第35話 マァカ・ロンダルギア
「無理です! 無理無理ィ! 絶対死んじゃうぅ……!」
一致団結のときがきた! そう思った矢先、俺達の輪の真ん中で一人の少女が叫びながら駄々をこねていた。ゲロ子ちゃんだ。敵から距離を取り作戦開始に備えている最中、彼女は突然叫び出しジタバタと暴れ出したのだ。おかげで俺とヨウコが白い目で見られることはなくなったが困ったことになった。
「ええい! 貴様ッ! 先ほどは静かに作戦を聞き入っていたではないか⁉」
「気ィ絶ゥ、してたんです! 離してください!」
族長にがっしり両手を押さえつけられて引きずられながらも彼女は足をバタバタさせていた。オモチャ売り場の五歳児だってもう少し大人しいと思わせる暴れっぷりだ。
「情けないことを! 恥を知れッ! 戦士だろう⁉」
「誉れよりも命が大事! 私は魔術士です!」
恥も外聞もなく喚き暴れるゲロ子ちゃん。子供特有の柔らかさで身体をねじり逃れようとしている。おかげでスカートの中身がモロに見えている姿はただひたすらにいたたまれない。ニカさんがドン引き顔をしてる。
「貴様の炎の魔術が必要とされているのだぞっ⁉」
「あーもぉ無理! 無理ィ!
作戦の重要な一手を担うことになってる彼女は魔力切れを理由になおも拒む。子供には魔力回復薬の投与は刺激が強く身体が受け付けないため、回復手段はないはずだ。通常であれば。
「きつね憑き、頼めるか?」
「はい」「わかりました」
「……え? ええ⁉」
族長に促された俺達が彼女に近づきヨウコが首筋に触れて魔力供与を開始する。
しばらく困惑して目を白黒させていた彼女だったが目的を察すると、ふふんと笑った。
「そんな効率の悪い時代遅れの術では私の魔力を満たすのは無理ですよ」
「確かに貴女の魔力はなかなかバカげた代物みたいですね」
彼女が放った攻撃魔法の威力、やたらと通信網に混線する声も彼女の魔力の絶大さの現れだ。それを効率の悪い方法で満たすことなど出来ないはずだと。この子、こういうところだけは強気だな。そんな彼女を見てヨウコは閃いたようだ。
「では、ひとつ賭けをしましょうか。ゲロ子」
「だっ! 誰が、ゲロ――」
「内容は明快。私が貴女を満たせるか。勝った方は相手にひとつ命令できる」
自身が不利な賭けを突きつけてヨウコはにぃぃと嗤った。俺の相棒は悪い顔が良く似合うな。対してゲロ子ちゃんは頭に血が昇ったのか勇ましく受けて立つと言い放つ。
「いいでしょう! 伝達効率からいって、ざっと私の四倍強! それだけの魔力が果たしてあなたに――」
「時間がない。さっさと終わらせますよ」
「え……? なに、これ……?」
「私の容量、いまなら視えるでしょう?」
ヨウコに促された彼女は青ざめ口をパクつかせた。声にならない『バケモノ』の一言にヨウコはくくっと嗤った。
「貴女は確かに凄い。稀代の天才と言って差し支えない。けれどまだ幼い。私は物心ついたころには内側から喰われることが当たり前でした……半生の飢餓に彫り刻まれたこの胸の
「あっ……ああ」
「勝敗は明確です。貴女には私達と一緒に戦ってもらいますよ」
「……わかり、ました」
哀れな天才少女は悪いきつねに踊らされてしまったようだ。
§ §
「なあ、ヨウコ……?」
「どうしたんですか、旦那様? いまは皆が一致団結して驚異に立ち向かうとき。作戦開始は近い。シャンとしてください」
なんだろう、相棒の口からかつてないほどポジティブに他人を信頼する言葉が出てきているのに嬉しくないな。
「それとも強大な脅威を前にヨウコのことを愛でたいんですか? しょうがない旦那様ですね。甘えるのは程々にお願いします。それと、戦いを終えた今夜はヨウコのことを目一杯愛でてください」
「早口で
「……ヨウコは作戦参加の約束を取り付け、魔力供与もこなしました。よくやったと思います」
「うん。そこは凄いし偉い」
