第5話 エロぎつねとデカい女

「旦那様、今日も一日お疲れ様でした。さぁ、ヨウコとむつみ合いにふけりましょう」

「おい待て」

「どうかしましたか、旦那様?」


 キョトンとした表情でベッドに横たわりながら俺を見上げるヨウコ。その姿は正直かなりくるものがある。しかし、ここは言うべきことをちゃんと言わなければならない。


「ヨウコ、俺たちはさっきまでなにをしてた?」

「ご飯を食べていました」

「そうだな。そのご飯とやらは、朝食、昼食、夕飯――どれだ?」

「ふふ、お忘れですか? 旦那様はお馬鹿さんですね。朝食です」

「お馬鹿さんはお前だよ。朝っぱらからお疲れ様でした、じゃないだろ?」


 月を二人で眺めた翌日早朝。食事を済ませ出掛けようとなったところでヨウコがおもむろにベッドにダイブした。そして何事かと傍に行けばこの有様だ。


「旦那様。人生は寝て起きて食べて、愛を温めそして寝るのサイクルで回ってゆくべきです。食事の回数が三回から一回に変わってもどうということはありません」

「あるよ。あと働け」

「いいじゃないですか特別報酬ボーナスも入ったのです。今日は休んで明日から頑張れば」


 駄目だこのエロぎつね。まるでニートかつての俺みたいなこと言ってるよ。


「さぁさ、だぁんなさま♪」

「駄目だ。家にこもって愛を温めたまま一日を終えてどうする。外に出て働け」

「旦那様がお望みなら二日でも三日でも温め続けます。ヨウコ頑張っちゃいます」

「フツーに死ぬぞ? そんなことしてたら」

「旦那様には女神様から授かったチート絶倫能力とやらあるから大丈夫です。むしろ危ういのはヨウコ。旦那様に愛されつくした果てに散る……ちょっと、いいかも」

「違うからな? 俺のチートはそんな能力じゃないし、そういうことの為のものじゃないからな?」


 駄目だこの病みぎつね。破滅願望にトキメいてやがる。早く更生させないと。


「……ヨウコに飽きたんですか?」

「は?」


 なんか面倒くさいこと言い出したよ、この駄ぎつね。


「そうですよねぇ、旦那様は亜人の耳と尾がお好きな変態さんですものねぇ。どぉせヨウコの顔や胸なんかよりも耳と尻尾が良いんですよねぇ」 


 そう言って俺に背を向けてイジイジし始める駄目ぎつね。騙されるなよ俺。これ見よがしに振ってるきつね尻尾も耳も罠だ。論点はすでにズレ始めている。ケモ耳と尻尾の方が好きな変態も、顔と胸が好きなスケベ野郎も大差ない。どっちもロクなもんじゃない。つまりコイツの口車に乗った時点で負けだ。

 でもそれなら俺にも考えがある。うん、と咳ばらいをしてから声を張り上げる。


「あー、今日の仕事が他のパーティーとの合同依頼クエストじゃなかったらヨウコの言う通り休んでも良いのかもしれないんだけどなー、相手は市の騎士団だからなー、あそこの団長はおっかないからなー、サボれないなー」

「…………」

「俺一人で行ってもなー、ウチのかなめはヨウコだから肩身狭いなー、顰蹙ひんしゅく買いそうだなー、そうなったらヤバいよなー、俺ボコボコにされちゃうかもなー、ヨウコが居なくちゃチートも使えないもんな俺ぇ、捕まって何されるか分かったもんじゃないなー」

「……う、うう」

「けど、もう時間だからなー、トリスのやつ時間にうるさいからなー、行かなくちゃだなー、最期にヨウコの顔を見たかったけど行かなくちゃだなー、遅れたらヤバいもんなー、じゃあ行くなー、ヨウコー」


 俺は大根役者になってセリフを言い切ると振り向かずに部屋から出た。バタンと扉を閉めてからその場で待機。そして約十秒するとそこから怠惰でダメなエロぎつねが涙目で飛び出してきた。


「だんな、ざまっ! 私も、いぎまずっ……!」

「はい、よろしい」


 まったく合同依頼のときは毎度ゴネるよな、こいつ。



 § §

 


 冒険者ギルドの門前には既に待ち合わせの相手が待ち構えていた。動きやすいように改造された騎士甲冑に青マントを身にまとった金髪女ベアトリス・リーゼ通称トリスだ。


「やあ、きつね憑き! 今日は二人揃って時間前集合だな!」

「トリス、今日はよろしく」

「……どぉも」


 挨拶と握手を交わしながらトリスを見上げる。相変わらずデカい人だ。具体的には背丈と声と態度と胸がデカい。彼女はギルドに登録されているパーティー、市の騎士団の団長リーダーで自警団みたいな活動をしている。


