短編:年末年始にだべる話

「たっく、なんで年末なのにこんなに苦労せにゃならんのだ」

「いや、知らないわよ馬鹿め」


 とある安アパートの一室。値段の割には防音がしっかりとしているそこで、一人の青年がぼやいていた。

 深々とため息が吐かれる中、傍らに座る女性がキツめに言葉を返した。

 お互い二十歳そこそこ。男性が黒茶のウルフカットで黒のスーツを着崩しているのに対して、女性は首元で長い髪を纏めて白いブラウスと細身のパンツというラフな格好をしている。

 その光景だけを見ればどこにでもある宅飲みの一幕だろう。……年頃の男女が一緒にいる事による危険性は無視するとして。

 しかし、あるだけが極普通から外れており――或いはだからこそ、“それ”が理由で青年はぼやいているのだろう。


「……馬鹿めって、仮にも幼馴染だろうが。厳しくないか?」

「幼馴染だからこそよ。こんな口調で話するのは信頼しているからと思いなさいな」


 言って、女性はどこか品のある仕草で二本指を青年の顎に当て。


「アンタや城市きいち辺りじゃなきゃ、やりたくもないお嬢様のうさんくさい化けの皮を被って話さないといけないのよ。めんどくさいったらありゃしない」

「あー。そいやお前の両親って礼儀作法に厳しいんだったか」


 青年が思い出すのは身形みなりが整っていた中年の男女二人。子供の頃はしっかりとした大人に見えていたが、しかし、そこそこ年齢を重ねれば別の見え方が出てくるもので。


「あの二人、見栄えだけ気にしてて中身がちっさかったなぁ」

「おかげさまでガキの頃から習い事漬けよ。書道にピアノにダンスに家庭教師にと。アンタらやセンセイが説得してくれなきゃ高校でも習い事漬けになってたわ」

「先生なー。あの人確か結婚したんだっけ?」


 思い出すのは長年女性の家庭教師をやっていた、背が小さいわりに豊かな果物を二つ持っていた小動物の様な女性ひと

 中学三年末になってから習い事の多さに気付いたという勘の鈍さはあるが、そこから習い事の数を減らす様に全力で抗議したという行動の早さは見習いたいものだった。

 ……あまりにも性急すぎて一旦高校時代の女性と三人で仲介に入る必要があったのは、さて良い思い出と思うべきか苦労したことと思うべきか。

 芋づる式で思い出したのは、今年の半ばぐらいに招待状が送られてきたということだった。結婚式のご案内と書かれたもの。確かそれは……。


「今年の六月にねー。アンタにも招待状送ったのに来なかったーって、ちょっと落ち込んでたわよ」

「それに関しては本気で悪かったと思ってるよ。けど、そん時は教授の使いっ走りさせられてたせいで碌に連絡できなかったんだよ」

「うっわ、薄情」

「うっせぇわ」


 そこから湧いてくる話題は互い色々話題の種を持っていたからか、尽きるということがなかった。



 ――この前城市と会ったけど、キャバ嬢と付き合ってるらしいぞ。しかも結婚間近らしい。

 ――えっ嘘でしょあの鬼畜眼鏡が?

 ――それアイツに絶対言うなよ? 気にしてるっていってたし。


 ――そういえば私たち、高校だと文化祭での危険人物代表格として扱われているらしいわ。

 ――さもあらん。実験抜かしてテルミット反応やらかしたの俺達ぐらいだろうよ。

 ――移動式屋台作って場を荒らしたのも良い思い出よねー。


 ――あの商店街のたい焼き屋さん、再来年辺りで閉店するって噂話が流れてたわね

 ――うっへぇマジか。あのお店タコ焼き絶品なのに

 ――たい焼きについては? あ、ノーコメか。


 ――でねー。南ちゃんが声優になってたんだけど私がサイン会に来たらすっげぇ引いたの。ひどくない?

 ――そら、自分虐めてた連中を目の前で半殺しにした奴が現れたらそうもなろうよ

 ――ひどい!?



