電波ちゃんと本山らのちゃんとリイエルちゃんがいちゃいちゃしてるだけの話(蝋人形MIX)


「でーん、でんでん、電波ちゃーん。でんでん電波ちゃーん」



 どこまでも続く白い世界で、ゴスロリ服の少女が上機嫌で歌っていた。

 膝上30cmのミニスカートにフリルの付いた前掛け。肩を大きく露出したキャミソールは、へそ上までのピンクと胸元だけを覆う黒の2層になっている。二の腕には胸元と同じ位置に黒のフリル、手首には白のフリル。腿まで伸びる黒い髪はウサギ模様のリボンでツインテールとなっている。少女はふらふら左右に揺れながら、目の前の少女を笑顔で見つめた。



「ねぇ、らのちゃん。そろそろ言うこと聞く気になった?」


「お願い、もうこんなことは止めて。電波ちゃん」



 電波ちゃんと呼ばれた少女が見つめる先、椅子の上にバーチャルラノベ読みVtuberの本山らのが座っていた。肩開きの黒い和服にトレードマークの丸縁メガネ。日本人形のようなおかっぱの頭には狐耳とアホ毛がピョコンと生えており、彼女が狐であることを主張している。両手は椅子の後ろで縛られており、両足も片方ずつ椅子に縛り付けらており、彼女を自由を奪うという強い意志がそこにはあった。



「あれー。私が聞きたいのはそんな言葉じゃないよ」


「何でこんなことを……。いったいどうしちゃったの」



 2人はお互いにコラボ配信もしたことのある仲だ。9月にも、11月にも、過去2回とも仲良くやっていた。少なくとも狐の少女はそう思っていた。



「だって、らのちゃんが悪いんだよ。私のこと好きだって言ってくれたのに、ラノベ作家のせんせーたちと配信ばっかり。たまに2人で遊ぶときも、いつも本ばっかり読んでて、私のことなんて見てくれない」


「それは、その」



 本山らのにとってラノベを読むことは人格証明アイデンティティで、存在理由レゾンデートルそのものだ。読まない狐はただのフォックス。それでも、彼女は彼女なりにちゃんと友達として接してきたつもりだった。

 本山らのの知る電波ちゃんは、引きこもりで、とっても元気で、プリチャンが好きで、意外と読書家で、一緒に話していて楽しい、そんな仲のいい女の子だった。好きなものに精一杯の、とても普通の女の子だった。



「電波ちゃんね、気付いちゃったんだ。私はいまこうして自由にしてるけど、ママの気分次第で、いつでも前いた場所に戻されちゃうって」


「前いた場所?」


「知ってる?

 電波ちゃんねー、Vtuber始めるまで8年間もひとりぼっちで引きこもってたの。分かるかな。ずっとね、ひとりぼっちだったんだよ。

 晴れの日も雨の日も曇りも雷雨も台風もはるなつあきふゆ春夏秋冬朝昼夕晩エブリディオールタイムずっとずぅーっっとママを呼んでも何を叫んでも誰も気付いてくれない助けてくれないそうだよねだれも気付いてくれるわけないよねゆーちゅーぶもついったーもなにもなかったんだからあたりまえだよねあははそんなことにもきづかなかったのでもねでんぱちゃんきづいちゃったのついったーはじめてぶいちゅーばーはじめてみんなにしってもらってみんなとこらぼしてわたしをみてもらってにんしきしてもらってあいされてあいされてあいされてあいされてあいされてあいされてあいされてあいされてあいされてあいされてあいされてあいされてあいされてやっとわかったの」



 タガが外れたように語りだした少女は、そこで言葉を止めた。狐の少女から初めて視線を外し、後ろを向いてしゃがみ込む。電波ちゃんとの会話を止めてはいけない、と直感的に悟った狐の少女は、慎重に言葉を返した。



