第16話 辛勝

「なかなか、しぶとい……!」


 俺たちの戦いは有利に進んでいた……三体目が合流するまでは。

 ほとんど無傷のままの三体目に勢いがあったことは勿論だが巨大生物複数を相手にするのは想像以上に困難なものだった。

 俺が盾になっても複数に襲われたら潰されてしまう。ヨウコやニカさんがかく乱しようにも、巨体を壁にされては逃げ場そのものがなくなってしまう。彼女たちは決して空を飛んでいるわけでも超スピードで移動できるわけでもないのだ。


『相手ほどではありませんが、こちらも鈍ってきましたわね』


 巨大生物の甲殻でダメになった剣を敵目掛けて投げ捨てながらニカさんが後退してきた。俺達の中では彼女が消耗し始めた。囮役もアタッカーもこなしているのだから当然だ。戦闘前に地面に刺していた剣もそろそろ尽きようとしている。


『旦那様、やはりコイツら毒は効かないようです』


 人家の屋根から弓による狙撃を繰り返してきたヨウコから報告が入る。ニカさんのかく乱と盾で攻撃を凌ぎながらの後退がジリジリと続く。これなら最初に弱った一体を集中攻撃した方が良かったか。毒矢の効果は不明だったし、そもそも矢が通りにくい相手には悪手だった。

 触角を切り落とすことでもっと動きが鈍くなるかと思っていたけどそれもうまくいっていない。


「危ない……!」


 はっとすると敵の顎が迫っていた。その場で受けようか迷ったところを横っ腹をニカさんに蹴り飛ばされた。


 ガキィィ!


 巨大生物の一撃を切り払った剣はその代償に根元からぽっきりと折れてしまった。ニカさん地面に突き立てた剣を無造作に引き抜きながら俺を睨む。


「集中ッ‼」

「ごめん‼」


 そうだ。なにが悪かったじゃなくて、いまなにをするかだ。


『ヨウコ』

『はい』

『二体、出来れば元気な奴を引き付けて走ってくれ』

『了解です。ルートは?』

『Uの字型。ゴールは仕掛けの向こう』

『光と煙、どっちが効きそうですか?』

『光で……頼んだ』

『はい』


 ヨウコと交信し指示を飛ばす。こういう時、声に出さなくてやり取りできるのは助かる。一緒に後退を続けるニカさんに『分断、一体倒す』と叫びながらスカウトにも思念を飛ばす。


『仕掛けは⁉』

『発動可能。しかし、収束中』

『撃つことは可能、なんだな⁉』

『ええ。後退を開始しますか?』

『これからアタックを仕掛けて一体撃破予定、最悪三体を蝕み姫が脚で誘導』

『了解』


 パァァァンッ!


 完璧なタイミングの閃光と炸裂音と共にアタックが開始された。

 ヨウコが放った閃光の矢によって巨大生物の注意が彼女に向く。そのままヨウコが鉄拳を顕現させ対峙すると奴らは俺たちに背を向け走り出そうとする。


「ニカさん! 一体残して!」

「お任せを」


 俺の肩と掲げた盾を踏み台にしてニカさんが飛び出す。狙うは右手前の一番弱った個体。


「お前も集中を欠いているのではなくて?」


 残酷な問いの答えは返す間もなくその身に刻まれる。叩きこむ様に振り下ろされた剣は巨大生物の関節部に突き刺さる。足一本でもあそこまでツブされたらヨウコを追うことは難しいだろう。


 キィィィ!


 ニカさんの斬撃を受けた一体を残して巨大生物はヨウコの追跡し始めた。ヨウコは鉄拳を振らないまま解くと人家を駆けだす。俺達の中では亜人のヨウコが一番脚が速いし土地勘もある。逃げるだけなら大丈夫だ。さあ、俺達も役割をこなそう。ニカさんが俺の横に並び立ち不敵な笑みを浮かべる。


「さっ、相棒の心配は一旦脇に置いて私をちゃんと守ってくださいませ♪」

「……頑張ります!」



 § §



交代スイッチ!」

「はいっ!」


 盾で攻撃を受け切り叫び飛び退くとニカさんが矢のように突撃し巨大生物の口へと突きを放った。さしもの巨大生物もこれはダメージが大きく瀕死状態だ。 


「仕留めそこないましたわっ!」

「次で決めましょう!」


 地面に突き刺さった最後の一本を引き抜くとニカさんは目配せしてしてから飛び出す。右へ左へジグザグと足を運び一気に加速する。その動きを追い切れずに横をすり抜けられた巨大生物は彼女を追ってその場で回り始める。俺は盾を放ると自前の武器で一番大きな戦鎚メイスを装備、巨大生物の動きを見つめる。


