第10話 大規模作戦会議 ー開幕ー
「ずいぶん愉しそうだな、ニカ? なにか私に言うことはあるか?」
「にゃ~ん♪」
「そうか……満足か」
他のパーティーの面々と別れ、俺達のもとへやってきたトリスはこめかみをヒクつかせながらニカさんに質問をぶつける。背丈のあるトリスに見下されると結構おっかないものだがニカさんはニコニコしたまま猫真似で返すだけだ。トリスは諦めたのか椅子にかけると深く息を吸いながら眉根を指で揉んだ。
「あら? 今日は戯れてくれませんの、トリス? 今回の招集は深刻なので?」
「ああ……恐らくな」
しかし団長の内心を察したのかニカさんは素早く表情を切り替えるとその顔を覗き込んだ。大所帯のリーダーと副リーダーというのは凄いもんだ。しかし、ここから先を俺たちが聞いていてもいいのだろうか?
「ギルドからなにか通達が?」
「いや、それはまだだ。しかし……」
そこまで言ってからトリスは俺の方を見て言葉を区切った。それは部外者には教えられないと言っているようにもヨウコに対する遠慮にも見えた。なら、席を立つべきか? そうじゃない。こんな話、聞き捨てならない。
「トリス……教えてください」
俺は目立たないよう小さくけれどはっきりと頭を下げた。
情報は冒険者にとって命だ。それを掴めるチャンスがあれば泥の中でも突っ込んでいくのがこの街の流儀。こんな時ばかりは相棒の顔色を伺ってはいられない。
「よいではないですか。トリス、続きを」
「……わかった」
ニカさんが促すとトリスはこちらに向き直り状況説明を始めた。
§ §
トリスによると今回の招集はかなり大規模らしい。周囲を伺うとたしかによく目にするパーティーのリーダーやギルド広報誌にその活躍と似顔絵が記載されような有力な冒険者が何人もいる。
ヨウコは興味なさげにあらぬ方へ視線を向けているが、尻尾をいじっていた手の動きは止まり耳はこちらの会話を拾っているように見える。まあ、それでいい。
「おまけに普通なら集めないような面子もいる」
「普通なら……?」
引っかかる言い回しに意図せず質問をしてしまった。トリスは視線で何人かを指してみせてくれた。
「戦闘は専門外のスライムサバイバー、主戦力が遠征中のウィルオウィスプダストのサブメンバー、亜人種最大集団のリザードファイターの面々……単純に規模の大きな戦いなら初期段階から呼び出すようなパーティーではない」
「では、一体ギルドはなにをするつもりですの?」
「……恐らくは市街戦だ」
「えっ⁉」
危ない。驚きの声が会議室に響くところだった。いったん各々飲み物を口にしてから身を寄せあわせ話を続ける。
「スライムサバイバーは災害時の機動力と手札の多さはピカイチだ。ウィルオウィスプダストのサブメンバーを使うなら罠を張らせる。急ぎで用意させるとなると近場でないと難しい。そして――」
「市街戦を行うのなら、リザードファイターに話を通しておかなければ後々亜人が煩い」
途中から説明を引き継いだニカさんにトリスは頷いてみせる。なるほど、パーティーの特徴やメンバー構成、バックグラウンドの情報を組み合わせるだけでここまでの推察が出来るのか。
「ダストの主力とドラゴンフラッグは? この街の最大火力の二強はなにをしているんですの?」
「ダストは北方の穀倉地帯の
「やれやれですわ」
高火力のパーティーを欠いた状態での市街地戦という想定に市の騎士団副団長は肩をすくめた。だけどそうなる理由はなんだ? もっと言えば何者が街なかで暴れるっていうんだろう?
「トリス。私、ちょっと失礼しますね。すぐ戻ります」
「ああ。別に急がなくていい」
俺が独り考え込んでいるとニカさんがスッと立ち上がり席をたった。まだ話は途中なのにどうしたんだ?
