第12話 遊撃隊

 作戦会議が終わると俺たちはギルド職員を伴い担当エリアへの移動を開始した。陽動作戦に当たるパーティーは直ちに馬車へ乗り込み城壁の外へと向かい、市の騎士団を中心とする第一陣担当の混成部隊は仲間や装備を整えその勢力を増しながら城壁の穴へと歩を進めていた。

 そのまま最前線へ向かうものだと思っていた俺にトリスは意外な指示を与えた。


「きつね憑きは遊撃部隊だ。第一陣がハジいた塊をさらに細かくバラして欲しい。これだけの戦力なら凌ぐことは出来るだろうが殲滅力が足りない」

「いやいや! 俺達二人じゃ攻撃力足りないって……!」


 不安げな俺にトリスは大きく頷いてみせると傍らにいたニカさんをずいと俺たちの前に押し出した。


「そこは任せろ! きつね憑きには我が副団長をつける。ニカは強いぞ!」

「あらトリス、そんな私を手放してしまってもよくって?」 

「今回は集団戦だ。私もニカばかりを頼っていられないし、お前は誰かと足並を揃えてしまえば持ち味が死んでしまう」

「体よく追っ払われた気分です。それに、彼に私が使いこなせて?」


 楽し気に挑むような笑みを浮かべるニカさん。本当にいい性格してるよ。


「たった二人で巨大生物キラーとして名を馳せている不死身のきつね憑きの指揮下が退屈だとでも?」

「悪い冗談です」

「違いない。とにかく頼んだ、きつね憑き」 

「それは私に言うべきでなくて?」

「私はニカを信じている。また後でな」

「……むぅ」


 むくれるニカさんを俺に押し付けるとトリスは集団の先頭へいってしまい、俺達は割り振られたエリアへと向かったのだった。



 § §



「旦那様、今回は私が前に出ます」

「おい、ヨウコ……!」

「敵の数が多いなら守りを固めても不利になるばかりです。瞬間火力は私の方があります」


 作戦地点に到着するや否やヨウコが俺の隣に出てきて自分が前衛を担当すると言い出した。

 確かにヨウコの言う通りなんだが、初手からそんなにヨウコを消耗させるやり方でいいのだろうか。それにヨウコひとりでどうにかなるとも思えない。


「蝕み姫は近接戦が出来ますの、きつね憑き?」

「あなたは黙っていてください」


 ヨウコの提案に疑問符が浮かんだのはニカさんも同じようだったが、その発言をヨウコは受け付けなかった。ニカさんのことが気に入らないにしても強引で失礼な物言いだ。彼女は眉をひそめてから極めて柔和に見える笑みを浮かべた。


「ここの指揮者はきつね憑きであって貴女ではありません。それに失礼ですよ?」

「ベアトリスさんの指揮下にいられるならある程度安心出来ました。業腹ですけど。ですが! ぽっと出の銀髪チビのメス猫と一緒だなんて冗談じゃありません。旦那様の身が危険です。だからヨウコが戦います」


 ニカさんが口元に笑みを湛えたままスッと瞳を見開いた。その眼はの眼だ。止めてくれヨウコ、俺たちの身が現在進行形で危険だ。


「そのトリスが太鼓判を押して送り出したのです。初めはごちゃごちゃ言わずに使ってみるのが礼儀というものでは? それと誰が銀髪チビですって? ビョーキ持ちの狐女」  

「はあ? そんなもの優先して機先を制し損ねたらどうするんですか? バカですか? バカですね? ここにチビは貴女しかいないのに誰のことか、だなんて!」


 互いに一歩も引かいない二人の間に緊張が走る。戦いの前だというのに既にこの場は一触即発の鉄火場のようだ。

 もしかしたら、トリスはこの事態を想定していたんじゃないだろうか。だから俺たちは本体から隔離され遊撃隊に? いや、そんなことは決してない……はずだ。多分きっと、うん。そうだろ、トリス⁉ そうだと言ってくれ!

