかとは違って、とてもワクワクする言葉だ。

 おとぎ話のような不思議なチカラが、あるってことだろうか。

 ロゼッタさんによると、いまのボクは”魔人”らしいから……名前からして、そういうチカラが使えても不思議ではない。


「あの。ボクにもその、”魔法”……が、使えるんですか?」


「もちろんだとも! オマエは魔力にセンス、どちらの才能も抜群だと見た!」


「ほ、ほんとですか」


 もはや興味を抑えられなかった。

 彼から求婚されたことは置いておいて、そう言われたら聞かずにはいられない。


「よし、マコ! この俺がレクチャーしてやるぞぉ! ついてこい!」


 彼は手を振りながら、図書室の奥へ歩きだした。

 ついていって、いいのかな……。


陛下へいかったら、いつになく楽しそうね~。マコちゃん、わるいけど、もうちょっと陛下のお相手をしてあげてくれる?」

 そう言うロゼッタさんは、危なっかしくはしゃぐ子供を見守る保護者のような眼差しだ。


「はい。魔法……の話は、興味がありますので……!」


「ふふっ、よかったわ。陛下はああ見えて……え~と、紳士だし。思ってるほど変なお人じゃないから、ね」


「……そう思うようにします」



 * * * * * * *



 彼を追って奥へ進むと、広いバルコニーが見えた。

 開け放たれた窓から、火山で温められた生暖かい風が吹き込んでいる。


 窓の外には、人工的に穴があけられたようにぽつぽつとえぐれた山肌が見える。

 周辺には、生き物の気配はない。動くものは、図書室の中にいるボクと彼だけだ。



「マコ! 俺が煉獄れんごくの魔王と呼ばれる所以ゆえんを見せてやろう! 大ッサービスだぞ!」


「あっ、はい」


 得意満面だ……。何が始まるんだろう。

 彼は咳払いをすると、窓のほうへ歩み出た。



ほのおよ! つどい、穿うがて!』

 ──ゴオオッッ!!


 魔王が短く吠えて片手を振り上げると、ボクの背丈ほどの大きな火の玉が踊り出て──窓の外へ飛んで行った!


 ──ドドォーーーン……!!


 遠くのほうで地鳴りが聞こえ、図書室がカタカタと揺れる……。


「……まァ、ほんの軽い詠唱だがこんなもんだな!」


 ──これが、ホンモノの魔法!


 まるで、ゲームやマンガの世界にいるみたいだ……! か、か──

「カッコイイ……!」


 思わず、声に出ていた。手に汗も握って。


「ふッ、ふふはは……そうだろ! 俺は! カッコイイだろォ、マコォ!?」


 ボクの好ましい反応に気を良くしたのか、彼はとても自慢げだ。

 しまった、魔法を見ただけで惚れたと思われてはいけない……。話題が脱線しないようにしないと。


「どうやって、そんなふうに魔法を使えるんです?」


「どうやっても何も……頭の中で想像することだな! それと魔素マナと対話することだ!」


 ずいぶんと、ざっくりした答えが返ってきた。

 もしかしてこの方、人に教えるのはあまり得意じゃないのでは……。


「すみません、魔素マナって……なんでしょう?」


「マコよ! そこからかァ……!」

 当たり前の事を知らないのか、という口調だ。

 ボクは少し、ムッとしてしまった。


 後ろからロゼッタさんが声をかけてきた。

「陛下、マコちゃんは”異界いかい”からの転生者みたいですよ〜。知らないのも無理はないかと」


「ほォ……? それは珍しいな……異界か。そんなところから引っ張られてきたとは。いや、あまりに触り心地のよい魂だったものでなァ。俺ったら頑張っちゃったんだぞ」


「は、はあ……」


 どうやら、ボクのようにこの世界のことをよく知らない存在は”転生者”としても珍しいみたいだ。

 ──”転生者”についても、まだよくわからないけど。


「……マコちゃん、魔素マナというのはね。大気に満ちていたり、周囲にあったりする、魔術の燃料のようなものよ。それが詰まった道具も多いし、私達の生活には欠かせないものなの」

 代わりに、ロゼッタさんが説明をはじめてくれた。


「魔術の……燃料ですか」


「ええ。この火山には、火の魔素マナが多く満ちているわ。他の属性の魔法を使っても、あまり大きな効果は出ないかもしれないわね〜」


「クハハ、俺には都合がいいところだがなァ……。マコ、お前はさっき無意識に風の魔法を発現していたようだから、生まれつき風の魔素マナに愛されているのかもしれないな」


「えっ。それじゃボクは、この場所ではさっきみたいな派手でカッコイイ魔法は使えないんでしょうか……」


「体内に十分量の魔素マナを持っていれば使えなくはないだろうが……、初心者には難しいかもしれんなァ」


「そうなんですか……。でも、やれるかどうか試してみたいです!」


 ここで諦めたら勿体無い。せっかくここまでついてきたんだし……。

 さっきボクが無意識に呼び出したらしい”風”を思い出すに、試してみてまったく何も起こらないなんてことはないはずだ。

 後ろで見ているロゼッタさんにいいところを見せたいと、はりきった気持ちも膨らんでいた。


「──良い心がけだぞ、マコ! 魔素マナが足りない時は、詠唱とイメージの力が重要だ。……そうだな、これを読め!」

 魔王はそう言うと、本棚から手のひらくらいの小ぶりな本を取り出した。


 ──あれっ……?


 ボクはその”本”を見た事がある気がして、目を細めた。

 いや、見た事がある。


 彼の指が本のページをめくり、いくつもの四角い箱のような線の中に絵が描かれた図を、右上から左下になぞった。


「こっちからこっちへ向かって読むんだ。ああ、字は読めなくてもいいぞ。大事なのは絵とイメージだからな」


 ──これは!?

 それは、いわゆる”マンガ本”だった……。

 日本ではお馴染みの……そう、よく見た事がある。


 ボクは目を丸くして、非日常のなかにだしぬけにあらわれた日常の形を、確かめるように手に取った。

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