でしょう、と小首を傾げてみせるヨウコを撫でてから、その小顔を両手で掴む。こら、わざとらしく目を閉じて唇を突き出すな。現実を直視しろよと、頑なに視線を逸していた方へと顔を向ける。
「けど、ちょっとやり方がまずかったよな?」
「…………」
「ぁあ……世の中って広いんだなぁ……」
視線の先ではゲロ子ちゃんが頭フラフラでトボトボ歩きをしながらブツブツうわ言を繰り返していた。戦いへの恐怖はなくなったかもしれないが、完全に心が折れてしまっている。どうすんだこれ。
「俺達きつね憑きの発案だ。責任は二人でとるさ」
「お前、もしかしなくてもそれは俺の声真似か?」
「こんな甘い言葉でヨウコを安心させ、返す刀で皆の前に突き出した……さすがはヨウコの旦那様。クズっぷりが板についてきました。これで手助けのひとつもなければ、それはもう鬼畜の所業です」
「……お前、後で覚えてろよ?」
仕方ない。頑張った相棒のフォローはちゃんとしないとな。こういう場面で俺に出来ることはトリスに頭を下げるくらいしかないけど。トリスに話しかける前にそばにいたニカさんにヨウコのフォローをお願いすると彼女は『貸しひとつ追加ですわ♪』とニコニコと快諾してくれた。そろそろ気分は多重債務者だ。
「……きつね憑き、そんなにニカに借りを作って大丈夫か?」
「やっぱりヤバい?」
「ヤバいな。もしものときは私に相談するんだぞ?」
「……うん」
心配そうなトリスの言葉に頷きながら曇天を仰いだ。やっぱり、ヤバいのか。
ともあれ、まずはゲロ子ちゃんのフォローだ。それを切り出そうとしたところで視界の端で彼女が転んだ。
「トリス!」
「ああ、分かった」
トリスも用件は察してくれていたようで二人で彼女の元へすぐに向かう。けれど、ちょうど俺達の前に立ちはだかるように緑色の肌をした大男の背中が現れた。
リザードファイターの族長だ。
§ §
「おい、貴様。立て」
「…………」
長身痩躯のリザードマンに見下ろされるも彼女はその姿を見つめるだけで動こうとしない。さっきまでなら震えあがってすぐにでも立ち上がっていただろう。だがいまは荒んだ表情で彼を見上げるだけだ。
そんな彼女の姿に族長は鼻を鳴らしてから、膝を地につけて顔を寄せた。
「魔術師の少女よ。貴様の名は?」
「え?」
「私の名はな……」
それから彼女の耳元で不思議な抑揚で囁き始めた。詩でも詠うような調子の声を聴いているうちに彼女の瞳が見開かれる。
「何してるんですか⁉ 私は初対面の、魔術士ですよ⁉」
咎めるような声で叫ぶ彼女の様子からして族長はとんでもないことをしたようだ。けれど彼は煩そうにしかめた顔を戻すとなんでもない調子で答える。
「我が
そう言って顎をしゃくって促す彼を彼女はキッと睨みつける。
「マァカ。マァカ・ロンダルギアです」
「うむ……勇ましい名だ。ロンダルギア、貴様になら出来る。この私が見込んだ貴様だぞ?」
族長の言葉に彼女の瞳は揺れるが、俯くことはなかった。
「このような華奢な人間族とは思えないほどの力がお前にはある。そして戦士として立つ者の資質もな」
そう言いながら手をかざして彼女と自分を見比べる族長の指で指環が光る。彼は何かに気づいたのか、少女の手を取りまじまじと見つめ始める。それから小指の指環を外すと彼女の中指にそれを嵌めた。
黒と茶が入り混じった丸石を中央に配した精緻な装飾を施されたそれは素人目にも魔力の宿った高価な品物であることが分かる。突然渡された指環に困惑していた彼女だったが、手元でそれがキラリと輝きを放つと瞳を奪われる。
「綺麗……」
「戦士の守りだ。似合っている」
彼女の様子を見てトリスはもう大丈夫と頷き踵を返した。
族長は苦笑を浮かべながら彼女に手を差し出した。
「さあ、ロンダルキアよ。立つときだ。出来るな?」
「やりますっ!」
小さな魔術師マァカ・ロンダルギアは自分の足で立ち上がった。
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