第6話 野郎どもの猥雑囃子
モンスター討伐を終えてギルドで報酬を受け取った後。トリスの誘いで市の騎士団の面々と食事することになった俺たちが食堂に向かうと酒杯片手にイカツイおっさんが千鳥足でやって来た。
「よお、きつね憑き。やってるか?」
「テイラーさん!」
彼は仕立て屋のテイラーさん。ギルドの名人物のひとりだ。仕立て屋の主人なのに年がら年中ギルドの食堂で昼から飲んでるおっさんだ。それだけならただのダメ人間だけど彼は情報通だ。ギルド内で飛び交う噂なんかはほとんど知っているし、政治の動向にも明るい。そして俺の二つ名『不死身のきつね憑き』の名付け親だ。
「テイラー、今日も昼から酒浸りか?」
「おう、トリス! そのマント、そろそろ染め直すか買い換えるかしないか?」
「結構だ」
注文を済ませたトリスが合流するとテイラーさんは挨拶代わりに商談を吹っ掛ける。仕立ての仕事は奥さんと息子さんが担当しており、彼はいわば営業マンなのだ。そのしたたかな立ち回りは色々と勉強になる。
ギリッと歯噛みの音が隣から聞こえた。見るとヨウコが苦虫を噛み潰したような表情で彼を睨んでいた。まあ、事情を知っている立場からは何とも言えない。
「そう言うな。その青の染料はこれから値上がりするから今のうちにやっといた方がお得だぞ?」
「ううむ……」
テイラーさんのセールストークを聞いて思案顔になるトリスだったが、俺たちが待っていることを思い出したのか首を振った。
「要検討な内容だったが、今日はこれから打ち上げだ。また今度にしてくれ」
それを聞いて彼はあっさり頷くとせめて一緒に乾杯させてくれと告げて俺たちの輪に加わった。なんだか俺を見て含みのある笑いを浮かべた気がするんだけど、気のせいか?
「あの
それは多分被害妄想ってやつだぞヨウコ。あとお前だって他人のこと言えないからな? テイラーさんのらっきょう頭を睨みつけるヨウコをドウドウとなだめているあいだにテーブルに食事と酒が運ばれてきた。
「さあ! きつね憑きと市の騎士団合同のモンスター討伐も無事完了だ! 皆! お疲れ様だ! 乾杯!」
トリスが乾杯の音頭を取るとテイラーさん含め一同が酒杯を掲げた。
「「「乾杯‼」」」
§ §
「よお! きつね憑きぃ、ヤッてるかぁ?」
「テイラーさん! そりゃもちろん‼」
「「ガハハハッ‼」」
乾杯してから半時と経たないうちに場は盛り上がり男連中を中心におかしなテンションになっていた。テイラーさんが卑猥なジェスチャーをしながらにじり寄ってくると、すかさず俺も卑猥なジェスチャーで返す。そして俺たちは弾けるような馬鹿笑いを浮かべて、互いの肩を叩き合う。
「そりゃ、なによりだ! しかしお前、よく蝕み姫に喰い殺されないな⁉」
「ははは! 恐縮です!」
乾杯の後ヨウコは黙々と食事を済ませて帰ってしまった。相棒としては引き止めるべきなのかもしれないが、ギルドの面々とも情報交換やバカ騒ぎがしたい。情報は冒険者にとって命綱だしな。
「テイラー! 話が違うじゃねぇか⁉ 蝕み姫に手ぇ出すなってのはどうした⁉」
「そーだ! きつね憑き! お前新参の流れ者のくせに別嬪捕まえやがって!」
「はぁ? お前、亜人は対象外じゃなかったのかよ?」
俺とテイラーさんが猥談で盛り上がっていると、酔っぱらった市の騎士団の
「おいおい! 俺は本当のことしか話していないぞ? 蝕み姫と良い仲になった男は皆、死んでる。このきつね憑き以外はな! 文句があるならアイツを口説いてみたらどうだ? なあ、きつね憑き?」
「あー、止めといた方が……良いですよ?」
彼の言ってることは事実だ。これがヨウコが彼を嫌う理由でありテイラーさんが俺に一目置いてくれている理由だ。異世界出身でない俺にはヨウコの呪い――魔虫が常時発してる毒――が効かなかった。だからアイツは俺を旦那様と呼び、固執している。
「ほら見ろこれが勝者の余裕だ。お前らもモテたいならガッツキ過ぎずかつ積極的にいくんだな?」
「悪かったなきつね憑き。テラスで一杯飲み直そう。もちろん俺の
「あざーっす!」
そう言って彼はテラスを指す。強面なのに妙に似合うウインクをしながら。調子のいい返しをするくらいしか出来ない俺とは大違いだ。
§ §
「お前さんとくっついて良かったと思うぞ、あの娘は」
「はい?」
テラスで飲んでいると、夜空を見上げながら唐突にテイラーさんが口を開いた。そして思い出を語るようにヨウコの過去の相棒たちについて教えてくれた。最初の頃を除けばロクデナシとばかり付き合っていたらしい。いずれもヨウコの容姿に釣られてしばらくは一緒にいるが、そのうち病に
亜人であることや不気味な異能のせいで元から気味悪がる人も少なくなかった
「ようは自分を大事にしてなかってことなんだろう。蝕み姫から男に手を出したって話は聞かないが、ロクでもない男に限ってちょっかい出してたな。で、そういう輩をアイツは喰いものにしてた……俺にはそう見えた。だから男連中には忠告していた」
「そう、でしたか……」
無理もない話かもしれない。多少の力があっても誰の手も取れない独りのままじゃどうにもならない。こんな世界なら尚更だ。俺も転生したばかりの頃は毎日八方塞がりの気分だった。女神が多少の金を持たせてくれてなかったら一週間ももたなかっただろう。けど、聞いていて気分のいい話じゃない。気が付くと
「ところがだ!」
「え? はい」
テイラーさんがテーブルを酒杯でドンと叩く。そして驚いた俺の顔を目を輝かせながら見つめ快活な笑みを浮かべる。
「ある日、その娘は自分から男に声をかけた。流れ者のくせに善良そうでトロ臭い男にな。相手の正体を知らないのかその男は娘に付いていっちまった。普通なら早々に死んじまうハズの男はどういう訳か、死なず……そこから変わっていった。いや……二人とも、か。それが俺が見たお前さんたちの始まりだ、きつね憑き」
「……あいつも、なんですか?」
俺の言葉に彼は大笑するだけでそのままギルドの食堂へと足を向けた。去り際に誰かと二言三言交わしてからテイラーさんは姿を消した。
「やあ、きつね憑き。いま、いいか?」
そして入れ替わるようにトリスが現れ俺に微笑みかけたのだった。
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