第20話 撤退戦
「トリス‼」
「きつね憑き⁉」
ブレスが止むと俺達はトリスの傍まで直行し、勢いそのまま彼女に詰め寄った。トリスは俺がヨウコをおぶっている姿を見て怪訝そうにしたがすぐに切り替えた。その凛とした顔にこっちも思わず安堵する。
「無事か! ニカは?」
「ああ! 撤退を手助けに来た! ニカさんは後から来る!」
「助かる! そのままで、なのか?」
「とにかくいまはヨウコを手放せない! けど人を担ぐことは出来る!」
「……分かった」
話が早くて助かる。分からないことをそのまま呑み込んでよしとしてくれて感謝だ。あとは論より証拠、怪我人を避難させれば周りも気にしなくなるハズだ。
「ユゥ! きつね憑きが怪我人を運んでくれる! 転がしておく他ない者を任せてくれ!」
「はっ、はい!」
トリスに呼ばれていかにも気の弱そうな優男がやって来た。見ると先程
「え、っとぉ……スライムサバイバーのユゥって言います。その、きつね憑き? さんは、大きな人でも運べ、ますか?」
「ああ、大丈夫だ」
ユゥさんはおどおどと確認を終えると『えっと、あっと』と漏らしながら逡巡し始めた。おいおい、本当に大丈夫かこの人は。たしかスライムサバイバーって戦闘行動は苦手なパーティーだったか。いや、いまはそんなこと言ってられない。
俺と背中のヨウコがにわかに苛立ち始めたところで、ユゥさんが何かに気づいたらしい。彼の視線に釣られてそちらを見ると、地面に倒れ伏した大男の背中でピョイピョイと水色の塊が跳ねていた。
「スライ! そうか、その人から運んでもらえばいいねっ! ありがとう!」
ユゥさんがスライと呼んだ水色はその言葉を肯定するようにピョイピョイと跳ねる。これはスライムか。
「じゃ、じゃあきつね憑きさんはこの人を連れて行ってあげてください! 場所はテイラーの店で、良いそうです。なにかあったらスライ……そのスライムに話しかけてください。僕と交信出来ますから! そ、それじゃあ……お願いしますっ!」
スライムの助言を聞いた(?)途端にテキパキと俺達に指示を伝えると、ユゥさんは背を向けてバタバタと駆け回り始めた。彼は倒れている人の様子を確認すると傍にいるスライムに何かしらのオーダーを与えて回っているようだ。
「旦那様、いまはとにかくなすべきことを」
「分かった」
ヨウコの言う通りだ。トリスが俺達を信頼してくれたように、俺達もこの場にいる仲間を信頼してするべきことをしよう。韋駄天の能力を発動させ、目の前の大男を抱き上げる。よし、問題ない。
「さあ、行こう!」
「はい」
§ §
「よお、きつね憑き! やってるな」
「テイラーさん!」
指示された場所――テイラーの店――の前では主人であるテイラーさんがいつもの調子で出迎えてくれた。俺が抱えた大男を見ると彼は入れと店内に招く。
日頃から世話になっていて見慣れたはずの店内は怪我人の受け入れのために様変わりしていた。物は片付けられ床には布が拡げられている。
「市の騎士団の者だ。きつね憑き、怪我人はコチラに任せてくれ!」
「はい! お願いします!」
店内からは騎士団を名乗る冒険者が出てきて誘導してくれた。こんなところまで手が回っていたのかと感心していると彼は矢継ぎ早に訪ねてきた。
「こちらは十名くらいは受け入れ可能だ。まだ往復可能か? 回復薬や水、携帯食が必要だったら持って行ってくれ。被害報告はきてないが、団員は無事か?」
「往復いけます! 水ください! 死亡者は聞いてはない、です」
団員が頷く横からテイラーさんの奥さんが現れ水の入った杯カップを差し出してくれたがヨウコの姿を認めるとその手がぎくりと止まった。ああ、そうだったか。
「旦那様……外で、待ってます」
「……わかった」
背中からヨウコが降りそのまま外へと行ってしまうのを感じながら俺は奥さんに礼を言い
「……えっと、スライ。ユゥさんに繋いで?」
俺は最前線から離れた時から腕時計のように手首に巻き付いた状態になっているスライムのスライに話しかける。呼びかければユゥさんと繋がるとだけ言われていたけど、これでいいのだろうか? なんにしてもまずは『報連相』だ。
「あ、あっ、ど―もです! きつね憑きさん! どうかしましたか?」
するとスライの身体が震えてユゥさんの声が聞こえ始めた。糸電話のようにすこし音が震えたりブレたりはするけど、会話する分には問題のない程度だ。
「テイラーの店に到着しました。こっちは救護の準備も出来てますから、往復する予定です。そちらは?」
「わぁ、凄い! 速いです! そのペースであと一、二往復してもらえば……!」
最前線に身を置いているとは思えない緊張感のなさのユゥとの交信を終えると、俺はこの場にいる皆に前線へ戻ること宣言してこの場を後にした。持ち直し方が下手くそだな、俺は。けど、これがいまの俺の精一杯だ
「ヨウコ、行くぞ」
「……はい」
ヨウコを再び背負うと韋駄天の力を発動させ駆け出す。彼女の熱と重さを感じながら、なんと声をかけたらいいのかを考えるけど答えは見つからない。口を開けば想いはカタチになるかもしれない。そう思ったけど加速した状態じゃ舌はロクに回ってはくれない。結局ためらいがちに口を開きかけて咳き込むのを繰り返すだけだった。
『……旦那様。ヨウコは別に、いいですから』
『…………』
ああ、くそう。情けない。この声になんて応えればいいんだ。
何を言っても失敗しそうで怖くて……分からない。いっそヨウコが悪態ついたり噛んでくれればいいのに。
結局、前線に戻るまで俺達はそれ以上言葉を交わすことはなかった。
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