第14話 蝕み姫ヨウコ

 キィィィァァッ⁉


 ニカさんの一撃をくらった巨大生物が咆哮し頭を振り乱し彼女に噛み付こうと動き出した。動作にキレはなく攻撃手段も噛みつきのみの単調なものだが、巨体ゆえ油断は出来ない。あれなら攻撃よりも踏み潰されることのほうが危険だ。ニカさんも距離は取らずに攻撃をひらりひらりとかわしては一撃を入れている。おまけに常に相手の右側に逃げ込むようにしている。


『やはり、硬いですね……剣が保ちませんわ』

『きつね憑き、応援に行きます!』

『お任せしますわ』


 しかし初撃以外の攻撃は大したダメージを与えられず、回避の方は一度でもミスれば致命的だ。俺たちも合流して戦わないといけない。


「ヨウコ。俺はニカさんのカバーに入る。お前は……」

「ヨウコが彼女に合わせます。どこでもいいですから柔らかい箇所を彼女に斬らせてください」

「OK、適度に盾と囮になる」


 一言二言で配置と役割は決まり、俺が駆け出すとヨウコが続きリズムよく戦闘が流れ出す。こういうときのお前のクールなとこは素直に好きだ。

 備品召喚インベントリで盾を両手に装着する。アサルトシールドと呼ばれる盾は大型かつ軽量で走るのにも邪魔にならない形状がウリだ。


「ニカさん! カバー、行きますっ‼」

「はいっ!」


 ニカさんが引きつけてくれた巨大生物の噛みつき攻撃に真正面から突っ込むと同時、両の手の盾を合わせた。左右の盾は触れると連結し一つの大盾となり更に変形する。連結をトリガーに各種機構が起動、トゲやら出っ張りが出現した。


 ガィィンッ!


 大盾はけたたましい金属音をたてながら巨大生物の噛みつきに耐えきった。壁役が大きな魔物に丸呑みにされないための盾だけあって大きくて頑丈だ。アサルトシールドが一撃で壊されなかったことに安堵している俺の肩にトンッと軽い衝撃が走った。


「ごめんあそばせ♪」


 その声につられて見上げるとニカさんが宙をまりのように転がっていた。

 一閃、二閃――

 撫でるように巨大生物の左目に刃を走らせ、着地前に前足の関節を切り裂いたように見えた。着地するとともにその姿はかき消え、身悶えする巨大生物の足に巻き込まれそうなところを誰かに後ろから引っ張られる。


「私の剣閃に見惚れていらして?」


 驚く俺を見てニカさんが肩をすくめて笑う。どうなってんだ、この人。俺と巨大生物のぶつかり合いに便乗して二発も入れてこの余裕か。そんな俺達の横を赤い瞳と舌打ちの音が通り過ぎていった。怒るなよ、お望み通り相手は傷を追ってふらついているんだ。お前もいいとこ見せろよ。


「鉄拳――黒魔虫」


 勢いよく飛び出したヨウコが右腕を振り上げた。その腕は黒いもやに覆われている。靄は彼女の声に応じるように膨れ上がり一瞬にして巨人の黒拳となって敵の頭上に振り下ろされた。その一撃に巨大生物は踏ん張りきれずに地面に崩れ落ちる。


厄剣やっけん――毒魔虫」


 すかさずヨウコは左手を巨大生物へ向けた。ピンと揃えた指先から爪が槍のように伸び傷ついた目を抉る。彼女が手をふると伸びた爪は根本で折れ、黒く燃え上がり始めた。巨大生物に突き刺さったままのそれは黒一色に染まり火を吹くように黒色を吐き出し――爆発した。


 ギィィィッ……⁉ 


 巨大生物の両目が黒炎を吹き出し、切り裂かれた前足が黒い炎に呑まれた。荒れ狂うように増殖し敵を貪る魔虫の飢えは命をまたたく間に焼き尽くす。


「これが、蝕み姫……」

「やれば出来るんですよ、俺の相棒は」


 見惚れるような技じゃないですけどね、と笑う俺にニカさんは目を輝かせる。


「素敵! 素敵ですわっ! 燃え上がって敵を丸呑みにする殺意! 危険でとても芳しい……!」

「あっ、はい……どうも」

「やっぱり……ちょっとおかしいです、この人」


 絶命した巨大生物を前に興奮を隠しきれないニカさんに俺たちは困惑した。ヨウコの言う通りちょっと変わってるな、ニカさんは。でもお互いを頼りに出来るとわかったのは大きな収穫だから良しとしよう。

 それと他人からの称賛に口では引いてる体を装いつつもヨウコの尻尾が嬉しそうに揺れているのでなお良しだ。

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