第22話 崩落

 最前線は様変わりしていた。ブレス攻撃で焼け焦げていた地面には新たに抉られたような穴が点在しており、破裂音が響いている。

 巨竜タイラント目掛けて雷撃や攻撃魔法が放たれているが足止めにはならず巨竜タイラントは冒険者の姿を追って首を忙しなく動かしていた。


「どうなってる……? トリスは?」


 足を止め建物から戦場を見下ろすがトリスの姿は確認できない。じわじわと広がる嫌な予感を振り払おうとスライに呼びかけるがユゥさんからも返事はない。


『おぅ! きつね憑き! 来たかッ!』

『ゼロ……?』


 思わぬ相手からの通信に面食らいながらゼロの誘導に従いその姿を探す。すると巨竜タイラントの正面、さっきまでトリスたちがブレスを凌いでいたあたりに土でできたかまくらが存在しそこからゼロが手を振っていた。


巨竜タイラントの野郎、攻撃を変えてきやがった! おかげでねぇちゃんとユゥがのびちまった!』

『トリスとユゥさんが⁉ 大丈夫なんですか⁉』

『落ち着けよ。他の連中に巨竜タイラントは任せている。いまのうちに回収してくれ』

『で、でも……!』

『ゴチャゴチャ言うな。モタついてると二人は死ぬ。残ってる連中はそうそう遅れをとらねぇヤツらだ。だから――


 ギュオオォォ……‼


 交信を遮るように巨竜タイラントが咆哮しその魔力が高まっていく。トリスとユゥさんが倒れている状態でどうやってブレス攻撃を凌ぐんだ。そう思うと足は進みだしてくれない。


「旦那様、アレを」

「なんだ……?」


 ヨウコが指差す先では巨竜タイラントの額の宝石が光を放っている。僅かな違和感を覚えた後、広目天の能力がいままでのブレス攻撃の時とは発光パターンが異なることを知らせてきた。これは、ブレス以外の攻撃が来るってことか?

 高まりきった宝石の光が消失すると巨竜タイラントが大口を開く。すると炎の球体がそこに現れ、ヤツの周囲に展開した冒険者目掛けて発射された。狙われた冒険者はそれを回避したが、火球は地面に着弾すると同時爆発した。ブレスほどの威力はないが防御せずに直撃でもしたら並のHPじゃ耐えきれないだろう。


「まだです」

「なに⁉」


 思わず飛び出しそうになった俺の肩をヨウコが叩く。促されるまま敵を見ると、ヤツは再び火球を放とうとしていた。冒険者たちは脚で回避したり、魔法で火球を逸したりして攻撃をやり過ごしているがこのままじゃ厳しいのは明らかだ。

 

『ゼロ! ゼロ!』

『……っと、繋がったな。きつね憑き! 準備はいいか⁉』

『ああ! 指示を頼む!』

『オーケィ……!』


 彼はしゃがれ声でヘッと笑った。



 § §


  

 ゼロによる作戦はシンプルだ。彼の合図とともに九人の傭兵レイブンズナインのメンバーを中心に周囲の冒険者たちが強力な攻撃を加えて巨竜タイラントの注意を引いている間に俺達がトリスとユゥさんを回収してバラバラに逃走する。奴がこちらを追ってこないのならテイラー邸で、そうでないならギルド本部で再集合するというものだ。

 二人は現在、近くの民家のなかで気を失っている。巨竜タイラントの首振り攻撃からユゥさんを庇ったトリスごと吹き飛ばされ、壁を突き破ってしまったそうだ。スカウトによると生きているのは間違いないらしい。

 回収は体格の問題からユゥさんを優先。家屋付近に待機させたスカウト三名に彼を引き渡し次第、俺達はトリスを担いで逃走という段取りだ。


「くそ、まだか……!」


 段取りは決まっているのに決行の合図はなかなか訪れない。回収目標が敵の近くにいるためタイミング取りは慎重に行う必要があるとはいえ、かなり焦れる。

 死地臨む広目天クライシス・ウォッチャー死を詠む閻魔天ウィスパリング・デスは発動させたまま合図を待つが状況は動いてくれない。こんなことならいっそスキルを入れ替えて、などと思っているとヨウコが耳元で囁く。


「力押しで行こうなんて考えないでください」

「……分かった」


 ああ、ヨウコの言う通りだ。さっきからすぐ頭に血が昇ってる。ビビッてるだけじゃない。頭がごちゃごちゃしてる。何も出来ない、何もしないうちに望まない方へ物事が進んでしまう。そんな悪い予感が自分の中身をじっているあの感覚だ。

 落ち着け、深呼吸だ。

 いまヘタを打てばヨウコも死んでしまう。トリスも。ユゥさんだって。

 これは長い待ち時間じゃない。集中するための限られた時間だ。最大値はともかく俺は他の人よりもリソースは豊富なんだ。それを活かすには余裕が必要だ。四枚の切り札も同時に使えるのは三枚まで。選択を間違えてはいけない。


