第17話 安息のち絶句

「旦那様‼」


 ヨウコの声に身体を起こそうとするが上手くいかない。スキルの反動による痛みが全身を襲っていることにようやく気が付いた。とにかく痛くてキツくて眠い。


「わりぃ……ニカさんを、起こして」

「はい」


 呻くような俺の声に応じてヨウコがニカさんを介抱する。彼女を抱き留めている腕を剥がされるときは千切れるんじゃないかと思うほどに痛かった。ヨウコに声をかけられるとニカさんは咳き込みながらもすぐに身を起こし始めた。


「流石に驚きましたわ……まったく」

「迷惑かけました。大丈夫、ですか?」

「ええ。おかげさまで」

「恐縮です」 


 これだけ軽口が言えるなら大丈夫だろう。俺が安堵している横で彼女を助け起こしたヨウコがそのまま覆いかぶさってきた。痛いぞ、ヨウコ。まあ、いいけどさ。


「旦那様……!」

「……ありがとよ」


 抱きついている相棒の頭を無造作に撫でる。サラサラの髪とモコモコの耳に手が触れる。少し強張った感触の耳は何度か撫でてやるうちにいつもの柔らかさに戻ってくれた。温くてモコモコ、気持ちいい。


「旦那様……?」 


 ケモ耳を堪能しているとその耳がピンと張った。胸に触れた彼女の声は少し冷えて尖っている。いかん、ケモ耳に夢中になりかけてるのがバレると色々面倒だ!


「ありがとう、ヨウコ。助かったよ。とにかく、戦況を確認しようぜ!」

「そうですわね。イチャイチャの続きは全部終わってからにしてくださいな」

「……わかりました」


 一息ついていたニカさんが飲み終えた回復薬の瓶片手にニヤニヤしながら会話に加わってきたことでヨウコの追及は止んだ。二重の意味で助かった。

 さあ戦況確認だとスカウトエイトとの交信を試みるが応答がない。もしかしたら援護攻撃の際になにかあったのかもしれない。呼びかけを繰り返しながら周囲を見渡しているとサポートメンバー二人が人家から降りてきた。良かった二人とも無事だった。



 § §



「……さて、これはどうしたもんだ?」

「さあ、どういたしましょう?」


 俺達遊撃隊とサポートメンバーの合流からしばらくして。

 俺とニカさんの前ではヨウコが仁王立ちしてサポートメンバー②を睨みつけていた。当の彼女は涙目になりながらも歯を食いしばるので精一杯なのか先程からプルプル震えるばかりだ。

 スカウトエイトは作戦は順調であることと俺達の仕事がここで一区切りなので休息すること、そして彼女から俺達に話があると告げて前線へと戻っていった。

 それから残された少女はオドオドし続けるばかりだった。業を煮やしたヨウコが『話をつけてきます』と乗り出した結果がこれだ。


「話って多分、さっきの爆撃のことだよね?」

「そうでしょうね」

「危なかったのって主に俺達二人だよね?」

「そうですわね」

「なんで、ヨウコが出てったの?」

「……二人揃って仕方のない方ですね」


 やれやれと肩をすくめるニカさん。そういうものなんだろうかこの場合は?

 しかし、あんな剣幕で睨まれたら謝るのも大変だろう。可哀想に、相手はまだまだ子供じゃないか。

 それにしても――


「黒髪なんだな。珍しい。あの、ゲ……」

「ゲロ子さん……でいいのかしら?」

「…………」


 オドオドしてる少女、ゲロ子ちゃん(ヨウコ命名)はお腹に手を当て内股で必死にヨウコの視線に耐えている。

 さっきの炎の魔法といい恐らくはウィルオウィスプダストのメンバーで会議中に吐いてた娘に違いない。スカウトのサポート付きとはいえあんなに強力な魔法が使えるのに本隊から外されているあたりワケありなんだろうな。どことなくそういう雰囲気がある。


