バレンタインデーにおける好意の伝え方

朱藤青騎

バレンタインデーにおける好意の伝え方

「……ぎゅっとしても、いいですか」

「……通報しましょうか?」


 二月一四日にがつじゅうよっかバレンタインデー菓子会社の陰謀

 帰宅早々の玄関にて、同棲している女子高生から、唐突にそんな事を言われた。

 ……私の返しも大抵ひどいね。


 ガチンッ、と硬直している同居人はさておいて。

 さーて、これからどうしようかしら。と、ちょうど半日前の事を思い出す。



 ――◆ ――◆ ――◆



 バレンタインデー。

 二月一四日に必ず行われるイベントで、いってしまえば親しい相手へ好意と共に感謝を伝える日だ。

 歴史が長いだけあって起源は諸説あるが、今のところは某十字教の司祭が皇帝に内緒で兵士の結婚を取り持っていたのが有力となっている。

 それが紆余曲折あって、日本では意中の相手へチョコレートを贈る行事へと変貌しているのだから、その司祭さんはどー思っているのか気になるところ。

 ……私としては感謝と同等以上の迷惑が降りかかる日でもある。


「水面先輩、バレンタインのチョコです!!」

「ええありがとう。これ、ちゃんと味あわせてもらうわ」


 また一つ、好意の証を貰った。見れば、くれた後輩陸上系は少し顔を赤らめている。手の中の貰い物も包装が相当しっかりしている。所謂手間暇掛けたチョコガチチョコとやらか。

 ……なんというか、好意とやらも物体になって積み重なれば邪魔でしかないな。それを表に出す事無く爽やかなうすっぺらい感謝を述べれば、彼女は尚更顔を赤くして「そ、それでは失礼します!」と離れていった。

 たったった、と後輩の足音が遠ざかる中ため息を吐けば、苦笑――いやこれもう爆笑だ――が私の後ろから流れてきた。


「……そんなに面白いか?」

「おう。チョコ貰うたびにオメーの顔が薄っぺらい笑顔になるのが大層面白いね」


 後ろには壁に背中を預けてにたにたと煽る様に笑っている幼馴染や腐れ縁クラブバーのオーナーであるバカヤロウこと藤堂士郎とうどうしろう。カッコつけの馬鹿を睨むも、相手は何処吹く風と言わんばかりに口笛を吹く。

 ……一応、美男の部類に入るから性質タチ悪いな。

 已む無く、近くのテーブルに包装されたチョコレートの山を置いて肩を落とす。どさ、という音と一緒に幾つかの包装箱がソファーに零れ落ちるが拾う余力もない。


「おーおー相変わらずモテるねお前さんは。んで、気分はどんなとこよ?」

「嬉しいけど、同じぐらい恥ずかしいし、勘弁サイアクとも思ってる」

「贅沢者め。お前と同じぐらい大量に貰いたいっていう独り者は沢山いるってのによ」

「ついさっき、五〇を超えたんだが、それでもか?」

「それはそれ、これはこれだ。それに、お前が結構貰うのは有名税だろ?」


 失敬な。

 違法に片足突っ込んでいるバーで、時々バーテンダーしている程度の女子大生わたしの何処に有名税が必要だというのか。

 じろり、と睨みつければ「おーこわいこわい」と茶化す笑みと言葉を返される。

 はぁ、とため息を溢して肩を解す。


 転がるように動いた頭が回り、何故か置かれた立ち見鏡インテリアに私の姿が映った。

 一言で言えば男装麗人の長身女性――自画自賛くさいけど事実らしいからなぁ。

 艷っ気に縁の無い長髪は安いゴム紐で尻尾の様に結び、ノースリーブジャケットと細身のスラックス。袖を捲くったシャツにネクタイと、男物を使っているからかそういうイメージが付き易いのもあるのかね?


「ああ、そういえば思い出したけど十六夜いざよい

「……なに?」


 呼びかけられて言葉を返せば、頬杖を突いて面倒めんどそうにこっちを見ている馬鹿一人。……何が言いたい?


「お前、確か同居人いたよな?」

「どうきょ……ああ、うん。いるけど、それがどうかした?」


 一瞬呆けたが、誰を指しているかに気付いて肯定する。とはいえ、アレは同居人というよりも暇潰しの為の愛玩動物ペットとしての意味合いが強い。

 そういうところがあるから、コイツから似非人間フランケンシュタインなんて呼ばれたりするわけだが。


「……チョコレート、あげないのか?」

「はっ?」


 何故そういう話になるのだろうか?

 眉間に皺を寄せる私に、士郎は言葉を続ける。


「形はどうあれ一緒に暮らしてお互い世話になってるんだろ? なら、感謝としてチョコレートを渡してもバチは当たらないだろ」

「それはそうかもしれないけど……」

「出来ない理由でもあるのか?」


 はてさて、これは困った。

 チョコレート……この場合は贈り物か? を、御影ちゃんにやれと?