「ヨウコも今日はサボらず遅刻せずで偉いぞ!」

「……はぃ、ども」


 トリスはこの街の住民では珍しくヨウコのことを気味悪がず名前で呼ぶ。そういうこともあって最近は市の騎士団と合同依頼を受けることも多い。ヨウコは彼女が差し出す握手をひらりひらりとかわしているうちに俺の背後に隠れてしまった。

 情状酌量の余地はあるけど、コイツ基本的に外だとコミュ障だよな。


「おいヨウコ、もう少しちゃんと話せ。トリスはいい人だぞ」

「そこに異論はありません。しかしですね……旦那様」

「なんだよ?」

「彼女はこう、圧が強いんです。真昼の太陽のようで……シンドいです」

「ちょっと分かるが、自重しような?」

「強過ぎる光が花を枯らすこともあるのです。旦那様、ヨウコは後ろからついていきますからお先にどうぞ」

「…………」


 情けないことを饒舌じょうぜつに語るコミュ障ぎつね。まあ、今日は遅刻せずに出てきただけでも良しとしよう。トリスと俺が並んで歩き始めるとやたらと間を空けてヨウコが続く。これじゃまるでストーカーじゃないか。こんなんで大丈夫かとトリスの方を見ると彼女は鷹揚おうように頷きニカッと笑う。


「私は気にしていない。このままで構わん。市の騎士団我々からきつね憑きお前たちに同行するのは私だけだから余計な気遣いは無用だ。他の団員には他所を担当させている」

「……なんか、ありがとう」


 市の騎士団は総勢二十名弱の大所帯大規模パーティーだ。そこの団長が一人で他所のパーティーメンバーに加わっているんだから肝が据わっている。ギルド構成員ギルメン同士のイザコザがご法度とはいえ、普通はこんなことしないし出来ない。


「それにお前の見立てが正しいのなら、今日見回る場所にモンスターは現れないのだろう? もし出てきたところで戦力は充分だ」

「……まあ、そうだけど」


 おまけに俺の意見に信頼を置いてくれている。最近街なかで頻発しているモンスターの大量出現に対する巡回が今回の仕事だ。俺なら普段から組んでる仲間とあたりたいと思う内容だ。こういうところすげぇよな、トリスは。


「うちの問題児にも見習って欲しいもんだ」

「相変わらず手を焼いているのか?」

「うん……まあ、そうだね」


 今朝のこともあり思わず本音が漏れてしまう。いかん、ヨウコは地獄耳だ。この会話は恐らく丸聞こえだ。余計なことを言うと家に帰ってから噛まれる。


「なら、市の騎士団ウチに来ないか? 二人まとめて面倒見るぞ?」

「えっ?……いや、それは」


 サラッと出てきた勧誘の言葉に足が止まり、ヨウコの方を思わず見てしまった。なにやってんだよ俺は。

 人混みのなかでもその姿はすぐに見つかる。容姿が整っているから、だけが理由じゃない。ヨウコの周りだけスッポリと無人の空間になっているからだ。

 蝕み姫は命を喰らう。彼女に近づくと病にかかる。そんな噂から街ゆく人々の多くはヨウコを避けている。そんなヨウコを大所帯に加えて平気なのか。そう思ってしまった。

 ヨウコの脚が止まり『あっ……』と口を半開きの状態で固まった。その姿は見ているコッチが不安を覚えるほどに酷く、もろい。泣き言でも恨み言でもいい、なにか言ってくれた方がまだマシだ。

 それなら自分から動けばいいのに俺の脚は踏み出してくれない。駄目なのは俺の方じゃねぇか!


「大丈夫だ、きつね憑き。市の騎士団はじきにもっとデカくなる」

「トリス……?」

「蝕み姫の名よりも騎士団と団長の私の名の方がデカくなる。だから大丈夫だ」


 俯きかけた俺の肩を叩いてトリスが優しく笑った。


「さあ行くぞ、


 そう言って青空よりも鮮やかな青色のマントをたなびかせトリスは歩き出した。ホントすげぇよ、トリスは。俺はヨウコに頷いて見せると彼女の後を追った。

 市の騎士団団長ベアトリス・リーゼは背丈と声と態度と胸と、器のデカい人だ。



 § §

 

 

「確かにモンスターの反応はないな。巨大生物の出現した後だというのに」

「なっ? 言った通りだろ?」


 俺たちがトリスと一緒にやって来たのは昨日俺たちが巨大人狼と対峙した街はずれだ。トリスはギルドから貸し出された先端が水晶で出来た振り子モンスター検知器を垂らして索敵しているが、振り子は揺れない反応はない

 この街は現在、突如出現するようになった巨大生物の襲来とその撃破後に増大するモンスターの出現に悩まされている。巨大生物は普通のモンスターと外見は変わらないがその名の通り巨大で人の集まる場所を目指す習性がある。詳しい生態や生息地は不明、突然出現して壊れた城壁を乗り越えてこの街を襲う招かれざる客だ。 