「状況確認……」


 閻魔天の死の予知は発動していない。この能力スキルは下手を打って死んでしまう未来を啓示するものだ。なら、巨竜タイラントの引きつけが上手くいっている、あるいは火球の威力が低いことが予想できる。広目天の観察眼は火球攻撃の回数を看破しつつある。恐らくは次の一発が最後だ。ヤツが次回スキルを発動するには魔力のチャージが必要になるはず。

 再び巨竜タイラントが大口を開き火球が形成される。直前に放っていたものよりも大きい。想定されるその威力に足が浮きかけた瞬間、視界に青白い閃光が走り巨竜タイラントの眼前で爆発が生じた。これは味方の攻撃か⁉


『待たせたな、行けッ……!』

『了解……!』

『気をつけろ! ヤツはくたばっちゃいない。くそ、アレで脳天ブチ抜けば俺達の手柄だったんだがな……!』


 俺みたいにスキルに頼らなくてもここまで対策できるゼロの手腕に舌を巻く。けど、いまは感心して呆けてる場合じゃない。


崖っぷちの韋駄天ライフエッジ・スピーダー」 


 韋駄天の能力を発動、そのまま建物から飛び降りる。

 さあ、二人を助けに行こう!



 § § 

 


 ゴォォ……ッ‼


 爆炎と煙に包まれたまま巨竜タイラントが咆哮する。いままでにはなかった痛みを感じさせるその響きを聞きながら着地し、目標地点へと駆ける。ショートカットは成功だ。

 これなら奴に気づかれることはないはず。そう思いながら走る背筋が凍った。


「……なん、で……?」


 

 加速した状態のままで思わず疑問を口にしてしまう。巨竜タイラントは煙が晴れた瞬間、こちらをギョロリと見下ろしていた。まるで初めから俺の居場所を知っていたかのようだ。

 死を詠む閻魔天ウィスパリング・デスはまだ発動していない。ただちにこちらを即死させるだけの攻撃手段を奴は持っていないことになるが、不気味な寒気は止まない。


『気付かれました……?』

『みたい、だ……』

『ゼロに一報します』

『そうだな』

『死の予告は?』

『ない』

『……了解』


 ヨウコが頭をコツンと当てながら交信してくれて助かった。まだ作戦の変更や中断を考えるような事態じゃないんだ。現に仲間たちは目くらましも兼ねて高威力の魔法を巨竜タイラントの顔面目掛けて放ち続けてくれている。悩んでいる場合じゃない。

 トリスが激突した際に出来たであろう穴から家屋へ飛び込むとすぐに二人の姿は見つかった。


「トリス‼ ユゥさん!」


 俺の叫び声に壁際に倒れたトリスがうめく。部屋の中央に転がっているユゥさんはうつ伏せのまま反応はない。思わずトリスの方へ駆け寄りそうになる俺の肩をヨウコが叩く。ああ、そうだ。ユゥさんを運び出すのが最優先だ。トリスから目を逸らしユゥさんを抱き上げる。骨折しているのか、だらりと抜け落ちるかのように垂れた彼の左腕をヨウコの尻尾がキャッチした。彼女は頷き顎で外を指す。


『焦らず、迅速に』

『わかった』


 韋駄天の能力があれば人を担いでもこの距離ならすぐ往復できる。大丈夫、トリスも助けに戻れるんだ。そう自分に言い聞かせて家屋から飛ぶ出す。

 その瞬間、死の予告が脳裏に響く。


――巨竜タイラントがこちらを捕捉する。火球攻撃を連続で三回放たれる。二発でヨウコが死亡、三発目で俺も死ぬ。


「またかよ……!」


 さっきから巨竜タイラントに目をつけられてる。そんな感覚がある。これだけ牽制されている中でなんで危害を加えていない俺達を狙うんだ。スローモーションの世界のなかでこちらへ顔を向けた奴と目が合う。ヨウコに説明してる暇はない。

 着地した俺達に駆け寄るスカウト達に獣の威嚇いかくのように吠える。


「来るなぁ! 後退ッ‼」


 スカウトが反応するよりも先に巨竜タイラントに背を向けて逃げ出す。説明代わりに言伝の魔法メッセンジャーを周囲の人間にまき散らしながら走る。事態を呑み込めたスカウト達が一緒になって逃走を開始してくれたタイミングで死の予告は止み、火球の第一射が放たれた。距離さえあれば火球の回避は決して難しくはない。爆発音が響くなかヨウコが『被害なし』と報告をくれた。


『カバー! 次のは潰すぜ!』


 続いてゼロの指揮によるものか、二射目の火球は突如吹き荒れた竜巻に絡め取られて爆発を起こすも影響はない。あとは最後の一発をやり過ごせばトリスの元まで行ける。


 ギュオオォォ……‼


「……え?」


 そんな俺の思惑をあざ笑うかのように巨竜タイラントは火球を作り上げながらその首をしならせ、標的を定めた。


「おい、止めろ……」


 さっきまで俺達を狙っていたのが嘘のように巨竜タイラントは狙いを変えた。トリスが倒れたままの家屋へと首を伸ばし、奴は火球を放った。


「トリスゥゥ……!!」


 火球は建物に直撃し、爆発した。

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