第34話 ヨウコ
ブレスが放たれる。巨大スライムがそれを阻んでくれたが、そこから反撃に繋げていくことが出来ない。
『くっ! 完全に俺らをぶっ潰す気でいやがる!』
敵は移動を止め角による牽制とブレス攻撃で冒険者たちを戦闘不能に追い込み、街を焼き払い始めた。火球封じだけは維持できているが、このままではジリ貧だ。ゼロの悪態に誰も応えず押し黙るばかりだ。
トリスにニカさん合流した族長にゲロ子ちゃんも手をこまねくばかりだ。
突如ゲホゲホと咳き込みながらリューネさんが膝をついた。ちょうど彼女と話していたヨウコがその身体を抱えて本当に大丈夫かと尋ねている。さっきからヨウコは皆に何かを確認して回っている。結局リューネさんに大丈夫だと押し切られる形でヨウコはこちらへと戻ってきた。
『旦那様……』
『どうした、ヨウコ……?』
小豆色の瞳に戸惑いが映る。ヨウコの頬に触れてムニムニと引っ張る。整ってると変顔させたときが面白いなぁ、と思っていると相棒が牙を剥いてみせた。さあ、話せよヨウコ。こんな状況で意味もなくお喋りしてるようなお前じゃないだろ?
『作戦、思い付きました……かなり無茶ですが』
『流石だ、相棒』
『ですが……』
『俺達きつね憑きの発案だ。責任は二人でとるさ』
ヨウコのきつね耳を押さえつけるように撫でる。くすぐったいのか瞳を閉じてされるがままだったヨウコだったが、顔を上げて俺を見つめてきたその瞳には決意の光が漲っていた。
ヨウコが頷き作戦を伝えようとしたタイミングで俺は挙手と共に皆に告げる。
「皆、聞いてくれ。作戦がある」
「……えっ?」
周囲の視線が一気に集まる。状況が酷い分、凄い食いつきだ。そんななかヨウコだけがポカンとしている。
ヨウコの背中を押して皆の前に立たせた。事ここに至って状況を理解したヨウコが俺を見る。涙目が赤く光っているがいまは構っていられない。
「時間がない、お前が話せ」
「だ……旦那様ぁ~!」
怪訝そうにする仲間たちのなか、ニカさんだけは察しがついたのか助け船を出してくれた。こんな時でも花咲くように笑ってみせられる彼女は本当に頼りになる。これもきっと借りになるんだろうな。
「妙案があるとは素晴らしいですわ! 自信の程はいかがですか、きつね憑き?」
「ばっちりです‼」
俺の太鼓判に周囲は湧き立ちだした。まあ、中身は俺も知らないけどな。
さあ、相棒。犬歯をギチギチ鳴らしてないで作戦を教えてくれ。
皆がお前を待ってるんだ。
§ §
「――以上です」
初めこそ緊張した面持ちだったヨウコだが、話し始めれば実にスラスラと作戦の説明を終えた。ある程度一気に話せるスタイルは得意みたいだ。それにしても――
『随分と大胆な作戦だな。一気に主戦力を使い尽くす片道切符だ』
「戦線の瓦解は時間の問題です。特にスライムサバイバーは限界です」
恐らく皆の意見を代弁したであろうゼロにヨウコは時間がないと返す。
「アレを倒すことは出来ないにしてもあの角ぐらいは破壊しないと……街が壊滅するでしょう」
重ねて逃げることの出来る状況でないことを告げる。やるなら、いまだと。
「確かにな。やるしかないなら気力体力共に充実しているときに限る」
トリスが胸を張ってヨウコに賛同する。本当はヘトヘトなはずの彼女の強気に周囲が笑う。族長が挙手してヨウコを見つめてから周囲を見回した。
「これが最後のタイミングだという話は分かった。しかし先に皆に確認したい……蝕み姫が言った各々の役割、あれは本当に可能な事なのか? 正直、部外者が我らの秘術の用法を心得ていたことに驚いている」
族長の質問にヨウコは直接は答えず、周囲を見渡した。作戦の骨組みはヨウコが組んだ。けれど肉付けは全員で行うのだ。ひとつでも欠けが出てしまっては立ち行かない。緊張からかヨウコの尻尾の毛が逆立ち始めたそのとき――
カカカ!
ゼロが笑い声とともに口火を切り、全員が燃え上がり始める。
『俺達は可能だ。そのための道具は銀閃に渡っているはずだ。だよな?』
「ええ、確かに。銀閃と金花の仕事に問題はありませんわ。でしょう、トリス?」
「ニカの言う通りだ。きつね憑き、また連携を頼めるか?」
「もちろんだよ、トリス! ユゥさん達は?」
「ヨウコさんの言った感じで動くことは出来る、はずです! だよね、リィン? リューネさん?」
「可能だ」「短時間限定の動きだけどねぇ」
「……そうか。リザードファイターは改めて大任を承ろう」
皆の言葉に族長が深く頷く。全員が互いの自信に勇気づけられ、途端に作戦の中身に手応えを感じ始める。スライムの背に隠れて防戦しながらの会議にも関わらず、笑いと軽口が飛び交い始めた。
「それにしても、ヨウコさんは凄いな~! 凄いな~!」
「え?」
「ほんと、ほんと! 合体スライムの動きを予測できちゃうなんて!」
「あ、あの、いや……これくらい、普通……」
「謙遜するな。凡人にはそのありきたりな発想とスライムとを結びつけられない。スライムでも出来るとならず、スライムでは出来ないと切って捨てる者が大半だ」
「「リィンが他人を褒めてるぅ⁉」」
スライムサバイバーの面々に褒められまくったヨウコは狼狽え、その尻尾が見たことのない軌道で忙しなく弧を描いている。あれはどういう感情なんだろうか。他の仲間たちもその様子を微笑ましく見守ってくれている気がする。
この輪の中にヨウコがいることがとても嬉しい。俺達を繋いでくれたのはヨウコの作戦なんだからこれでいいんだ。そのことをヨウコも感じていて欲しい。
皆に担ぎ上げられるのに耐えられなくなったのか、ヨウコが腕組みして大したことではないですよと、笑みを浮かべて余裕の構えを見せた。
「こ、これくらい……観察と考察の積み重ね、少しの確認の結果でしゅ」
虚勢丸出しな上に噛んじゃったよ、このうっかりぎつね。
それに本人が気づく前に俺はヨウコを羽交い絞めにしてその頭を撫でまくる。
「ふげぇ……⁉」
「俺の相棒は賢いんです!」
作戦内容はもちろん、皆の前でちゃんと喋れて偉いぞヨウコ! 白い目で見られる時は二人一緒だ!
「俺の! 相棒は! 賢いんですっ‼」
「だ、旦那様ぁ~⁉」
そうだヨウコ! お前は俺の最高の相棒だ!
よーしよしよしよし! なでなでなでなで!
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