 あーだこーだと話題が入れ替わっていく無駄話は、ふと止まった。

 お互い愚痴りあったり嫉妬したり、馬鹿みたいに笑ったというところで、だ。

 青年は口の端を上げ、けれど次の瞬間には気力が失せたように肩を落として背を壁に預けた。


「はぁ、たっく…………なんて言えばいいのかねーこの気分は」

「…………」


 青年は肩と背を丸め、うずくまるような姿勢となった。そして、何か決心したかのように顔を上げて、女性を見た。

 視線の先、そこで座っているベッドまでもが“見えている”――に。


「一言訊かせろ鈴音」

「……なに?」

「お前、これで満足か?」



 ――――――



 ほんの少し、一ヶ月程度前の話だ。

 年末年始が近づき、ようやく慣れてきたアルバイトが繁忙期に入りかけた頃。

 明松鈴音かがり・りんねが入院したという連絡が、赤嶺祐樹あかみね・ゆうきの元へと入ってきたのだ。幼児を守る為の行動で、車に撥ねられたという。

 連絡したのは彼女の父親。見栄えを気にする人間ではあったが、娘に対する愛情は確かだった為に冗談や嘘の類じゃないと理解してすぐさま地元へと戻った。

 そして、無理無茶を通した強行軍の果てに待っていたのは、無情にも直線を描く心電図と泣き崩れる彼女の両親の姿だった。



 ―――――――



 そうしてあれよあれよと言う間に葬儀は終わり、どこか心が事実を受け入れないままに下宿先へと戻った。教授には無理を言ってしばらく休ませてもらい、浮ついたまま日々を過ごしていた矢先……どういうわけか、明松鈴音がそこにいたのだ。

 何か語るわけでもなく、ただ突っ立っていた幼馴染の姿を見て祐樹は仕方なく中へと迎え入れ……そして、冒頭の言葉をつぶやいたのだ。


「満足か、ね」


 鈴音はぽつりとつぶやいた。どこか確認するようで、或いは事実を噛みしめているように。考え込む為か静かになり……やがて、ぽつりと言葉を零した。


「うん。そうだね……たぶん、私満足しているわ」

「そっか……」


 ため息が漏れる。不安がなくなった安堵と、嬉しさが混じった少しばかり複雑な吐息で。

 そんな気持ちを知って知らずか、鈴音は言葉をつづけた。


「私としては最期に祐樹と城市の二人と話をしてから行きたかったのよね。でも、まぁ仕方ないとはいえ結局会えずじまいで。うん、こうして幽霊として出てきたのも案外それが理由かもね?」

「お前、なんで自分が出てきたのか分からなかったんかい」

「しょうがないでしょー。死ぬんだなって暗くなって、何も聞こえなくなって。頭の中も空っぽになってってところで、いつの前にかアンタの家の前にいたんだし」

「そっかいそっかい。ああもう、んじゃそういうことにしておくわ」

「うっわ、雑」

「別にいいだろ。それとも、大泣きして死ぬなーなんて叫んだ方がいいか?」

「まさか」

「そういうこった」


 ベッドに置かれた掛布団を引っ張り、床へと寝そべる体へと乗せた。

 こちらを見下ろしてくる鈴音を見上げながら、祐樹は言う。


「そんじゃ、こっちはもう寝るからさっさと還れよ」

「あいよー。そんじゃ、来年あしたにはいなくなるからって寂しがらないでよ?」

「だーれが寂しがるかや」


 祐樹は面白げに、鈴音は苦そうに。お互い笑い合って。


「じゃあな鈴音。また何時か会おう」

「じゃあね祐樹。また何時か会いましょう」


 ――――――


 そして目が覚めた時には、明松鈴音は姿を消していた。

 最初からいなかった。と言われればその通りと頷けるような消えっぷりだが、体に掛けられた布団とテーブルの上に置かれたメモ帳が否定していた。


『さようなら。月が綺麗な日に会えて、嬉しかったわ』

「……死んでもいいよ。と答えればいいんかね?」



 年明けに思うは死者かこ生者みらいか。


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バレンタインデーにおける好意の伝え方 朱藤青騎 @Ymir

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