第13話 銀閃のニカ

「作戦、開始だ」


 俺の言葉を合図にサポートの二名は人家に駆け上がりそのまま姿を隠した。ひりつく空気とどこか遠い仲間たちの叫びを耳にしながら前を睨む。左右にはニカさんとヨウコの背中。変に力んだり緊張もしていない姿はとても頼もしい


『こちら、スカウトエイト。きつね憑き、応答願う』

『こちら、きつね憑き。魔術ネットワーク、良好』

『結構結構、状況報告――』


 事前に結んだ魔術ネットワークによる通信が頭に響いた。スカウトエイトからの報告によると作戦の第一段階の分断には成功したようだ。

 巨大生物群は現在外に五体、内に十三体。初撃で仕留められたのは二体だ。更に第一陣との激突前に三、四体目が撃破された。


「接触した本隊も健闘中。一方的に力負けは、していない……!」

「問題はここからです。予定通りバラけていますか?」


 吉報に頷きながらもニカさんが先を促す。巨大生物たちの動き次第では俺たちも第一陣に合流する必要がある。視界の端でスカウトエイトから報告を待つ俺達をよそに耳を澄ましていたヨウコの耳と尻尾がピクンと跳ねた。


「……来る!」

『一体、そちらに向かいました。ソレは相手にしてもしなくても結構』


 ヨウコの呟きとほぼ同時に報告が入る。そして既にニカさんは剣を手にしていた。スカウトエイトの声は事前にネットワークを構築している俺にしか聞こえないからヨウコの動きで察したか。


「数はいくつですの?」

「一体。迎撃は自由、だって」


 俺の言葉に『ちょうどいいですわ』と彼女は笑う。


「きつね憑きのお二人。論より証拠と言います。私の腕前確かめてくださいませ」


 ニカさんはやる気みたいだし、やらせた方がお互い納得するだろう。俺も彼女が巨大生物相手にどう動けるのかは見ておきたい。俺達の顔を見て了承を得たと判断した彼女はそのままゆったりと歩き出した。


『二区画先、正面左方向から出現予定。あと七秒』

『了解。こちらは銀閃が先行する』


 通信に応えつつ俺達も動けるように構える。一応眼でヨウコに釘を指しておく。万が一の時はちゃんと助けに入れよ。ヨウコは小さく頷いてから顎をしゃくって前方を示した。


 キィィィ!


 金切り声にも虫の鳴き声にも似た音と共に巨大生物が姿を現す。外見は蟻そのものだが頭部の位置は四~五メートルはある。キリンなんかよりデカイそいつは高速でこちらへ突っ込んできた。


「ニカさん‼」 


 巨大生物の咆哮も俺の叫びもどこ吹く風でニカさんはゆったりとした歩みを続ける。巨大生物は自分の一番近くにいた彼女に狙いを定めたのか速度を上げる。そこでようやくニカさんも駆け足で接敵を開始した。


「「……え?」」


 俺とヨウコの声がハモる。遅い。ニカさんの駆け足はどう見ても遅い。彼女の体格の問題ではなく単純に本気で走ってはいないことは明らかだ。対峙したばかりの巨大生物を前にあまりに悠長じゃないか?

 俺たちがどうしたものかと顔を見合わせ立ち尽くす中、彼我の距離は交戦域に達した。


 キィィィ!


 巨大な蟻のギロチンのような顎がニカさん目掛けて振り下ろされる。その動きは素早く断頭どころか腕ごと胴体を簡単に真っ二つに出来るであろう一撃であった。だが、その顎に捉えられてしかるべきだったニカさんの姿はそこになく巨大生物の横を剣を軽やかに振りぬきながら駆け抜けていった。


 キィィァァ⁉


 そして巨大生物が暴れ出す。その動きと叫びは痛みに悶えているように見える。


「なにがどうなってんだ?」

「……彼女、天才ですよ。それも正真正銘の」


 困惑する俺の横でヨウコが目を丸くしていた。促すと彼女は仏頂面をする。


「相手の攻撃を誘って避けて反撃の一閃を入れる。言葉にすればそれだけです」

「初見の、それも巨大生物相手に決めたのか?」

「おまけに余裕綽々です」


 なんだそれ。本当に天才じゃないか。驚く俺にニカさんから言伝の魔法メッセンジャーが届く。


『右目いただきましたわ♪』

「おまけに急所潰してんのか……」


 暴れる巨大生物を背にして彼女は優雅に一礼してから妖艶にほほ笑んだ。


「銀閃のニカの切れ味はいかがですか、きつね憑き?」

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