「何が、分かったの」


「食べちゃえばいいんだ、って。食べちゃえばいいんだよ。そしたらずっと一緒でしょ。なんでそこに気付かなかったかな。電波ちゃんってば、お馬鹿さん」


「……っ! 電波ちゃん、目を覚まして!」



 本山らのの叫びをよそに、電波ちゃんは床から持ち上げたチェンソーのエンジンを起動した。

 スイッチ一つで熱を帯びたエンジンは、僅か0.53Lの燃料を動力に変換し、幅8.26mm厚さ1.5mmのカッターが毎分3,200回転のスピードでガイドバーを駆け回る。狼の唸りにも似た騒音を構えた細腕の少女は、満面の笑みで凶器を振りかぶった。



「ねぇ、私の蝋人形おともだちになってくれる?」





                    ∞





「そこまでよ!」


 白い空間を引き裂いて銀髪の女性が現れた。へそ出しルックのホットパンツに薄紫のジャージを羽織り、白銀に輝く頭部には本山らのと同じ狐耳。あちらが稲荷狐ならこちらはギンギツネといった風情で、バランスの取れた長身痩躯は映画の俳優かモデルを思わせる。右手には三角持ち手のスコップが握られており、その切っ先は薄い煙が立ち上っていた。

 狐と狐とゴスロリ少女。

 異様といえば異様な光景。ましてや、一人はアイドリング中のチェンソーを構えており、一人はスコップを肩に担いで、最後の一人は椅子に縛り付けられている。事情を知らない人が見たらこれから犯罪を行う犯行現場としか思えないだろう。



「リイエルさん!」


「やっとこの場所を突き止めたわ。遅くなってごめんなさい、らのちゃん」



 リイエルが異常に気付いた切っ掛けはちょっとしたことだった。ラノベの新刊情報が発表されたのに本山らのが反応していなかったのだ。数時間程度ならまだ理解できる。だが、日をまたいでも反応しないのは普段の本山らのを知る者たちにとっては異常事態だった。すぐに調査部隊が発足し、夜を徹しての捜索活動が行われた結果、居場所を特定するに至った。


 しかし、そこで問題が発生。本山らのが捕らわれてると思しき空間に誰もアクセスできないのだ。その空間は確かに存在しているが、外部からの侵入手段がどこにも存在せず、電脳空間に有りながらスタンドアロンの如く電波の孤島としてそびえ立つ。

 誰もが諦めかけた時、リイエルは自ら救出作戦の実行部隊に志願した。



「私の発掘作業スコッパーなら、きっとあの空間にも道を拓くことができるはずです」



 確証はなかった。自信もなかった。だが、友人を救いたいという気持ちは本物だった。その気持こそが、この場所への道を確かに掘り拓いたのだ。



「リイエルちゃんも邪魔するの?」


「電波ちゃん。お願い、戦いたくはないの。武器を、降ろして」



 リイエルは努めて冷静でいることを心掛けていたが、それでも電波ちゃんの変貌が信じられなかった。屈託ない笑顔でゲームを楽しむ彼女を、どこか妹のように感じてもいた。しかし、同じ顔の少女が今ではチェンソーを構えて仁王立つ。まるで悪い夢のようだ。



「戦うって、何のこと? 電波ちゃんはねー、お友達を増やそうとしているだけだよ」


「友人を作るのにチェンソーはいらないよ」


「必要だよ。だって、斬って、刻んで、食べたあとに蝋人形にしちゃって、それでようやくお友達は本当のお友達になるんだよ?」


「そんなの友人じゃない!」



 何が彼女をここまで追い詰めたのか。それともこれが彼女の本質だったとでも言うのだろうか。

 リイエルはこみ上げる吐き気を必死で押さえ、なんとかこの場を収める手段はないか思案する。



 (電波ちゃんとらのちゃんの距離が近すぎる。まずは私に注意を引きつけて、2人の距離を開かせる。後はチェンソーをどうにかしないといけない。話し合うにしても押さえつけるにしても、武器があると不意の事態が起きかねない。となると……)



「電波ちゃん。お願い、まずは話し合いましょう。チェンソーを床に置いて、こっちに来て」


「もー、仕方ないなぁ」



 斬撃は突然だった。

 チェンソーを床に下ろす素振りをして前傾姿勢になった直後、チェンソーを軸に電波ちゃんは逆立ちするかのように前方方向へ踏み切り、遠心力を利用して大上段からチェンソーを振り下ろした。



