第23話 奈落
「トリスゥゥ……!」
叫んだのが先か、駆け出したのが先か。そんなことも分からない。
気づけば炎に包まれ燃え始めた建物の前で呆然と立ち尽くしていた。
嘘だ。あのトリスがこんなことで? 死んで、しまった……?
いや違う。どうして――どうして俺は、助けられなかった?
ブチリ
肩口からなにかが引き千切れた音がしたのと同時、側頭部に衝撃が走る。
『しっかりして‼』
『ヨウ、コ……?』
『とにかく突入! 生死を確かめてください! 可能性はあります!』
『え……?』
『まだ倒壊していません! いますぐ確認! 行かないなら諦める‼』
燃え上がる建物をヨウコが鬼気迫る表情で指し示す。俺は言われるままそのなかへと身を投じた。
§ §
「トリス‼」
ヨウコに言われるまま炎の合間を縫って室内に突入すると、先程と同じ場所にトリスは横たわっていた。俺の叫びに反応してその瞳がこちらを捉えた。
『ギリギリで盾を召喚して凌いだのでしょう』
『とにかく回収だ!』
トリスが生きていたことに安堵しながら一歩踏み出そうとすると彼女の瞳が俺達の背後を捉え、見開かれた。その瞳に宿った戦慄の色に背筋がぞっと凍えた瞬間、死神は囁く。
――
迂闊だった。いままで敵の存在が頭から抜け落ちていただなんて俺は馬鹿だ。どうする? 敵はもう動き出しているはずだ。
一旦引けば――トリスがやられる。
けどこのままじゃ全滅だ。ヨウコが、トリスが、死なない方法。どうすれば二人を生かせる?
「
考えてる場合じゃない。どっちを助けるかなんて俺には選べない。
スキルによって増大させた筋力でトリス目掛けて突き進みながら、背中のヨウコを振りほどく。浮かせた彼女の身体を片腕で絡め取りそのまま天井に開いた穴から外へと放り投げる。
身軽になった状態でトリスをすくいあげて反転、目の前にある閉じられた
「ヨウコ!」
彼女は無事に着地できたようでこちらに駆け寄っている。よし、あとはヨウコと一緒に逃げるだけだ!
しかし、彼女の足は止まりその場でへたり込んでしまった。
「ヨウコ! 早く!」
「……ゃ」
ヨウコの瞳が光を失い、口元が歪んだ。何も見えていないかのように両手で頭を抱えイヤイヤと首を振り出す。なにをやっているんだと、ヨウコへ手を伸ばそうとしたとき全てを理解した。
腿にぼたぼたと落ちる生温かい液体の感触。目に映らないという違和感の正体は肩口の辺りで赤黒い回答を示している。
左腕が丸々噛み千切られていた。
「ヨウ……」
「いやぁぁぁぁっ!!!」
それでも呼びかけようとした声をヨウコの絶叫が遮る。
瞬く間に彼女の髪や肌、尻尾が黒に染まる。さらに墨を吐き出すようにその黒は増殖し肥大していく。駆け寄り手を伸ばそうとするがなにもかもが遅く足りない。
「ああぁぁぁ……‼」
ヨウコの叫びと共に黒は弾け、辺りを呑み込みだす。
「ヨウコォー‼」
俺の声はヨウコに届かなかった。
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