第11話 大規模作戦会議 ―喧々諤々―
「お集まりの皆さん。本作戦への参加、誠にありがとうございます」
場所を変えて別の会議室にて。ギルド長に変わり男性職員が状況の詳細を語り始めた。俺達の隣には相変わらずトリスとニカさん。ヨウコは意外にも大人しくついてきてくれた。
先ほどのふるい分けのおかげもあってか、冒険者たちは静かにしかし真剣に説明に耳を傾けていた。やはり有力なパーティーの者ほどこういう場面ではスマートな者が多い。
しかし、そんな彼らでも職員の説明が進むにしたがってざわつき始める。正直俺だって信じがたい状況だ。
「巨大生物が二十体……だと!」
トリスが握り拳を振るわせて身を震わせた。そうだよな、正直冗談じゃねぇよ。トリスでさえこんな調子なのだから周囲の冒険者たちは言わずもがなだ。ギルド側もこうなることは想定していたのか、この段階で男性職員と入れ替わりギルド長が質問を受け付け始めた。
混乱している冒険者たちはざわざわするばかりだったが、トリスが一人静かに挙手した。ギルド長が頷くと彼女は立ち上がり自らの所属を名乗り発言した。
「この作戦は無茶だ。冒険者ギルドに負える規模ではない。軍隊はなにをしているのだ?」
その質問はこの場にいる冒険者の総意だろう。一体でもその討伐が緊急
「軍は北方で発生した
「バカな! 第一城壁ジャーミナルの内側を守るだと⁉」
トリスの怒声にギルド長も沈痛な面持ちで頷く。俺達のいる街は第三城壁アルブと第二城壁ヨークの間にあり、王城は第一城壁の内側に存在している。各城壁には強力な結界が展開されており巨大生物といえどそうそう破れる代物ではない。にもかかわらず、この国の軍隊は出動してくれないというのだ。
「……結界結社は? 一時的にでも第三城壁の穴を塞ぐことくらい奴らなら出来るだろう?」
「結社は第一、第二城壁の結界の強化に……」
「……わかった。私からは、もうなにもない」
続いて城壁の結界を管理している結界結社も俺達第三城壁の連中を助けてはくれないらしい。トリスは怒りに身を震わせながらも着席した。叫び出しそうにも泣き出しそうにも見える表情で耐えている彼女の拳にニカさんがそっと手を重ねた。
俺がトリスになにも言えずにいるなか、他の冒険者たちもぞくぞくと手を上げ質問を始めた。その多くは追加戦力の有無や有力パーティーの不在等を確認するものだったが明るい要素がギルド長の口から出る場面はなかった。
§ §
「旦那様……逃げましょう」
「……ヨウコ」
ギルド長と冒険者たちのやり取りをどこか遠いことのように眺めているとヨウコが身を寄せ耳元で囁いた。その瞳は真剣そのものだった。俺は咄嗟にどやしたくなったのを抑えて訊ねる。
「どこにそんな場所がある?」
「第二城壁の内側に潜り込めばいいのです」
「潜り込めたとして、その後はどうするんだ?」
「生活の糧を得る方法なんていくらでもあります。大丈夫です。旦那様を飢えさせたりは絶対しません」
ヨウコは全てを棄てて逃げようと言っている。街も住処も冒険者であることも、ギルドの仲間もなにもかも。
それは決して悪いことじゃない。生きるためにやっている冒険者だ。通りもしない無理にこの身を晒して命を散らす必要はない。それにこの国は俺達アルブの住民を捨て石同然に扱っている。こんな無茶苦茶な依頼、受ける義理なんてない。
だけど――
「ヨウコ、俺は逃げたくない」
「…………」
それでも俺は棄てるのも逃げるのも嫌だ。
だけど同時に俺の気持ちをヨウコに強いるのは駄目、なんだろうな。
「ヨウコは逃げても、いい」
「…………」
だから俺はヨウコがどんな選択をしても彼女を責めたりはしない。それでも逃げた道の先でヨウコが幸せでいる姿が想像できなかった。
許さなきゃいけないはずの彼女の選択、それも俺の勝手な想像付きのものに俺は異議を唱えたくて仕方がなかった。
だから――
「ヨウコは旦那様を置いては行けません」
「……いいのかよ?」
「あなたは……大馬鹿野郎です」
ヨウコが残ってくれることに安堵するばかりで、相棒のことをちゃんと見ていなかったのかもしれない。