「となると、お前の言う通り魔力切れにさせた上で巨大生物を討伐すれば……」

「その後のモンスター出現は抑えられる……と思う」


 昨日の今日でここへやって来たのは巨大人狼の討伐後に発生が予想されるモンスターへの対処のためだ。けど、俺の予想通りモンスターの出現はなさそうだ。


「蝕み姫の能力ちからでなら、か……」


 巨大人狼にトドメを刺したヨウコの蝕みの能力は相手の魔力MPを喰らう力だ。

 彼女の肉体には魔虫と呼ばれる特殊な生物――魔法を使って昆虫に変身する微生物のようなもの――が寄生している。魔力を供給されると急速に増殖、黒色の外殻を魔法で形成することで昆虫のような姿になり敵に取り付く。敵の魔力がある限りはそれを喰って増殖し魔力が尽きたらその身体を傷つけることで魔力を吐き出させようとして、結果的に相手を殺してしまうのだ。大抵の生物は急激に魔力MPを失うと気絶してしまうので抵抗することもままならない。

 魔虫の性質上色々と制約はあるが俺たちのパーティーの切り札で巨大生物にも有効な強力な能力だ。


「そのきつね憑き俺たちの能力をアテにして欲しいんだ。市の騎士団には」


 そしてそれが巨大生物討伐についてくる事後問題モンスター出現に対しても有効なんじゃないかと俺は考えている。証明するのは難しいかもしれないが市の騎士団のような大規模パーティーと共闘出来ればいま以上にきつね憑きの名前は知れることだろう。そうなればギルドから指名依頼がもらえるようになるかもしれない。金も入るし、俺のこともヨウコのことも認められるはずだ。


「なるほど。あくまで市の騎士団我々とは対等に、腕を買え、ということか」

「巨大生物が高HP高MPなのは知ってるだろ? 魔力切れMPノックアウトはそうそう狙える相手じゃない」

「確かにな。ん……? すまない、団員から連絡だ」


 売り込みの途中でトリスに言伝の魔法メッセンジャーが届き彼女が一旦俺から離れると入れ替わるようにヨウコが近づいてきた。


「旦那様、旦那様」

「なんだよ?」

「別によそ様と共闘なんてしなくてもいいじゃないですか」

「そんなことないだろ?」


 俺の気も知らないでコミュ障ぎつねが売り込みなんて不要だと主張を始めた。お前トリスがいなくなると喋り出すよな。

 そんなことはないはずだ。二人パーティーというのはなにかと手が足りないし、俺たち二人揃ってメインを張るタイプじゃないんだ。具体的には通常時の火力不足がネックだ。それこそトリスみたいに攻撃力のあるタイプが仲間に欲しいところだ。他所のパーティーと共闘すればそういったリソースが得られるんだ。悪くないだろうに。


「取り分が減ります」

「……必要経費だ」

「いーえっ! 巨大生物は特別報酬ボーナスが出ます。それを貯めて第二城壁の内側に土地と家を買ってヨウコと幸せに暮らしましょう。それまでは我慢してちまちま巨大生物を狩って貯蓄しましょうよ?」

「共闘することで使命依頼とか取れるようになる予定、なんだが?」

「……ヨウコには旦那様以外とのコミュニケーションは苦痛です♪」

「我慢も仕事のうちです」

「ヨウコには旦那様以外とのコミュニケーションは不要です♪」

「ものは言い様だな」

「いやほんと旦那様以外の連中なんて私はどぉでもいいです。だから稼ぐだけ稼いだらこんな街捨てて私と静かに暮らしましょう? ねぇ?」

「……化けの皮、剥がれてんぞ?」


 暗い瞳でへへ、と笑いだすヨウコを引っ叩く。これはコイツの更生の為にも他所のパーティーとの共闘は必須だな。


「待たせたな。どうも他の団員の所にはお客さんが来たようだ。一緒に来てもらっても大丈夫だろうか?」

「はいっ‼」「……ヤです」

「「「…………」」」

「きつね憑き、いきまーすっ‼」


 空気を察してか遠慮がちに訪ねてきたトリスに俺は元気よく答え、駆け出した。どちらへ向かうべきなのかなんて知らないが走り出す。続いてヨウコ、トリスが駆け出した。

 ギルドは互助会! ギルド構成員ギルメンは仲間! だからメインストリームに居ないハミ出し者の俺たちから歩み寄るべきなんだ!


「うぉぉぉぉっ‼」


 こうして俺たちは市の騎士団の面々と合流、市内のモンスター討伐を果たしたのだった。トリスの良い指揮ありきだけど、やっぱり規模の大きいパーティーでの戦闘は安定していいなと感じた。

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