『いまです』


 ニカさんの合図と同時、俺は敵目掛けて戦鎚メイスを振り上げながら走り出す。狙いは一点、ニカさんが関節に突き刺した剣、その握りだ。


「そぉぉらぁぁっ‼」


 狙いを違わず一撃は目標を捉えた。甲殻の内側でべきょりとなにかが砕け潰れる感触が伝わる。巨大生物は悲鳴をあげながらその動きを止めたが、倒れはしない。


「お見事です、きつね憑き♪」


 しかし、その粘りもお終いだ。コイツは彼女の前で足を止め過ぎた。

 銀閃のニカの姿は既に敵の背に在った。俺への賞賛のついでのような調子で頭部と胴体のつなぎ目、人間でいうと首に当たる箇所に剣をズッと突き立てると巨大生物が断末魔もなく崩れ落ちた。

 

「なんとか、なりましたね」

「ええ。良いコンビネーションでした」

「ありがとうございます」


 巨大生物の頭から跳び下りるその身体を抱き留める。ニカさんも流石に額は汗ばみ息も荒くなっている。彼女には世話になりっぱなしだ。彼女は『あら失礼』と言ってパッと離れて額の汗を拭った。そんなこといいのに。


「これなら私達もいいコンビになれそうですわね?」

「そう、でしょうか……?」

「つれない方ですねぇ」


 コンビというには俺がニカさんに頼りっきりのような気がする。それにこれだけ消耗していても平静でいられる彼女と俺とじゃ差がありすぎる。 


『旦那様』

『はぃぃ⁉』

『どうしました? こちらは折り返します』


 突如頭に響いたヨウコからの言伝の魔法メッセンジャーに思わず仰け反ってしまう。いまはそんな場合じゃないと気を取り直し一体撃破したことを伝える。ニカさんは目を閉じ深呼吸を繰り返している。


『では、そちらは退避を開始してください。こいつら思いの外、速いです』

『わかった。こっちも退避を始める』

『了解……本当に速いですから』 

『わかった』



 § §



「こっちです、ニカさん!」

「はい……!」


 撃破報告と共に後退の開始を告げた俺達はスカウトエイトの誘導でいくつかの通りをまたぎ、走り続けていた。俺もだんだん息があがってきたがそれ以上にニカさんは辛そうだ。


『あとはこのまま真っ直ぐでいい……だよな⁉』

『その通りその通り。ご足労いただきました』


 言外の不満もどこ吹く風のスカウトエイトだが、彼の誘導のおかげで他の巨大生物と遭遇していないから良しとしよう。本隊は現在、防御に重点を置き敵の釘付けに成功している。そこからバラけだした数体も俺たち含め遊撃隊と交戦、撃破されているようだ。


『旦那様、じきに追い抜きます。終着はこの先で?』

『了解! このまま真っ直ぐだ。そっちはそのまま行ってくれ!』


 大通りを駆けながら前を見据える。俺たちが巨大生物を引きつけゴールラインを超えたところで魔法による範囲攻撃を仕掛けその後に応援の小隊がとどめをさす。そういう段取りだからあとは走り抜けるだけだ。


「お先に‼」

「おうっ‼」


 人家から飛び降りてきたヨウコがそのままゴールを目指して駆け抜けていく。やっぱり速い。おまけに髪と尻尾が黒色に変わってるということは本気だ。ヨウコの合流を確認したスカウトエイトが俺たちの位置関係をマップで送ってくる。

 二体の巨大生物は俺たちの姿を捉えているらしくこちらに向かっている。マップがなくても叫び声は既に耳朶じだに触れている。ゴール地点まであと三分くらいか?


