第18話 灼熱

 ギュオオォォ……‼


 高らかに放たれた雄叫びが天へ轟き空を引き裂く。圧倒的な力の顕現はただの一声で狂乱の幕開けを告げた。

 か細い悲鳴と共にゲロ子ちゃんが気を失い地面に倒れたが、どうしたらいいのかわからない。

 動けずにいる俺の周りで空気がふつふつと濁っていく気配がした。人家の中からの悲鳴や叫び。魔術ネットワークの混線からハミ出した怒声や呻き。それらに溶け込んだ恐れが身体の中で黒く固まっていく。


「トリス……!」


 俺と同じようにしばし呆けていたニカさんが駆け出す。そうだ、ドラゴンが現れたのはトリス達のいる第一陣の近くだ。行かないと!


「待ってください! 二人とも!」


 そこへ横から飛び出してきたヨウコが両手を広げて立ち塞がる。早く助けに行かないといけないのに!


「そこを退きなさい、ヨウコ……!」

「退きませんっ!」

「ヨウコ、お前なにを……?」

「いいからっ‼ 聞きなさいっ‼」


 抗議する俺とニカさんをヨウコは一喝する。その声には俺達のものとは違う芯の通った響きがあった。俺達が脚を止めると彼女はあごで道端を指す。そこには気を失い倒れたままのゲロ子ちゃんの姿があった。


「「…………」」 

「住民の混乱は避けようがありません。そこに放っておく気だったのですか?」


 そうだ。気を失った仲間をこれから騒動が起きてもおかしくない場所に置いていくなんてどうかしている。場合によっては逃げ惑う人々に踏まれたり命を落とす危険だってあるんだ。


「どうすべきかはともかく、頭に血が上った状態では通る道理も見えてきません」

「……わかった」

「……わかりましたわ」


 いま一番冷静なのはヨウコだ。その言葉に従おう。



 § §



「では、すべきことを決めましょう」


 ゲロ子ちゃんを道のわきに寝かせて簡易な結界を張り終えた俺達は車座くるまざになって相談を始める。引き続きヨウコがこの場を取り仕切ってくれている。


「……助けに行こう。第一陣の仲間を」

「具体的に、どうやって?」

「それは、アイツを――」

「現時点でアレを倒せるなんて考えるのは思い上がりです、旦那様」  

  

 ぴしゃりと言い放たれた意見に言葉が詰まる。だけどその通りだ。単純にいままでの巨大生物以上に大きな相手だ。それだけでも脅威なのに元の魔物モンスターがドラゴン種ときている。対策もなしに倒せる敵じゃない。

 

「……では、第一陣は見捨てろ、と?」


 ニカさんが挙手と共にヨウコに尋ねる。努めて冷静に言葉を紡いでいるが隠し切れない怒りがその瞳には渦巻いている。それはそうだ、彼女は市の騎士団の副団長なのだ。ヨウコの返答次第では彼女は駆け出してしまうに違いない。対してヨウコはその瞳をじっと見つめてゆっくりと答える。


「助ける、という基本方針は私も同じです。それでもいま駆け出してあそこへ向かうのが最適だとは思えません」   


 痺れるような空気のヒリつきの後、ニカさんが肩を落とした。良かった、意見が割れてバラバラになることだけは避けられたみたいだ。


「けど、それならどうするのが良いとヨウコは思う?」

「待ちます。ギルドの解析を」


 その言葉にニカさんの肩が揺れた。もっと考えを詳しく開示してくれヨウコ!


「解析っていうのは、あのドラゴンのことだよな? 待ってどうなるんだ? それで俺達はどう動く?」

「勝ち目があるなら参戦しますし、半々なら一陣の撤退を支援する……絶望的なら避難活動にシフトすべきです。どう転ぶかで次に向かうべき場所は変わる。前線に行くべきか、ギルド本部へ行くべきか。あるいは……」


 俺の追及に答え終わるとヨウコは空を眺めた。気が付けばいつの間にか空は雲に覆われていた。ドラゴンは首を振ったり移動はしているようだがいまのところは大きな動きはない。だけどそんな状態が続くとは思えない。俺の隣ではニカさんが拳を震わせている。


「待つしかないのか、ヨウコ?」

「……いいのです、きつね憑き」


 責めるような俺の声を遮るニカさん。彼女はぎこちなくだが笑ってみせた。


「前線には多数のスカウトがいて、ドラゴンを監視しています。どこよりも速く解析が出来ます。だから、一番早く私達のすべきことは分かる状態。その、中身がなんであれ……」


 だから平気だと言う代わりに彼女は俺の握り拳に手を重ねた。ごめんニカさん。


「いまは待つべきときです。答えが出てから動くほうが早くことが進むはずです。それに……」


 ギュオオォォ……!!


 ドラゴンが咆哮し首を振り始めた。ここから胴体は見えず長い首と頭だけが確認できる。恐竜図鑑に載ってる首長竜くびながりゅうの顔をトゲと角の生えたワニのものに挿げ替えたような外見だが、かなりの長さの角と額に生えた宝石のような物体が敵をそれ以上の存在に思わせる。

 何度か首を振っているうちにその額の宝石が輝きを放ち始めた。


『きつね憑き……! 敵、竜の息吹ドラゴンブレスを放ちます! こちらは息吹ブレスの属性の特定を……』

『スカウトエイト⁉』


 突然繋がったスカウトエイトとの交信はまた途切れてしまったが、なにが起ころうとしているかを俺達に教えてくれた。

 竜の息吹ドラゴンブレス。ドラゴン種のほとんどが有する強力なスキルがいま放たれようとしているのだ。


「誰がどういう選択をしようとも、第一陣は自力で初撃を凌がなければならない……そこに、変わりはありません」


 淡々と台本を読み上げるように告げるとヨウコはドラゴンを指し示す。

 額の宝石が煌々と放つ赤い光が最高点に達するとキンッと音を鳴らして消失し――ドラゴンの口から灼熱の炎が吐き出された。



 § §



 竜の息吹ドラゴンブレスが放たれた瞬間空気が揺れ、ここまで熱が運ばれてきたのを感じると同時、冒険者たちの耳にギルマスの声で通信が入った。

 大型巨大生物を今後巨竜タイラントと呼称。巨竜タイラントの種族の同定完了下竜レッサードラゴンの一種。体色で判断できない息吹ブレスの属性特定、火属性の息吹ブレスを使用。通常の下竜レッサードラゴンにはない額の水晶体のせいか魔力の強化されており息吹ブレスの脅威が増している。

 なお、第一陣とは交信が途絶。被害は不明。

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