§ §
質疑応答を繰り返していたギルド長だったが、皆がややトーンダウンし始めてきたところで具体的な作戦の説明に移った。ここにいる戦力だけで乗り切らないといけない以上、ある程度は決まっていた話なのだろう。
「――以上になります。この場で確認しておきたい事項はありますでしょうか?」
作戦は大きく分けて二面展開で行われることとなった。すなわち第三城壁の中と外で巨大生物群を分断し対処するというものだ。
城壁の外では馬術に秀でた冒険者と
続いて城壁内では侵入箇所で大規模な部隊をぶつけ敵を可能な限り撃破しつつ、バラけさせる。そして一匹になった巨大生物に小集団をぶつけて各個撃破するというものだ。巨大生物の知能の低さと城壁内の索敵は
作戦開始の合図は侵入口で仕掛けるウィルオウィスプダストの集団火焔魔法だ。城壁を爆破してしまえという意見も上がったが、現在のメンバーだけでそれほどの威力は出すことは不可能とのことだ。
「我々は命がけだ……不本意ながらな。貴様ら人間族も全身全霊で戦っていただきたいものだ」
リザードファイターのリーダー、族長と呼ばれる男が立ち上がり俺達に挑むような視線を投げかけてきた。普段であれば亜人である彼の挑発に誰かしらヤジを飛ばすところだろうが、今回の彼らの役割を考えると誰もなにも言えない。
今回の作戦では外部の陽動部隊と城壁内の第一陣が最も危険とされている。それは作戦開始のタイミングがひとつ間違えば巨大生物群の全てを一度に相手にすることになるからだ。そしてリザードファイターは陽動作戦にエースを全員出撃させることになっている。
ふと部屋の中央でえずくような声がした。見るとウィルオウィスプダストの一人が机に突っ伏して嘔吐していた。緊張と重圧に耐えきれなかったのだろう。可愛そうな少女の頭の上で
族長はそんな少女を心底馬鹿にした表情で眺めた後、会議室を見回した。城壁内で第一波を凌ぐ大役を誰がやるんだとその瞳は苛立たし気に問いかけていた。けれど作戦の性質上、混成部隊になることは必至だ。他所のパーティーと組んで命がけの防衛戦なんて誰だってやりたくはないだろう。だけど、このままじゃダメだ。
「トリス――」
「きつね――」
意を決して声をかけようと横を向くと彼女も同じようにこちらを見ていた。俺とトリスはお互いを見つめたまま口をポカンと開けて固まり、それから少し笑い合った。トリスは声は出さずに『いいのか?』と聞いてくれた。大丈夫、それだけで俺は充分だよ。そう思ったら簡単に立ち上がることが出来た。
「きつね憑きです」「市の騎士団だ」
「市の騎士団はきつね憑きと組んでその任に当たろう。だがまだ足りない……!」
同時に名乗り上げ俺たちは立ち上がる。そしてトリスは迷いなんてないかのように宣言した。おまけに戦力不足をこんなに堂々と言えるなんて。本当にトリスはどうかしてるよ。
族長がニヤリとすると今度は太った中年男性が手を上げ、ギルド長に質問した。
「
「
「
思わぬ助け舟に困惑するトリスに男はカカカと笑う。
「バッチリよ! たんまり頂けるんだ、喜んでねぇちゃんの忠実な犬になるぜ!」
どすどす歩み寄ってきた男が馴れ馴れしくトリスと握手を交わしているとリザードマンの族長がその姿を嗤った。
「拝金主義者め、これだから傭兵は……」
「あ? うるせぇぞ、トカゲ野郎。誇りで飯が食えんのか?」
「愚かな。誇りとは金銭で得られぬもの。そのようなこともわからんとは……傭兵とは気楽な生き方だな」
ゼロと名乗った男性と族長が言い合いを始めると、にわかに会議室が活気づいてきた。彼らの言い合いに便乗するようにあちこちから声と手が上がり第一陣のメンバーは増えていき、各個撃破を担当する小隊も続々と決まっていった。
そうだ。俺達冒険者に縮こまったり逃げ惑うのは似合わない。
最後にはゼロによる報酬の吹っ掛けもあって戦闘区域の担当決めはさながらオークションの様相を呈し、全てのパーティーが作戦への参加を決めたのだった。
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