「ニカさん、あの幼気いたいけな娘を助けてあげてよ?」

「私、基本的に子供というものが好ましくありません。それに……」

「それに?」

「私を助けるために無理をなさった貴方が心配なのです、きつね憑き」


 そう言ってしなを作ってみせるニカさんは容姿も相まって可愛らしいが、中身を知っていると素直にそうは思えないから不思議なもんだ。


「うん、大丈夫、もう平気。あと俺、あんまりお金持ってないよー?」

「あらひどい。ですが実際、回復が速すぎませんか?」

「まあ、そこは『不死身のきつね憑き』ですから?」

「……ヨウコの方は予想がつきます。ですが、貴方は彼女からなにを受け取っているのです?」

「…………」


 そうきたか。俺とヨウコがセットであることも俺の能力が常識的な説明のつかない類なのもお見通しか。まあ、ニカさん相手じゃ誤魔化せないよな。


「ごめん。そこは秘密、です」

「……そうですか」

「それはそうと、本当に彼女のこと助けてあげてよ? 彼女をコッチに合流させたのはトリスだしさ?」

「そういうことを言いますか? トリスにデレデレしながら騎士団入りを検討されていらした貴方が?」

「……ちょっと待って。ニカさん見てたの、アレを?」

「さあ、どうでしょう?」

 

 追求をごめんでやり過ごし、目の前の問題をニカさんに任せる事には成功した。けれど彼女からお返しに突き刺されたトゲは大きかった。こんな状況じゃなかったら頭を抱えて悶絶するレベルで恥ずかしい内容だ。

 落ち着け小林克人。しょうがないじゃないか。ゲロ子ちゃんには交信中に意図せず怒鳴っちゃったから怖がられてるかもしれないんだ。そんな俺よりも騎士団の副団長のニカさんが話してくれた方がずっとスムーズにいく。そうじゃないか?

 ヨウコを呼び戻してニカさんと入れ替わらせる。結局ヨウコはゲロ子ちゃんを睨みつけただけで話は全然進まなかった。


「おいヨウコ、子供を気後れさせて満足か?」

「旦那様。万が一の場合を考えれば、私の憤りを示すくらいは当然です。ケジメは必要です」

「お前、他人のことは平然と正論でブン殴るよな?」

 

 ヨウコは日頃の自分を振り返っても同じことが言えるだろうか、などと思ったがいまはそれどころじゃない。他人に厳しい屁理屈大好きギツネの頭をグリグリ撫でまわす。


「いまのうちに補給、しとけ」

「わかりましたぁ~」


 彼女に触れている手からMPが吸い上げられる。ヨウコもそれなりに消耗しているようで普通なら立ち眩みする程の吸い上げだ。たしかに大技も結構使ったからな。


「お~よしよし……!」

「♪♪♪」


 俺達が補給をしている横ではニカさんが他所向けの顔で少女と会話を始めていた。ヨウコの睨みのせいで萎縮していた彼女だったがニカさんがトリスの名前を出して助力の礼を口にすると、随分と表情が柔らかくなった。そうそう、こういう感じでいいんだよ。

 彼女もそれで踏ん切りがついたようで、つっかえながらも先刻の不手際を頭を下げて詫びた。俺とニカさんは笑顔で謝罪を受け入れ彼女を労った。彼女の魔法には随分と助けられたし、子供相手なんだから大目にみてあげないとな。そんなことを思っているとヨウコが静かに吹き出した。


「ぷっ……旦那様、銀猫が猫被ってますよ? くくく……!」

「……お前な」

「…………」 


 なに笑ってんだよ。お前が強張らせたこの場をニカさんが取り持ってくれたんだ。感謝するどころか笑うなんて品性と社会性が疑われるぞ。確かにニカさん猫被りしてるけど。


「ふ、ふふっ……猫が、猫被り……してっ……くっ!」

「……ぷっ」

「……ハァ?」

「ひぃぃっ⁉」


 いかん、ついヨウコに釣られちまった!

 ニカさんが聞いたことのない声と見たことのない表情で怒りを露わにしてる横でゲロ子ちゃんがブルリと震え上がりキョドり始める。お気の毒に。そんな様がツボに入ったのかヨウコは腹を抱えながら笑いをこぼし出す。もう滅茶苦茶だ。


「ねえ、貴女……?」

「は、はいっ⁉」

「失礼な害獣は駆除しても構わない。そうは、思いませんか?」

「え……えっ?」

「ごめんなさい! ニカさん! ほら! お前も頭下げるんだよ⁉」

「ふげぇ……⁉」


 一歩踏み出し抜刀しようかというニカさんの前に出て勢いよく謝る。同時に頭を撫でていた手で首根っこを掴んでヨウコにも頭を下げさせた。さっき自分で言ってただろうヨウコ? ケジメは必要だ。

 

「すませんでしたぁ‼」



 § §

  


