第2話 魔物と銀狼

 しばらく歩くと、木が無い広い場所があり、そこには満月に照らされて動くものがある。

 一つは黒い熊のような動物で、身長が5mぐらいあるだろうか。もう一人は小柄な人間だが、髪は銀髪でその銀髪が月の光で鈍く輝いている。

 その二人、と言っていいのかどうか分からないが、睨み合っている。

 俺はその様子を木の影から見ているが、どう見てもこの二人は友人のようには見えない。

「グルルル」

 熊のような動物が、牙を剥くとその間から涎が落ち、月の光がそれを照らした。

 これは拙い。頭の中で思った。俺は慌てて、頭のヘッドライトを消して、今の場所を移動する。こうして、相手に場所を把握させないようにした。

 俺は熊のような動物の後ろに回った。すると、その相手をしている顔が見えたが、それは、狼のようである。体毛が銀色をしているので、銀狼と言われる種別だろう。

 髪の毛と思われたのは狼の毛だった。だが、この狼は服を着ている。

 その異常な姿に俺は頭の中が混乱するが、今はその謎を考えるより、この戦いの方が気になる。

 熊のような動物は鋭い爪で銀狼に手を出すが、銀狼はそれを華麗に躱す。銀狼はとても身が軽いようだ。

 熊の方は何度も手を出すが、その爪は空を切り、相手に傷を与える事は出来ない。

 熊は苛立ってきたのだろう、「グウ」と大きく吠えると、先ほどより動きが俊敏になるが、それでも爪は空を切る。

 そうしていたら熊の動きが鈍ってきた。銀狼は右手に剣を持つと、大きく飛び上がり、回転しながら、熊の頭部に降りて来て脳天に剣を突き刺すと熊の動きが止まった。

 銀狼は素早く剣を抜き、地上に降り立つ。

 銀狼は剣を持ち、熊の様子を見ている。ほんの数秒、時間が止まったままだったが、熊は前の方に傾くと、そのまま地面に向かって倒れた。

「ドオーン」

 草地の中に低い音が響いた。

 どうやら、銀狼が勝ったようだ。すると、銀狼は、持っていた剣で熊を解体し出す。

 手際よく、皮を剥ぎ、指を切り落とすと、それらを持っていた袋に入れる。

 だが、持っている袋はそれほど大きくないのに、剥ぎ取った毛皮が中に入って行く。

「あれは、もしかして、アイテムBOXか?」

 異世界という話の中に出て来る言葉が、頭の中に浮かび、それと同時に恐怖心が身を包んだ。倒された熊の動物も怖いが、勝った銀狼だって正義の味方とは限らない。

 下手をすれば、俺も倒され皮を剥がれる可能性だってある。

 俺は木の影で固まったまま、銀狼の様子を見ていた。

 すると、銀狼はこっちを見た。その目は獲物を狙うような目であり、俺は背筋に冷たいものが流れる。俺は木の影に隠れて、物音を立てないようにした。

 もう一度、木の影から少しだけ顔を出し、銀狼の様子を伺うと、既に銀狼は剣を鞘に納めていた。

 だが、そこに挨拶などして出て行く程、大丈夫とは思えない。

 銀狼は、そのままジャンプし満月の月の中に身体が入ったかと思うと、その姿はとても美しく、まるで月のマントを羽織ったかのようだ。

 月の中に浮かんだ銀狼の姿は視界の中から消え、そこには明るい月だけが輝いている。

 後には、皮を剥がれた熊の死体だけが残された。その死体には既に梟のような鳥が取り憑き肉に嘴を立てている。

 ここに居ると皮を剥がれた肉は、他の動物をも呼び寄せるだろう。俺は、恐怖に駆られたままその場所を離れ、来た道を再び引き返す。

 途中、大きな木があり、その根元が若干平たくなっていたので、テントは張らずにそのままテントをシートにして、その上に寝袋で寝る事にする。

 周りは先程の熊の死体のおかげで、森の中の餌が増えたからだろうか、動物の鳴き声が五月蠅くなった。

「ホーホー」

「ワォーン」

「チーキキキ」

 色々な動物が居る様だ。

 電車の車掌が熊に気を付けるように言っていた事を思い出した俺は、とうとう一睡も出来なかった。


 辺りが明るくなると駅舎を探すことにし、荷物を纏める。

 リュックを背負い、歩き出したが、やはりどこまで行っても駅舎は無い。

 今度はちょっと遠くまで歩くこととし、1時間ほど歩いてみるが、少なくともスマホが圏外でなくなれば、どうにかなるだろう。

 しかし、どこまで行ってもスマホは圏外で、県道も見当たらないし民家もない。

 俺は落胆した。もしかしたら、本当に異世界に来たのかもしれない。そんな事が頭を過る。

 落胆したまま歩いていると、丸太で作られた家が見えて来た。もしかしたら、この辺りは別荘地でログハウスが建てられているのかもしれない。

 俺は縋る思いでその家の扉をノックした。

「トントン」

 インターホンが無い。自然の中に建てられているので、インターホンみたいのも設置していないかもしれない。

「トントン」

 もう一度、扉をノックした。

 すると、扉に付けられた小窓が開き、その中からこちらを見ている目が見えた。

「すいません。迷子になったんですが、駅までの道を教えて貰えませんか?」

「……」

 返事がない。

 もう一度、同じ事を行って見る。

「すいません。迷子になったんですが、駅までの道を教えて貰えませんか?」

 すると、しばらく時間があって、中から声がした。

「何者です!」

 女性の声だった。声からすれば、まだ若い人のようだ。

「迷子になった者です。駅までの道を教えて貰えませんか?」

「駅とは何でしょう?」

 えっ、駅を知らない。いや、それ程駅から離れていないハズだ。駅を知らないはずはない。

「電車の駅です。この辺りにあるはずですが…」

「知りません。まず駅という物が、分かりません」

 ええっー!駅を知らないと言うのか。どういう人だろう。

「で、では、ここはどこでしょうか?何と言う場所でしょうか?」

「ここは、イシーバルへ市の外れになります」

 イシーバルヘ?そんなの聞いた事がない。ここは外国か?

「あのう、イシーバルヘという街はどこにあるのでしょうか?」

「イシーバルヘを知らないのですか?イシーバルヘ王国になりますが…」

 イシーバルヘ王国?それはどこだ。

「すいません。私は旅の者で、ここより別の所から来ました。イシーバルヘ王国は知らないのです」

 扉を挟んで、応対に出た女性と話をするが、話が噛み合わない。

 相手も話が噛み合わないので、どうしたら良いか分からないのだろう。無言になった。

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