わたし本山らのちゃんとコラボするって言ったけど実はあれ嘘なんです。
どえらい事をしでかしてしまった。
∞
勉強、部活、委員会にボランティア。学生時代の自由時間全てを犠牲に、私は希望校への推薦入学を勝ち取った。
受験の心配もなくなった高校最後の数ヶ月、それまで封印していた趣味を解禁し、ひたすらラノベを読み漁る。高校時代は空いた時間全てを大学進学の糧に費やした為、三年分の積み本は私へのご褒美だ。元々読書ペースは早かったが、受験対策で身に付けた速読術のおかげで一日数冊、休日などは十数冊のペースで本の山を崩していく。
三年分の山を一月経たず崩し終えた後は、なろうやカクヨムのWeb小説が私を待っていた。まだ書籍化されていない作品たちを次々読み進め、気付けばめぼしい作品は大体読み終わってしまった。
ここで違うジャンルに手を出すか、自分が書き手に回るかが運命の分かれ道だったのだと思う。
私は後者を選んだ。選んでしまったのだ。
三月一日の卒業式後、二週間で書き上げた小説を投稿サイトで公開した。
少女趣味で心優しいが、口下手と目付きの悪さと男装趣味が相まってひたすら周囲に勘違いされてしまう悪役令嬢ストーリー。私が書いた小説は春休みという時期も相まってか、運良く人気が出た。出すぎてしまった。
ジャンル別でデイリー一位、総合でもデイリー十位以内に入ってしまい、完結まで書いていたこともあってか複数の出版社から書籍化の打診が来てしまったのだ。
リアルなシンデレラストーリーに舞い上がった私は二つ返事で書籍化を受け入れ、四月から女子大生ラノベ作家としてデビューしてしまったのだ。
商業デビューしたと言っても、たった一冊本を出しただけ。
高校時代によそ向けの仮面を作ったものの、自由気ままな大学生活が始まると私は元々持っていたオタク気質のコミュ障ぶりを再発させてしまい、なるべく目立たず地味に過ごす生活に安寧を感じていた。
サークルにも入らず、バイトもせず、普通の大学生として過ごしながらラノベを読んだり書いたりする日々は、正直とても楽しかった。だから、きっと油断していたんだと思う。
ある日、爆弾が降ってきた。
「九玲条さんだよね?」
同窓生にペンネームがバレた。
九玲条 亜九矢。悪役令嬢をアナグラムにした私のペンネーム。過去に罹患した完治し難い病により選んでしまったこの名前、Web上では自信と誇りを持って名乗ることができるが、正面向かって同窓生に言われるとダメージが大きいことを初めて知った。
「えー、みおっちの知り合い?」
「うわ地っ味。あ、ごめんね。悪気は無いんだけどー、あたし思ったことすぐ口に出ちゃって」
「ちょっとねー。で、九玲条 亜九矢さんだよね」
声を掛けてきたのは明るい栗色の髪をゆるふわカールにした……名前なんだっけ。みおっちと呼ばれているので、確か、み……、みお……、ダメだ、思い出せない。とりあえずみおっちと呼ぶことにしよう。
派手では無いがセンスのいい服装で、噂では読モとかやっているらしい。交友関係が広く、少しキツめな性格だが、バランスの取り方が上手いのか悪い噂はほとんど聞かない。
そしてとにかく顔がいい。
いつも誰かとつるんで歩いている印象だが、今日は寝ぼけ眼長身ギャルと狐目金髪ショートの取り巻きと一緒らしかった。
いえ、違います。と言って逃げようとしたが、みおっちが鞄から取り出したラノベの表紙を見て固まってしまう。
「あ、その反応。やっぱり九玲条さんなんだ」
曖昧に苦笑いを浮かべ、最期の抵抗として明言は避ける。こうしておけば喉元過ぎた後に「そっちが勝手に勘違いしただけでしょ」と白を切ることもワンチャン。
平静を装っているとみおっちの取り巻き二人が茶々を入れてきた。
「えー、これくれっちが書いたのー?」くれっちって誰だ。
