秘境駅を降りたら、異世界だった
東風 吹葉
第1話 秘境駅に行く
夏休み前、俺は新しいゲームアプリを見つけた。そのアプリはGPSと連動されており、指定された場所からゲームを開始するという。
ゲームアプリをダウンロードし、起動させると早速スタート位置を指定するメッセージが表示される。
『スタート位置をこの場所に設定しますか?』
見ると、地図アプリが起動し、その地図にスタート地点が示されている。
地図をスクロールしてみると、そこは俺の住んでいる町からかなり離れた山の中だ。しかし、鉄道はあり公共交通機関で行く事は可能だ。
「かなり、遠いな」
俺は一人呟くと、その場所をネットで調べてみる。すると、そこは俗に言う秘境駅という場所らしい。
「秘境駅かぁ」
これが平日だったら学校もあるし、行ってみようとは思わなかったが、夏休みに入ったことだし、1日ぐらいだったら小さな冒険みたいだと思って行ってみることにする。
そうなると、まずは情報収集だ。ネットには様々なホームページがあり、秘境駅の事が沢山書かれている。
俺は、その中に一つのブログを見つけた。
そのブログには、秘境と言われる鉄道駅の事が詳しく書かれていて、どうも筆者はこのような秘境駅に行く事を趣味としているようだ。
そう言えば、テレビでも秘境駅に行くと言う番組があって、見ていて面白かった。
特に鉄道オタクって訳でもなかったが、この駅の近くで一晩過ごしてみる事に興味を持った俺は、ここで人生で初めての秘境駅ツアーをやってみることにする。
だが、駅舎で過ごすのは、いろいろと制限もあるようで、そういう場合は近くにキャンプ出来る場所がある方が良い。
当然、テントや寝袋、食料に水は重要だし、スイッチ一つで火が点く訳ではないので、ライターも持って行く必要がある。
いざ出発しようと思うと、色々な物が必要だと考え、荷物も多くなってしまったが、それらを全て登山用のリュックに押し込んだ。
秘境駅に行くのは、平日にした。土日は、俺と同様に秘境駅に行くのが趣味という人も来ていて、既に秘境駅というような状況ではないらしく、なるべく人が来ない平日を選んだ。
時間も通勤時間帯を避けて、夜遅い時間帯にする。これも、秘境駅という経験を求めたからで、俺が乗った電車も最終電車だ。
その電車も始発駅を出た頃はそれなりの乗客が居たが、駅に到着する度に一人降り、二人降りして、最後には俺だけが残った。
電車も2輌編成だったが、先頭車輛にも乗客の姿は見当たらない。
「どちらまで?」
大きな荷物を持った俺に車掌が聞いて来た。乗客が居なくなって車掌もする事がないのかもしれない。
「銀野まで行きます」
「銀野駅ですか?家族の方が迎えにでも?」
「いえ、今夜は、あの辺りでキャンプする予定です」
「ああ、なるほど」
車掌も最近、秘境駅ブームというのを知っているのだろう。今日がたまたま平日だったので、俺の事をそう思わなかったのかもしれない。
「気を付けて下さいね。あの辺りは熊とか出ますので。ただ今日は天気も良いし、満月なので、キャンプにはとても良いと思います」
車掌に言われて外を見ると、山の上に大きな月があった。この辺りは、山奥の中を走るので、見える範囲は山ばかりだ。
下の方には、川が流れているのが見えたので、今日は河原でテントを張ろう。
「そうみたいですね、ありがとうございます」
車掌にお礼を言うと、車掌は一番後部の運転室に戻って行った。
「間もなく銀野です。出口は左側です」
予め録音されている、女性の声が流れた。それに続いて、先ほどの車掌のアナウンスも入る。
「銀野に到着します。お降りのお客さまは、お忘れ物の無いように、ご注意願います」
そのアナウンスが終わって間もなく、列車は停車した。
列車から降りると、真夏だというのに肌に冷んやりとした空気が纏わりつく。
思わず、ブルっとしてしまう。
当然、無人駅なので、車掌が駅員も兼ねていることから車掌に切符を渡す。
「お気をつけて」
と、言われ、その言葉と同時に列車は出発した。
列車の赤いテールランプが曲がった線路に沿って消えると、駅には街灯と信号以外の灯りはなくなった。音は虫の鳴く声しかしない。
保線橋とかは無いので、ホームから降りて、構内にある小さな踏切を渡って、駅舎に行く。
駅舎の中にも蛍光灯が一つだけあり、そこには蛾が集っていた。
駅舎を出ると辺りは真っ暗な世界で、事前に調査した情報では近くの民家まで歩いて2時間程あるらしい。
駅舎の近くには県道もあるらしいが、車が通らないので、どこが県道かはここからでは分からない。
頭にヘッドライトを付けて、暗闇の中の道を歩き出した。
周りにかなりの樹齢と思われる杉の木があるので、杉林のトンネルを行くようだ。
駅舎のところでは、満月が周囲を照らしていたので、それ程暗いと思わなかったが、杉林の中に入ると生い茂る枝が、月の光を遮って道も良く見えない。
そんな中では、ヘッドライトの灯りだけが頼りだ。
「ホーホー」
「バサッ」
梟だろうか?ヘッドライトの灯りに驚いて飛び立ったのだろう。
さすがに、こんな暗い道を歩くのは気味が悪い。幽霊とか信じる方ではないが、出来れば通りたくない。
キャンプ場所と決めた河原は、このまま真っすぐに行けば県道に出るので、そこから下に下りれるハズだ。
だが、林の中の道は行けども行けども、県道に出る様子はない。
「おかしいな、道を間違ったかな?」
道の中は暗く、心許無いので誰に言う訳では無いが、声に出して言ってしまう。
時計を見ると歩き出してから、既に30分が経過している。
事前に調べたところでは、県道は15分程で出るハズなので、既に出ていてもおかしくない程の距離は歩いている。
「やはり、おかしい。引き返すか?」
河原でのキャンプは諦めて、駅舎の近くで一晩過ごそう。そう決めて、今来た道を引き返した。
だが、今度は歩いても歩いても駅舎が無い。来た時と同じ30分は歩いているハズだが、いつまで経っても駅舎が見えてこない。
林の葉からは相変わらず、満月が見えているのだけが、変わらない。
さすがに、俺も何かしら変な事に気付き始めた。下の方に川が流れており、その水音が聞こえていたのに今は川の音さえも聞こえない。
「やっぱり、間違えたか?」
いや、この道は一本道で、分岐する道は無かった。間違えようにも間違える道が無い。
「どうする?駅舎も見当たらない。このまま、ここで一晩明かすか。太陽が出て、辺りが明るくなれば、ここがどこかも分かるだろう」
そこまで考えて、ふと思った。そうだ、スマホに地図アプリがあった。そこに自分の位置が表示されているハズだ。
俺は、スマホを取り出し、地図アプリを起動したが、地図が表示されない。
見ると、「圏外」の文字が表示され、地図がダウンロードされて来ない。
「くそっ、ダメか」
圏外だと当然の事ながら電話も通じないし、ネットにだって繋がらない。
道路の真ん中にテントを張るか?それとも、もう少し広い場所を探すか?
俺は迷ったが、もし朝に地元の人が車で通ると拙いと思い、テントが張れる場所を探す事にし、そのまま歩き出した。
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