「ニカさん! あと少し! 走って!」

「わかり、ましたわっ……!」


 ニカさんがペースをあげる。きちんと最後に向けて余力を残しているあたり流石だ。この調子なら敵に追いつかれる前にゴールできそうだ。


『ではでは、こちらも発動準備に入ります! 爆撃予想範囲をそちらの視覚へすり込ませますよ』

『わかった!』


 範囲魔法が発動しその予測効果範囲が視界に広がっていく。この範囲に敵を誘い込めれば後が楽に進む……のだが。


『おやおやぁ?』

『は?』


 その効果範囲が思っていたより広い。というより広すぎる。このままじゃゴールしても俺たちごと巨大生物を吹き飛ばすことになるぞ⁉


『ヨウコぉ! もっと走れ!』

『は⁉ は、はい……‼』

「ニカさん! もっともっと‼」

「へっ? は、はい!」


 叫びながら効果範囲とそれぞれの位置関係を確認する。駄目だ。俺とニカさんが効果範囲から出る前に追いつかれる。


『スカウトエイト! 爆撃範囲を絞れっ!』

『了解! 術者へのリンクを強化、収束を補助!』


 スカウトの補助が入ることで効果範囲は収束し小さくなっていく。しかし――


『おい⁉ 狙いがブレ始めたぞ⁉』

『あ、あわわわ……!』

『ん~! 難航難航……!』 


 俺達の通信に錯乱した少女の声が割って入る。この声、さっきのサポメン②か。スカウトとのリンクが強化されたから混線してるのか。その予想を肯定するかのように目の前の爆撃範囲が更にブレ始めた。いかん! 藪蛇やぶへびだったか⁉

 隣のニカさんを見る。こちらの視線に目もくれず走っている彼女はもう限界だ。スカウトエイトとの交信からは少女の泡食った声しか聞こえてこない。


『旦那様。切り札、使ってください。ヨウコはすぐいきますから』


 そんななか相棒の声が静かに響いた。躊躇ちゅうちょしてこちらからは言えずにいた提案をヨウコが言葉にしてくれた。


『わかった。頼んだ……相棒』


 それならもう迷うことはない。

 ニカさんの身体が心配だけどこのまま爆撃されるよりはマシだ。

 切り札スキルを発動させる。

 精神の奥で回転する歯車が軋み速度を落としてゆく。そのスピードがゼロに至る直前、音が止みすべてが光速で動き出す。


「……崖っぷちの韋駄天ライフエッジ・スピーダー


 世界が突如色を失いその動きを緩慢にした。

 走る速度を落としてニカさんの後ろにつく。そして背後から彼女の脚をすくい上げ抱きとめた。疲労困ぱいでもフォームの乱れない動きは合わせやすくていい。

 驚いた表情の彼女がなにか言っているけどいまいち聞き取れない。


「掴まっていて! 大丈夫だから!」 


 俺の声がちゃんと届いているかはわからないけど、このまま行く。

 脚を振り上げ前へ進む。そのときだけ世界は正常な速度を取り戻す。

 頭の中のマップでは俺達の位置だけがぐんぐんと移動している。 

 振り子のように揺れている爆撃範囲を睨む。ヨウコはもう大丈夫だろう。なら、あそこまで行けばいい。

 胸にしがみついているニカさんは歯を食いしばり、突然の加速に耐えてる。困り顔にも見えるその表情は結構可愛い。どうかもう少し耐えて欲しい。


『スカウトエイト! 合図したら発射!』

『よろしいのですか?』

『ああ!』

『了解!』


 あとは走るだけ。

 走る、走る、走る。

 ゴールは抜けた。敵は攻撃範囲に収まっているけど、それは俺たちもだ。

 あと少し、あと少し。ヨウコのとこまでだ。

 カウトダウンは始まっている。スキルの効果時間はあと僅か。


「旦那様ぁー‼」

「!!!」


 たどり着け。あそこまで。

 意識も歩幅も途切れ途切れに飛んでいく。

 爆撃範囲を――抜けた。

 霧が晴れたかのように色づき始めた世界にはヨウコの姿。


『撃てぇぇぇっ‼』

『了解』


 ニカさんを抱き締めながら叫ぶ。脚がもつれ身体が傾きだした。回る世界のなかヨウコが俺たちに手を伸ばしている。空には一筋の赤黒い光が走っていた。その光を追うとその先には巨大な蟻が二体。それが援護攻撃の正体だと悟りながら地面に身体が叩きつけられた瞬間。


 ズオォォォ……‼


 世界の全てが赤に染まり、生きとし生けるものは炎に恐怖した。 

 頬に熱風を感じながら敵の姿を探すが突如現れた業火以外に動くものはない。もっともあんなものが直撃した時点で無事な訳がない。

 炎が消失し敵の姿も消え去っているのを見届けると、俺は天を仰ぎ息を吐いた。


「助かった……!」

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