「ウケるー」ウケるな。
なんだこの人をおちょくる事に全ステータスを振ったような奴らは。
反応したくないのについつい青筋を立ててしまいそうになる。こういう連中とも嫌味なく付き合えるのはみおっちのコミュ力の高さ故なのだろうか。
ちらりとみおっちに目線を移すと、人を魅せつける笑みを浮かべて、更に爆弾を放り込んできた。
「私、これ読んであなたのファンになったの。でも、思ったより売れてないんですよね、この本」
笑みを浮かべたまま告げられたその言葉に心が崩れ落ちる。
止めてくれ、その言葉は私に効く。
実際、本が発売されてから数ヶ月経つが、あまり売れているという話は聞いていない。担当編集さんはやんわりと濁してくれるが、大型書店ではすでに店頭で見かけないし、街の本屋さんではそもそも入荷されていないところも多かった。
個人的にはあまり気にしないようにしていたが、こうも正面から事実を突きつけられるとダメージが大きい。
気をしっかり持て、私。眼の前にいるのは敵だ。もう決めた、敵認定。敵の前で弱みをみせてはいけない。
努めて平静を装いながら、険を露わに返答する。
「それが何か?」
「あなたのこと応援したいから、ゼミやサークルの皆にも紹介しようかなと思っていて」
「止めて!」
この女マジか。
少し顔がいいからといって、やっていいこととダメなことがあるだろう。
書籍化デビューしたとは言っても露出はしてないし、大学内で身バレなんて冗談ではない。この女、脅しをかけてくるとは一体何が狙いだ。
もはや敵意を隠すことなく、最大限の警戒心を持ってみおっちを睨みつける。
「あら、宣伝って大事ですよ」
「お構いなく! こっちは担当としっかり戦略考えながらやっているから余計な真似はしないで下さい」
「でも、最近は出版社でも宣伝費ってあまりかけていないんでしょう。私が声を掛けたら少なくとも100冊くらいは売れると思いますよ」
「結構です。近い内に宣伝する予定もありますから」
嘘だ。予定なんて何も無い。
だけど、ここで諦めさせないとこの女は本当にゼミやサークルに本を配り始める。狙いは分からないが、本気で私に執着していることだけは分かる。それに、この女のコミュ力と交友関係の広さを考えると、本気で百冊くらいは営業されかねない。本が売れてくれるのは嬉しいが、身バレと交換となるとちょっと話が違ってくる。
「……へぇ、どんな宣伝するんですか」
私が知りたいわ、そんなの!
とっさに嘘をついても詰将棋のようにどんどん逃げ道が塞がれていく。
少なくとも私一人でもお金をかけずできそうで、この場限りでも彼女を納得させられる宣伝?
そんなのすぐに思いつく訳……。
ふと、最近よく見ているYoutubeのとあるチャンネルを思い出した。
「来週末、いま流行りの本山らのって子とコラボ配信するんです」
「本山らの……?」
「知らないんですか、こういうヤツですよ。そういう訳で、失礼します」
パッとスマホでYoutubeの動画をURLをシェアしてあげて、彼女が画面を見た瞬間に私は逃げ出した。三十六計逃げるに如かずとは、昔の人の教訓は為になるなぁ。
∞
逃げ出した後、少しはアリバイ工作をしようと思い、担当編集さんへ電話をかけることにした。打ち合わせ中に何度か作者自身で宣伝もして欲しいと言われていたが、大学生活で忙しいと何だかんだ理由をつけて先延ばしにしていたのだ。
社会人経験のある大人に相談したらいい案も思い浮かぶかもしれない。
そう思っていたのに、電話がつながった瞬間、事態が悪化した。
「あ、お久しぶりです。実は相談したいことが」
「九玲条さん、水臭いじゃないですかー。もっと早く相談してくれれば」
「え?」
「ツイッターで見ましたよ、本山らのコラボ配信!