「まったく、貴方達ときたら……」

「いや、ホントにすいませんでした」

「緊張感に欠けるのではなくて、きつね憑き?」

「面目ありません」

「まあ、この場はこれで収めましょう」


 ペコペコと頭を下げ続けてしばらくして。ニカさんも腹の虫が収まったのか殺気立った雰囲気はなくなって良かった。

 戦況の方は作戦通りに進んでおり俺達は相変わらず待機のままだ。その報告を聞くとニカさんが俺を見てにこりと笑った。


「先程の失礼ですが、後日きっちりと埋め合わせはしていただきますわ」

「えぇ……?」

「……不服なら、この場でお仕置きして差し上げますわ♪」 

「はい……喜んで、お付き合いさせていただきます」


 ニカさんの笑顔の脅しに屈してしまった。後悔しそうな気もするけど仕方ない。

 原因のヨウコはというと俺達から少し離れたところで身体を休めている。いろいろ思うところはあるが、そっとしておこう。こういう待機の場面では雑談しておくのがちょうどいいと思うんだけどな。

 ふと、視線を感じてそちらを見るとゲロ子ちゃんがニカさんの後ろから俺のことを覗き見ている。ニカさんがちんまいからあまり隠れられていないけど。そうだ、いまなら彼女とも話せるかな? 


「やっ、やぁ……! さっきはどーも、ね?」

「……は、はぃ、どう、いたしまして……」

「「…………」」


 しまった。子供相手にどう話していいのかわからん。相手がビビリなのもあるけど会話が弾むどころか進みやしない。ていうか俺そこまでコミュ力高くないの忘れてた。ニカさんと打ち解けたしいける気がしてたけど、そんなことはなかったぜ。

 そうだニカさんだ。助けてと視線を送るが彼女は愉し気にほほ笑むだけだった。ああ、そうだよ。ニカさんてこういう人だった。いい笑顔してんなぁ!


『ニカさん、助けて……?』

『猫被りして疲れましたにゃ~ん♪』

 

 そうですか。ダメですか。

 ヨウコは……無理だな。おかしいな、二人とも戦闘中は頼りになるのに。

 いや、これくらい俺独りでだってなんとかなる! 俺は不死身のきつね憑きだ。


「なんだかバタバタしちゃって、ゴメンね? 俺、他所のパーティーの人の指揮とか初めてでさ」

「あっ、それ……ベアトリスさんに、聞いてました」

「そうなんだ……!」


 流石はトリスだ! そういうフォローを入れておいてくれるのはありがたいよ。トリスの話なら彼女も乗ってきそうだ。そうか、離れていても俺は独りなんかじゃなかったんだ! 話す内容が見えてきたなら大丈夫だ。これならいける! 


「いやほんとトリスみたいにビシビシッと指揮できればいいんだけど難しくてさ」

「……いえ。良かった、と……思います。私のフォローも、してくれたし」


 よし、相手の表情も和らいできた。見てろよコミュニケーションエネミーズヨウコとニカさん


「おかげで巨大生物を二体も倒せたんだから結果オーライだよ!」

「恐縮、です」

「ははっ! それ、俺の台詞だよ」

「……ふふっ」


 おっ、笑うと可愛いなこの娘。黒髪だし中学の同級生を思い出す。大人しい文学少女的な雰囲気が新鮮だ。それに日々恐縮しながら生きているのかと思うと親近感がわくな。ここで改めてお礼をして握手すれば上出来だ。なんだ、出来るじゃあないか俺。


「ほんとにありがとね! ゲロ子ちゃん‼」

「……えっ?」

「「……プッ‼」」


 やっちまったよ。

 こんなことなら彼女が合流した時点で自己紹介を済ませておくんだった。ヨウコの命名がインパクト強過ぎて刷り込まれてた。それにしてもあの二人、同時に吹き出したぞ。本当は仲いいんじゃないのか?


「だだだ、誰がゲロ子ですか! 私は――」

『緊急‼ 緊急‼ 強大な魔力反応‼ 第一陣付近に召喚陣! 敵! 巨だい……大き過ぎるよ……』


 涙目になって訂正しようと彼女が声をあげた瞬間、スカウトエイトからの交信が頭に響いた。

 そして彼が見上げているであろうモノを目にした。


「……デカ過ぎる」

「ドラゴン、ですね……」

「まるで、塔ですわ」

「……はぅ」


 第一陣から離れ戦いの音も聞こえないこの場所からでもその姿は視認出来た。長い首を伸ばし天を見上げる姿はまるで神話の世界の一幕だ。だけど、そいつはこれから俺達に牙をむく。

 鎌首をもたげた絶望は人間を見下ろし――咆哮した。

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