 ふむ……。


「ねぇ、士郎」

「……その口調になるって事はガチ困りかい。お前の事だから何を贈ればいいのか分からないってとこか?」

「せーかい」


 半年も同居生活しているけど、元々は知り合いでもなんでもない文字通り赤の他人。そもそもお互い必要以上に相手のパーソナルスペースに入らないよう気を使っていたのも一因か。

 ……そっか、もう半年かー。


「一応言っておくけど、俺を頼る時点でアウトだからな」

「知ってるよ。士郎は自分にも相手にも期待しないからそういうの雑だから」

「分かってるならいいよ」


 さーて、贈り物贈り物……思いつかないな……うん。


「よし行き当たりばったりでやってみよう」

「さっきの後輩が今のお前見たら卒倒しそうだな」

「勝手にしてろって言っておく」


 そしてバイトを早上がりして帰ってみれば、何故か冒頭の言葉を言われたのでした、と。ホント、暇とは無縁ね。



 ――◆ ――◆ ――◆



 やがて再起動した御影ちゃんは、錆びた玩具の如くぎこちない動きで私を見上げてきた。目は涙で潤んでおり、後一押しすれば大泣きしそうだ。やらないけど。


「え、あ、その……だ、駄目ですか?」

「ああいや、駄目ってわけじゃないんだけどね……」


 さて、どう切り返したものか。

 ――手っ取り早く訊いた方がはやいか?

 思うが早いか、顔を若干赤くしたまま手を広げてる御影ちゃんへと口を開いて。


「それで、なんでいきなりこんなことを?」

「ぎゅっと、していいですか……?」

「わー。二回目と来たか。しかも答えですらなし。まー別にいいけどさー」


 断ったら断ったらで同じ事を繰り返されそうな気配がしたので、致し方なく応じることにする。ただ、相手から抱きしめられるのを待つのもどーかと思うので。

 ブーツを脱ぎ、揃えてから廊下へと上がり、一歩。するりと、御影ちゃんの懐へと入り込み彼女を抱きしめる。ついでに、肩辺りに顔をうずめる。


「ふぇっ!?」

「やー。相変わらず良い匂いするね御影ちゃんや……」

「え、へぃ、あ。そ、そんな匂い嗅がないでください……。臭いですよぉ」

「ソレ言うなら私なんて煙草臭いんだけどねー」


 煙草対策はしているけど、それでも長時間煙草のにおいがする場所にいると嫌でも臭い移りしてしまう。なるほど、禁煙風潮が広がるわけだ。

 どこかおずおずとした動きで抱きしめ返されて。数分ほどしてから、声が零れた。


「……水面さん」

「何かな?」

「私、好きな人に好意を伝えるやり方、知らないんですよ」

「そうなんだ?」

「そうなんです。そういう、家庭で育ちましたので」

「それはまた、厳しい家庭だ」

「はい。ですから、水面さんにあって半年も、どうやって好意を伝えれば分かりませんでした」

「まだ半年。普通の人は、あまり自分の中を晒さないよ」

「でも、お陰で私は救われたんです。救われても、いいんだって分かったんです」


 それは大仰だ。御影ちゃんは自分で自分を救った。私から影響されて、勝手に自分を救った。そこに私はいない。私個人は、あくまで彼女を愛玩動物としてしか見てなかったから。


「ですから、こうして好意を伝えることにしました。幸い、外は感謝を伝える聖なる日バレンタインデーですから」

「……そっか」

「ああでも、通報するって返されるとは思わなかったです」

「そりゃ、いきなり抱きしめるとか言われたらねー」


 でも、御影ちゃんの決意を拒否する形になったから、悪いのはこっちだ。


「んーよし、もう満足……じゃ、ないですけど。大丈夫です」

「ん。そっか」


 ぱっと離せば、御影ちゃんは後ろ手を組んでにっこりと微笑む。

 そして気付いた。目元に隈っぽい物があるのに。


「……ねぇ、御影ちゃんや」

「はい?」

「寝た?」

「……正直に言うと、寝てないです」

「いや、寝なさいよ」


 一応成人している私は兎も角して、キミはまだ高校生でしょうが。


「いえ、こう、早く好意を伝えなきゃと思うと不思議と徹夜できてしまいまして」

「言い訳にならないから」


 呆れてため息を漏らして、ふと悪戯心が湧いた。心の中でにんまりと笑って、表情には出ない様に抑えつつさっそく動いた。


「あーはいはい。それじゃ、一緒に寝ましょうか」

「えっ。ちょ、いきなり何をッ!?」


 嬉し恥かしとばかりにもじもじするのを無視して御影ちゃんの腰を掴んで、俵の様に持ち上げる。手足をじたばたと動かして抵抗するも虚しく、私の足はずんずんと寝室へと向かっていく。


「えっ、えっ、えっ、もしかして喰われる……ッ」

「眠たいんだから喰わないわよー。抱き枕になって一緒に寝なさいなー」


 はなせー! はなしてー! の抗議の声は全部無視して。

 結局抑えられなかった笑い声を上げる。

 ああ、うん。

 私なりの好きって意思は、こういう伝え方でいいかもしれない。


 そんな事を思って、私は寝室の扉を開けたのだった。

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