いやー、作家さん自身が宣伝営業するのって、最近の風潮だと編集からはお願いしにくかったんですよ。でも、絶対効果あると思いますから。バッチリ宣伝してくださいね!」
「ちょちょちょ、何でそのこと知ってるんですか!?」
「あれ、九玲条さんの仕込みじゃなかったんですか? 読モの女子大生が『同級生の作家さんがVtuberとコラボします』ってツイートがバズったじゃないですか」
「はぁ!?」
「ほら、Vtuberが読モデビューするって話題になったあの雑誌の読モさんですよ」
慌てて電話を切ってすぐにTwitterを開いて検索する。そこには九玲条亜九矢と本山らののコラボ配信を応援する「みおっち」なるアカウントのツイートが三桁リツイートされていた。
いやいやいやいや、何してくれてるのあの人。
不味い。非常に不味い。
せめて人が少なく話題にならない内なら打てる手もあったが、ここまで話が大きくなってしまうと非常に不味い。
(どうするどうしようどうしたらいいの)
なぜ私は止せばいいのにいらない見栄を張ってしまうのか。
中学生の頃もそうだった。当時、絵師に憧れていた私はちょっとした見栄から某神絵師のアカウントを自分だと偽って同級生に自慢してしまったことがある。
ちょっと尊敬の眼差しを浴びて自尊心を満たしたかっただけだ。だけど、どうしても信じようとしない一人の同級生と売り言葉に買い言葉、数日以内にその子が指定したキャラを描いてUPすると言ってしまった。
もちろん私が神絵師並の絵を描けるわけないし、そもそも神絵師のアカウントから絵を公開するなんてできやしない。追い詰められた私はその神絵師に事情を書いたメッセージを送って、指定のキャラを描いて下さいとお願いした。
もちろん断られた。
結局数日後には同級生に嘘がバレて、残りの中学生活は痛い子扱いされて過ごすという暗黒の中学時代を過ごすことになった。今考えると、絵師さんにお願いメッセージを晒されなかっただけとても幸運だったんだろう。
それで懲りた私は誰も知り合いがいない進学校に入学し、高校時代は一切の趣味を封印した。
私は調子に乗ると失敗する。
そう強く心に刻んでいたはずなのに、また同じことを繰り返してしまったのだ。やはり人間は愚かである。
「うぅ、本山らのちゃんとコラボなんて絶対に無理……」
今すぐみおっちに「嘘でしたごめんなさい」と連絡するのが一番だということは分かる。私の恥とプライドを投げ捨てれば簡単だ。そして商業デビューした作家としてもそれが正しい。
恥も外聞も投げ捨てて今からでも本山らの本人に依頼のDMを送ってしまおうかとも思ったが、中学時代のトラウマが送信ボタンを押してくれない。
合理的判断のできないコンコルド効果。少なくとも今この瞬間ピンチになってない以上、未来の損失を見据えた損切りなんてできやしないのだ。
結局、配信予定日になっても本山らのにメッセージを送ることはできなかった。
∞
「こ、こんばんわー。本日はキャスに来てくれてありがとうございます。30分と短い時間ですが、よろしくおねがいします」
コラボ配信当日。
ネットでの盛り上がりを余所に、私は淡々と最低限の情報だけを通知していた。
コラボ配信はツイキャスで行い、アーカイブは残さないこと。ゲストとして「あの人が登場」とだけ書いて、誰が来るのか明記することを避ける。
それでも読モという畑違いのユーザーから発信された本山らのコラボ配信の情報は、ネットで大いに盛り上がっていた。
配信開始直後から、PCの画面上で来場人数を告げるカウントが進む。開始一分ですでに閲覧者は三桁を越えていて、私は心の中で悲鳴を上げた。
人事は尽くした。後はとにかく三十分なんとか誤魔化し続けるしかない。
「えっと、知らない人もいるかもしれないので、改めて自己紹介させてください」
九玲条亜九矢と名乗った後に発売中の作品タイトルを読み上げ、内容の説明を始める。口調ははっきりと、ゆっくり。これで五分は時間が稼げるはずだ。
「えー、それではそろそろ本日のゲストをお呼びしたいと思います。ゲストはあの方、それでは、どうぞー」
ここが勝負所だ。
すかさずPC上に立ち上げておいたボイスチェンジャーの開始ボタンを押し、意識を切り替える。
私は本山らの。バーチャルラノベ読み狐娘youtuberおねえさんの本山らのだ。
「こんばんらのー。今日はよろしくお願いします」
すかさずボイスチェンジャーをOFFにし、九玲条亜九矢に気持ちを切り替える。
「わー、いらっしゃーい。こんばんらのー」
