第33話 巨竜

 リザードファイターを含む冒険者たちの猛攻が続いている。ゼロはここを攻め時と定めたらしく、温存していた戦力を惜しみなく投入している。巨竜タイラント体力HPもついに半分を切った。

 俺とヨウコ、ニカさんとトリスは攻撃のチャンスを待ちながら待機中だ。先程から巨竜タイラントの魔力の源であろう額の宝石の破壊が試みられているが、成功に至っていない。魔法攻撃くらいしか届かない位置にあるのに魔法が効かないのだから反則だ。

 隣ではヨウコがトリスの手首を握りしめて魔力MPの供与している。回復薬ほど即効性はないが、トリスがこれ以上の回復薬の使用は過剰投与オーバードーズになってしまうと申告したところでヨウコから発せられた提案だった。


「…………」


 伝達効率を上げるためか、ヨウコは真剣な表情でトリスの手元を見つめている。気づくと相棒の頭を撫でようと勝手に手が伸びていた。


「旦那様? 回復、必要でした?」

「……あぁ、うん。そんな感じ」


 怪訝そうに首を傾げ、ヨウコはそのまま耳を差し出してくる。気付いてなさそうなので撫でることにしよう。トリスとニカさんの視線を感じるけど後回しだ。

 魔力MP供与はもうじき終わる。改めて戦況を確認しよう。攻撃魔法を中心に高威力広範囲の攻撃が立て続けに巨竜タイラントに叩きこまれている。なかには額の宝石に直撃しているものもあるが、やはり破壊できない。

 魔法攻撃以外で目を見張るのはリザードファイターだ。敵を足止めしてからは次々にその身体に取り付き攻撃を繰り返していた。大型の獲物を狩るのが本分だと豪語するだけあって、連携がとれていて着実にダメージを与えている。

 巨竜タイラントは弾幕代わりに小刻みにブレスを吐いているが、本来の威力には届かず魔法で防御され続けていた。


『ひぃぃ、あわわ……!』


 特にリザードファイターに同行し鉄壁のディフェンスを誇る黒髪の少女はブレスのほぼ全てを無力化している。ゲロ子ちゃんだ。彼女は守護神の如き目覚ましい活躍とは裏腹に、怯え狼狽え悲鳴を通信網に乗せている。早々にゲロ子ちゃんの能力を見抜いた族長が彼女を抱えて駆け回っている。そして誰よりも果敢にブレス目掛けて突っ込んでいた。


『ヤバいです、ヤバいです、ヤバいです……!』

『ならばいっそう気張れと言ってるだろうが、貴様ァ‼』


 またもブレスは直撃する前にゲロ子ちゃんの炎術制御でかき消されてしまう。

 いよいよ敵も手詰まりだ。誰もがそう思い始めた矢先、巨竜タイラントが猛り立った。



 § §



 ギィィ、ガァァァッッ‼


 怒りと痛みを絞り上げるような叫びが天を突いた。その咆哮に誰もが戦慄し脚を止める。吐き出され響き渡る狂気に肌は総毛立ち、血の一滴一滴が恐怖という針となって身体中を刺し貫く。

 赦さない赦さない赦さない。叩き潰し踏み付け、蹂躙し滅ぼさねばならぬ。この場にいるすべての冒険者の頭蓋に暴君たる者の憤怒の声が刻まれる。

 ある者は慄き、ある者はへたり込み涙を浮かべるが巨竜タイラントの咆哮は止まない。そんなものでは足りぬ。贖いには到底ならぬとばかりに怒りを燃え上がらせ続ける。


「なんだよ……あれ?」


 その言葉を発したのは誰なのか。自分の声かさえ定かでない。

 咆哮と共に――いや、咆哮によってそれは生じた。巨竜タイラントの額の宝石がどす黒い光を宿し、それが渦巻きだした。やがてそのうねりは宝石そのものを捩じり上げその形を変えていく。それは変化というより怒りの顕現だ。

 赦さない赦さない赦さない。

 誰もが釘付けのままその姿に見入ってしまった。巨竜タイラントの額には捻じくれた漆黒の角が出現していた。


 ガァァァッッ‼


 漆黒の角が赤い光を放ちながら赤銅色に染まっていく。あれはダメだ、止められる代物じゃないと本能が警告を発する。

 ゼロからの退避指示に族長とトリスがなんとか応えて退避が始まる。


『旦那様、攻撃をよく観ていてください……』

『……了解』


 ヨウコに促されてハッとする。そうだ、敵の出方を窺わないといけない。

 死を詠む閻魔天ウィスパリング・デスは反応なし。攻撃の範囲は広くない。

 死地臨む広目天クライシス・ウォッチャー巨竜タイラントの角を睨む。内部で魔力が圧縮され超高温の熱を生み出し続けている。あれはトリスの盾でも巨大スライムでも止めることは不可能だ。熱量の高まりとともに全く消耗されていないように見えていた巨竜タイラント魔力MPが徐々にだが減り始めた。敵も死に物狂いだ。

 

 グギィィィァッ‼


 金切り声にも似た叫びと共に力が解放される。眩い光が巨竜タイラントの角を覆った。同時に大気が焼け焦げ震え不快な音がする。敵が首を振ると周囲の建物が消し炭も残さず蒸発した。光に触れていない建物も発火を始めるなか、奴は自らを縛る呪いの大繩にその角を近づけた。


『敵が動き出すぞ。我々の捕縛呪術がこうもあっさりと焼き切られるとはな……』


 族長の言葉の通り巨竜タイラントは拘束を破ると、俺達獲物を見下ろし咆哮した。


 ガァァァッッ‼

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