「ねえ、トリス?」
「理由、というより原因はなにか。だろう?」
頷く俺を見てからしばらく思案顔だったトリスは結局ふるふると首を振った。
「予想はいくつかある。ただな、一番らしく感じるものは我ながら突拍子がない。無用な混乱はきつね憑きのためにならない。それに……」
ギルドの職員が来たのか周囲がにわかにざわつき始めた。せわしなく冒険者たちが着席を開始し、ある者は職員に誘導され椅子にかけさせられている。なんとなく小学校の全校集会のような懐かしい雰囲気だ。
「なにが起こっているかはすぐにわかるはずだ」
最後にギルドの代表と職員の一団に押し込まれるようにしてゆっくりしていた冒険者たちが会議室に押し込められた。ニカさんは何食わぬ顔で最終集団に紛れ込んで入室してきた。そして彼女が俺たちのもとに戻ってくると同時にギルドの代表が口を開き今回の招集理由を語り始めた。
それはこの街の危機そのものであった。
§ §
「嘘……だろ?」
誰かの一声が引き金になって会議室はざわめき始める。ギルド長が状況をひとしきり説明し終え、沈黙するとある者は呆然と立ち上がりある者はうなだれた。思わず俺も驚きの声を漏らしてしまった。
「まじかよ……?」
事前にトリスから色々と教えてもらっていなければ俺も彼らのように戦意が萎えてしまっていたかもしれない。そのトリスはというと押し黙り真剣な眼差しでギルド長の方だけを見つめている。ヨウコとニカさんは取り乱した素振りは見せずに周囲を静かに眺めている。
「先程申しました通り状況は芳しくありません。冒険者の皆様には是非、この後の作戦会議にも参加していただきたい。また勝手ながら作戦に参加いただけない方々につきましては本作戦が終了するまで身柄を拘束させていただきます」
静けさを取り戻しかけた会議室にギルド長の朗々とした声が響き渡る。一拍遅れて彼の言葉の意味が染みわたると会議室は今度は混乱のるつぼと化した。ある者は完全に戦意を折られ、ある者は声を荒げ立ち上がり、またある者は仲間と互いに
「まあ、当然ですわね」
隣でニカさんが小さく笑った。見ると彼女は笑みを深めて『わかりますか?』と訪ねてきた。
「情報漏えいを防ぐため……?」
「正解。ですが、それだけでしょうか?」
小首を傾げるニカさんは楽しげにニヤニヤとしながら俺を煽ってくる。この回答じゃせいぜい三角、丸は貰えないってことか。
「……ふるい分け」
「あ、なるほど」
「……もぅ」
しばし俺が頭を抱えていると隣でヨウコがぼそりと呟き答えを教えてくれた。得心いって俺が頷いている横でニカさんは唇を尖らせた。
「静粛に……!!」
ギルト長の命に会議室が静まる。決して怒鳴っているわけではないのにその声は確かに響き、人々を従わせる魔力があるように思える。
「混乱も不満もごもっともです。ギルドは互助会。
燃え上がる炎のような混乱は一旦は鎮火したようにも見える。しかし、未だ室内で不満が燻っているのは肌でわかる。けれど、ギルド長と入れ替わるように現れたギルドの受付嬢が拘束に伴う補填について話し始めると会議室の空気はだいぶ柔らかくなってきた。冒険者というものは現金なのだ。
「繰り返しになりますが状況は芳しくない。作戦参加いただける方もそうでない方もどうかご協力の程をよろしくお願いいたします」
そう言いギルド長は深々と頭を下げた。荒くれの多い冒険者たちも思わず背筋を伸ばす。だが、彼が顔を上げた瞬間その瞳の炎を目にしたものは静かに震えがることとなる。
「そう、状況は芳しくない……巨大生物の群れがこの街に迫っているのです」
ギルドの長たる彼もまた戦う者であり、戦いは既に始まっているのだ。
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