秘技、CV本山らの。
ボイスチェンジャーにて自分の声質を限りなく本山らのちゃんに近づける荒業だ。
まずは耳コピである程度近い声まで近づけて、次に過去の配信動画からサンプリングした本人の声から音声の波形を解析し、自分のボイスチェンジャー後の声と比較する。後はボイスチェンジャーの設定を微調整することで八割、いや九割方本山らのちゃんの声に近づけることができたはずだ。
しかし、いくら似た声をだせるようになったとは言っても不自然さは残ってしまう。そこで本山らのちゃんの喋り方、口癖、イントネーションからテンションの上下まで動画から分析し、喋り方も本人に近づけられるように練習する。
キャス上でも何度も録音・再生を繰り返し、調整した。これならば絶対にボイスチェンジャーだとバレないはずだ。きっとバレないだろう。バレないといいな。お願い、バレないで。
祈るような気持ちでコメント欄を見ると、こんばんらのー、というコメントが並ぶばかり。違和感を指摘するようなコメントは一つもなかった。
「今日はゲスト参加してくれてありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ」
「えーっと、普段は司会進行をよくやっているようですが、今日は私がお呼びしているので、気楽にしてていいですよ」
「わぁ、ありがとうございます」
なるべく本山らのとしての台詞は少なくしたのがよかったようだ。視聴者は誰も真実に気付いていない。
作品の粗筋から、好きなキャラと名場面、そして他の悪役令嬢作品についてCV本山らのに話題を振ってもらい、九玲条として質問に答える。
綿密に練った台本のおかげでここまでは何とかなっているが、少しずつノイズが混じり始めたボイスチェンジャーに不安を感じていた。
今回使っているボイスチェンジャーは素人にも設定がしやすく、ボイスチェンジの入門用となっているが、設定が簡単な分、裏でどういう処理がされているのか全く分からず、微調整もできない。便利で手軽に使える分、細かなカスタマイズができないのだ。
何度か三十分配信の台本を通しで練習している時に気付いたが、このボイスチェンジャーは連続で使い続けると声にノイズが入り始めるという仕様があった。
十数分でノイズが入り始める事もあれば、一時間使い続けても問題ない場合もある。この辺りはどう調整しても直らなかったので、運任せだったのだが、配信から二十分ほど経ったところで問題が発生した。
「それでは、恒例の朗読タイムとなりますが」
「え゛ぇ、朗読あるなんて聞いてなかったですよ゛」
ドキリとした。
力を込めた音にノイズが入り始めている。本山らのと言えば天然の恋声ユーザー。普通なら見逃されがちの違和感も、普段から彼女の配信を見慣れている視聴者たちには大きな違和感となってしまう恐れがある。
固唾を飲んでコメント欄を見ると、案の定荒れ始めていた。
「今の声おかしくね?」、「なんか声がかすれてたような」、「これ本当にらのちゃん?」とCV本山らのを疑い始めるコメントが広がり、小さなボヤは大火へと変わり始める。
アプリを再起動したら直るはずだ。でも起動時に音がなるはずなので、一旦音が聞こえないようにミュート設定をしないといけない。そうしたらより違和感を出してしまう。いや、それよりもコメントの流れをどうにかして変えないと。あ、次の台詞はどこを読むんだったっけ。
混乱は脳の処理能力を削り、キャパシティの不足を生む。
何かしゃべらないといけない。
でも、声が。
声が出ない。
「『助けにきたよ、私のお姫様』」
声がした。
誰もいないはずの真後ろから、奇跡が訪れた。大学進学の為入居した女性専用マンション、セキュリティ万全のはずの一室だが、背後から確かに人の気配を感じる。
PC画面に影を伸ばして、本山らのの、声がした。
「あれ、九玲条先生。とまっちゃってますよ」
「あ、ご、ごめんなさい」
振り向くことも忘れ、作品の朗読を続ける。私が地の文と悪役霊場の台詞を読み上げ、本山らのの声が男装の麗人であるヒロインの台詞を読み上げる。
物語はクライマックス。
一人戦火に身を投じようとしていた主人公を、対立してばかりだったヒロインが止めるシーン。ここで今までヒーローだった悪役令嬢が、一気にヒロインへと変わるのだ。
それはまるで主役の交代劇。
「『あなたはいつも無茶ばかりするから、放っておけなかったのさ』」
男装のヒロインの台詞で朗読が終わる。
