第15話 きつね憑きと銀閃
「やりますわね、蝕み姫」
「貴女こそ。偽物の天才でなくて助かりました」
巨大生物の亡骸を前にニカさんとヨウコは言葉を交わしている。共闘出来るくらいにはほぐれたようだ。ヨウコの方はまだトゲがあるけど。
『遊撃隊、一体撃破』
『撃破確認。お見事お見事。ですが――接敵、三体』
『……了解』
撃破報告する俺に返ってきたのは新たな敵の接近の報せだった。倒すことが目的でないとはいえ、三体を相手にするのはかなりキツいな。俺の方を見る二人に仕草で示すと緊張が走った。
『俺達が多少後退しても問題ないですか?』
『問題ありません。こちらも後退を前提に仕掛けに入ります』
『了解』
スカウトとの交信を終えて二人を見つめる。状況はそこまで悪くはない。予定通り順調に進行しているといえるだろう。そのことを伝えてから今後の作戦目標を開示する。
「撃破目標は一体。残りは傷を追わせて俺たちは撤退。あとはサポメンの仕掛けと後詰に任せる」
「了解です」
「遠距離攻撃が出来ない以上、妥当でしょうね」
俺の考えに二人は頷く。近接戦しか出来ない俺達三人で巨大生物三体に立ち向かうのだからこれでも充分だ。安全策をニカさんもすんなりと受け入れてくれた。
「しかし、どういった手順でいきましょうか? モタついて囲まれてしまえば、あっという間に詰みです。きつね憑き、なにか策はありますか?」
ニカさんの質問はもっともだ。一撃で数を減らすだけの攻撃手段がない俺たちは敵とのファーストコンタクトが重要だ。出来るだけ足止めするか弱らせるか、バラけさせる必要がある。だけどさっきの戦闘で思い付いたことはある。
「作戦を伝えます」
§ §
『接近してる三体は二、一で前後にややバラけつつ接近中。二体が近々そちらでも視界に入ります』
『了解、仕掛けの方は?』
『展開中。後退の合図は早めに知らせください。最悪、仕掛けは不発になります』
スカウトとの交信を終えた俺たちは前を見据えて敵を待つ。今回は俺とヨウコが前衛で後方にニカさんが控えている隊形だ。
『来るぞ。ヨウコ、準備は?』
『……出来てます』
魔法を使ってヨウコとやり取りするが応答はイマイチだ。気の進まない作戦だからってそうむくれないでくれよ。対面しているヨウコの頭を撫でると、彼女はそれを拒んだ。
『こんな時にだけ優しくしないでください』
『お前なぁ……』
『こんな時に私を置いてイチャつかないでください。妬けてしまいますわ』
『ニカさん……』
俺たちのやり取りに割って入るニカさんをヨウコは睨みつけ、俺は苦笑するばかりだ。本当に参ったな。ニカさんは自分を睨みつけるヨウコへ笑いかける。
『きつね憑きの相棒は貴女なのですから、その信頼に応えるべきではなくて?』
『……分かってますよ、そんなことは』
『それは結構です。でないと――』
そこで思念を切ると彼女は唇を動かしたが何と言ったかはわからない。けれど、ヨウコには伝わったようで彼女を睨みつけてから正面へ向き直った。この調子なら大丈夫だろう。後が怖いけど。
『先行の二体、出ます』
スカウトからの交信が入ると同時、視界に二体の巨大生物が出現した。今回はこの場で迎撃するから接敵はしない。動かずに待ち構えるのはやはり怖いものだ。
そんなことを思っていると視界にケモ耳がちらついた。見ると爪を尖らせて準備を終えたヨウコが頭を傾け俺に耳を差し出している。こんな時になんだよと思いながらもついその耳を撫でてしまう。ヨウコはくすぐったそうな笑みを浮かべた。
「 」
ヨウコが何と言ったのかは聞こえなかった。だけど、くぅーんと彼女の鳴き声が聞こえる、そんな気がした。
§ §
『作戦、開始』
『はい……!』
『了解しました』
合図すると俺は右腕を胸の前で構え左手を開いてヨウコへと突き出した。ヨウコは俺の手に自身の手を重ねると刃物の如く尖らせたその爪で俺の手を引き裂いた。
「あああぁぁっ‼」
覚悟していてもその痛みは凄まじく吹き出す血と痛みは止めどない。
だけど、これでいい。
アアアァァッ!!!
俺の右腕、そこに装着された赤黒い色をした籠手状の盾からこの世のものとは思えない絶叫が上がる。
アアアァァッ!!!
クライシールド、装着者の痛みを貯め込み絶叫に変えて解き放つ魔法の盾がその効果を発揮した。事前に耳栓をしていても頭をハンマーに殴られたような衝撃が響く。この巨大生物の聴覚がどうなっているのかは分からないが、クライシールドの痛みの咆哮に
『行きます!』
言葉を置き去りにするようにニカさんが一陣の風となって巨大生物の脚に飛び乗りその身体を駆けていく。瞬く間に背中に辿り着いた彼女はそのまま頭部まで到達する。そして彼女が身体を独楽のように回すと巨大生物の触角が切り飛ばされた。
『ひとぉつ……!』
獣のように吠えると彼女はそのまま飛び跳ね、もう一体に取り付く。僅かに足りない距離を両手に持った双剣を敵の身体に突き立て支点にすると、難なくその身体も踏破し腰の鞘から抜いた長剣で触角を一刀両断した。
『ふたぁつッッ! おまけ!』
更にいつの間にか手にしたナイフを足元にある両の眼に突き刺し追い打ちをくらわせると、そこから飛び降りる。しかし一体目が既に持ち直して着地したニカさんに迫る。
『ヨウコっ!』
『はい‼』
俺の叫びにヨウコの鉄拳がさく裂する。ニカさん目掛けて迫る巨大生物の頭が地面に沈んだ。
『ナイスタイミングです♪ コッチにも……おまけです!』
キィィァァ⁉
キィィァァ⁉
絶叫する二体を尻目に一旦後退する。耳栓を抜き捨てながら駆け寄ってきたヨウコの頭をわしわしと撫でる。
不意打ちは成功し二体ともそれなり以上のダメージを与えられたはずだ。特に最初の一体はもう半死半生ってとこだろう。
「旦那様! 大丈夫ですか⁉」
「問題ない! よくやった、ヨウコ!」
「右の方は足一本、左は両眼におまけをくれてあげましたわ」
互いの状況を確認し合い再び敵と対峙する。三体目が現れてはいないけど、好調だ。俺はアサルトシールドに装備を変更し二人に吠える。
「三体目に警戒しつつ通常戦闘で最低一体はここで倒す! いくぞ!」
「「はいっ!」」
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