 俺が本隊が控えている方角を眺め、ここにいないトリスに話しかけているとニカさんは嘆息しながら首をふるふると振って俺の方を見た。 


「きつね憑き。私、良いことを思い付きましたの」

「え? それは――えっ⁉」


 いつの間にか構えられた剣。確かに直前まで胸元のあたりに彼女の手はあったはずだ。それがいつの間にか抜剣し、いつでも俺たちを切り伏せられる体勢に入っていた。


「ここはひとつお互いの力を示しましょう? お二人とも私が強いなどとは思っていないようです。それでは私の使いどころを間違えてしまいます」


 ヨウコも事態の異様さと危機を感じ取ったのか毛を逆立てている。頼むから飛び掛かったりしないでくれよ。


「悪かったよ! ニカさん止めてくれ。たしかに見くびってたよ! だからって、こんなところで仲間同士で戦うなんてよしてくれ!」

「いえいえ。私、ちょっと自身の腕前を示そうと思っているだけです。しません。それに蝕み姫のを見たくなりましたの」

「……ッ‼」


 ヨウコの瞳が赤く染まりその爪が刀の様に鋭く伸びた。二人とも完全にスイッチ入っちまってる。   

 くそ! こんな時、なんて言葉で割って入りゃいいんだよ⁉


「あー、どもども。お取込みのなか失礼いたします」

「「「…………」」」


 答えは思いもよらぬ人の口から発せられた。

 俺達の視線の先には気まずそうに笑う観測班スカウトの男性と二人の殺気に当てられたのかプルプルと震える少女の姿があった。 



 § §



「はははっ、巨大生物キラーのきつね憑きともなると大規模作戦前から血気盛んで! 流石流石!」


 観測班員八番スカウトエイトと名乗る男――先日の巨大人狼討伐で世話になったスカウトだった――は俺達が臨戦態勢を解くと今度は愉快そうに笑った。


「今回皆さんのサポートを務めるスカウトエイトです。指揮者はきつね憑き、ということでよろしいですか?」

「はい」


 スカウトエイトの登場で気が抜けたのかヨウコとニカさんは互いにそっぽを向き各々戦闘準備を開始し始めた。自由過ぎるが喧嘩するよりはいい。


「そして、隣の彼女は市の騎士団の団長があなた方につけてくれたサポートメンバーその②です。んんぅ! 潤沢潤沢! ご紹介その他諸々は追い追い」 

「はあ……」


 ニカさんは備品召喚インベントリを使って刀剣を虚空から引っ張り出しては地面に何本も突き立てている。彼女の体格に対して大きめな直剣が多いが、あれで巨大生物とやり合えるのだろうか?

 ヨウコは四肢をプラプラさせつつ身体中で魔力を練っているようで瞳の色は赤色を保ったままだ。ふと、俺を見てからスカウトエイトが連れてきた少女を見て胡乱うろんな表情を浮かべた。頼むからよからぬことはしないでくれよ。

 そんな二人の様子を眺めながら俺はスカウトエイトとの打ち合わせを終えた。  


「しかし、凄いですねきつね憑き。銀閃ぎんせんをつけてもらえるとは……!」


 銀閃という聞きなれない名前。ニカさんのことだろうかと彼女を見るとスカウトエイトが頷く。


「ええ。市の騎士団副団長、銀閃のニカ。攻撃力もとい殺傷に関してはピカイチです。対人戦でしたら、この街ではほぼ敵なしの凄腕でしょう。ベアトリス・リーゼもこの大一番で懐刀を託すとは……驚嘆驚嘆!」


 ギルド職員である彼の口から出たニカさんの評価に俺は彼女に対する認識を改めると共にトリスに深く感謝した。ありがとう、トリス。俺、頑張るよ。さっきからニカさんがドヤ顔で俺と視線をやたらと絡めてきて、それを見たヨウコがまた毛を逆立てて、サポートメンバーその②がそんなカオスに胃をやられてるっぽいけど、俺は頑張る!


「さあ! いよいよ作戦開始が迫っております! ことここに至っては会話など、もはや冗長冗長……!」


 スカウトの指し示す方角へ俺たちは顔を向ける。第三城壁の穴のある方角が赤く輝き炎が天に向かって吹き上がる。ウィルオウィスプダストの魔法が発動すると同時、ときの声が響き大地が小刻みに揺れ始めた。否が応でも肌が粟立ち、戦いのときを前に血肉が疼く。俺達は互いに見つめてあってから頷いた。


「作戦、開始だ」

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