荒れ始めていたコメント欄は「888888888」と拍手するコメントが流れ、偽山らの疑惑はいつの間にか払拭されていた。
「それでは、お時間となりました。見に来てくれた方、ありがとうございました」
「九玲条先生もお疲れ様でした。さよならのー」
そしてキャス配信の停止ボタンを押す。
目で終えないほどのスピードで文字が流れ続けるコメント欄は、「さよならのー」の文字で埋め尽くされていた。
(乗り切った)
全身の力が抜けて椅子に全体重を預ける。
早鐘を打っていた心臓はゆっくりと落ち着きを取り戻し、肺の奥から溢れた空気が「はぁ~~~」と大きな溜息をつく。頭からずり落ちたヘッドホンがストンと首にかかり、汗と熱気がこもった耳孔に触れる冷たい空気が心地いい。
ゆっくりと振り返るが、そこには誰も立っていない。
放送中、後ろから聞こえたあの声は一体何だったのか。本物のらのちゃんが忍者の如く現れたのか。それとも文字通り狐にでも化かされたのか。
もしあの声が本物のらのちゃんだったとしたら。
「どうして、私なんか助けてくれたんだろう」
思わずひとりごちる。
嘘八百でコラボを宣言、本人に無許可で企画を進め、あまつさえ本人を騙ろうとまでした相手だ。私が被害者だとしたら絶対に許さない自信がある。
その時、ポーンとメールが届く音がした。
マシュマロが届いたことをお知らせするメールからリンクを開くと、ただ一言、泣きそうになるような言葉が書かれていた。
『本山らのは、全てのラノベ作家の味方なのです』
∞
週明け、大学の講義を終えて帰ろうとしたところでみおっちとばったり遭遇した。
今日は誰ともつるんでおらず、ムスッとした表情からどことなく機嫌の悪そうな雰囲気を感じた。
「九玲条さん、先週は配信お疲れ様でした」
彼女は不機嫌そうな顔つきのままそう労ってきた。すべての発端はこの女が身バレを盾に脅してきたことが始まりだったが、未だに何が目的だったのかが分からない。
警戒心を強めて「はぁ、ありがとうございます?」と少し嫌味っぽく答えると、彼女はわずかに唇を噛み、私を手を引いて近くの物陰まで引っ張った。
そして壁を背に片手で逃げ道を塞がれ、凄い顔で睨まれる。
え、何これ。壁ドン?
「九玲条さんは、あの本山って娘と仲良いんですか?」
「いや、あの配信で初めて会話したくらいだけど」
「あの人もなかなかの理解力でしたけど、クレイは主人公のことを最初から好きになっていたと思うんですよ。だから『いつも無茶ばかり』って台詞はもっと溜めを作って、慈しむような感じで言うべきだったと思うんですよね。あとクレイが主人公のことを意識したのは2章からだと思うので、3章からって意見にはちょっと反論したいと配信聞きながらずっと思っていたんですけど、その辺り配信中は触れていませんでしたよね。どう思います?」
「は?」
彼女が何を言っているのか分からなかったが、洪水のように浴びせられた単語を一つずつ理解していくと、どうやら私の本を読んだ感想らしい。しかも読み込み具合が半端じゃない。
そういえば、一緒にいた二人組の所為で勘違いしていたけど、彼女だけは最初から最後まで作品を馬鹿にしたような態度は取っていなかった、はず。
洗髪料と香水と汗と興奮の混じり合った匂いに包囲されつつ、なんとか気を取り直して質問を返す。
「あの、もしかして、本当にただの好意で私の本を周りに勧めようとしてくれていたの?」
「え、もちろんですけど」
彼女はぽかんとした表情でけろりとそう答えた。
何ということだろう。同じ女子なのに、ここまで文化が違うとは思わなかった。彼女に取って自分がいいと思ったものを周りに勧めるのは当たり前のことなのだ。そこに世間一般の評価など関係ない。
何という勘違い製造機。
そう理解した瞬間、親の仇にすら見えていた彼女が途端に可愛く感じてしまった。
「えーっと、ここでは何だから、どこかお店にでも入って話す?」
「望むところです。今日は納得のいく答え聞くまで帰しませんよ」
春休みも近い大学の構内を、顔のいい女が地味目な女を近くの喫茶店まで引っ張っていく。
丸眼鏡をかけた黒髪ロングの女子大生が、そんな2人をクスクス笑いながら遠目に眺めていた
日は中天、時計の針は頂点に重なり、霞雲。
スマホから流れる音楽を聞きながらタブレットで電子書籍に指を這わせ、今日もラノベ界隈をお狐さまがみてる。
すべて、世は事もなし。
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