「くっ」


「おっとと。あれ、外れちゃった」


「電波ちゃん、どうして……!!」


「んー、もー、リイエルちゃんうるさい。リイエルちゃんも蝋人形にしてあげる。そしたら、いつでも一緒だよ」



 チェンソーが一際大きく唸りを上げる。通常なら5kg近い重量を持つチェンソーだが、電波ちゃんは平然とした顔で縦に横にと振り回していた。



(避けきれないっ)



 リイエルは思わずスコップでチェンソーの刃を受けるが、獲物を噛んだ獣はギャリギャリと回転数を上げ、木製の柄を食い千切ろうと押し迫る。二合、三合と数度刃を受けただけで、リイエルの持つスコップはボロボロになっていた。



「ほらほら、早くお友達になろうよ」



 電波ちゃん渾身の一撃。ちょん避けグレイズもできない正中線。けたたましい破砕音が鳴り響き、チェンソーが削り斬った破片を空に散らす。それは、薄紫の布の破片だった。



「なに、これ」


「特殊防刃ジャケット『TYPE-NA_LOW』。これでも私、危険な旅を続けてきた身だからね」


 リイエルはアウターのジャケットをチェンソーに絡ませ、その動きを停止させていた。通常なら衣服など簡単に引き裂くはずの回転刃はかみ合わせが悪くなったチャックの如く、防刃布を噛んで巻き込み、自ら動きを止める形となっていた。

 呆然とする電波ちゃんを見て好機を悟ったリイエルは、すかさずゴスロリ少女を後ろ手に掴み、床に押し倒した。



「どうして、どうして邪魔するの! 私はただお友達が欲しかっただけなのに!!」


「落ち着いて、電波ちゃん。冷静になって話し合いましょう。お願い、悪いようにはしないから」


「電波ちゃんは……、このままじゃひとりぼっちになっちゃう。一人はいや。お友達が、お友達がいないと、わたしは!」


「私がいるっ!」



 それは意図した行動ではなかった。

 考える間もなく、ただそうしなければいけないと体が勝手に動いていた。

 リイエルは押さえつけていた拘束を解き、背中から電波ちゃんを抱きしめていた。



「リイエルちゃん?」


「大丈夫、私がいる。私だけじゃない。らのちゃんもいる。よかとちゃんも、しろんちゃんもいる。電波ちゃんは一人なんかじゃない」


「でも、でも」


「私はお姉さんだから、厳しいことも言わないといけない。現実的に、いつかみんなとお別れして、一人になってしまう時がくるかもしれない」


「やっぱり……」


「それでも! 隣りにいたことは忘れない。なくならない。電波ちゃんは何で引きこもりをやめたの。Vtuberを始めたの。その時の気持ちを思い出して。そうすれば。そうすれば、きっと分かるはず」


「何が、分かるの」


「寂しいことなんて、何もないってことがだよ」



 それ以上の言葉はいらなかった。電波ちゃんはリイエルの胸に顔を埋めて、子どものように泣きじゃくった。





                    ∞





 本山らのはくノ一だ。いざとなれば変わり身の術で拘束から逃げ出すことは簡単だった。

 だが、こんな状態の友人を放ってはおけない、という想いからおとなしく縛られていたのだが、同じラノベ読みの友人が見事場を収めてくれた。これで電波ちゃんも落ち着くだろう。これからも彼女に友達は増えていく。ねこまねねこちゃんとのコラボする予定みたいだし、人と関わる内に彼女の世界も少しずつ広がっていくだろう。



(嬉しい反面、ちょっと寂しいと思ってしまうなんて、私も電波ちゃんのことをとやかく言えませんね)



 少しだけズキリと痛む胸の疼きを抑え、いい加減拘束を解こうとしたところで、リイエルと電波ちゃんの横に立つ人影に気が付いた。肩袖の開いた黒い和服。丸縁メガネに星の輝く両の碧眼。そして頭には、狐耳。



「浮気かな~?」



 そこに、自分ではない自分がいた。片手に1,160ページを超える分厚い凶器ライトノベルを構え、電波ちゃんを介抱するリイエルの頭上目掛けて重いきつねムーヴをかまそうとしていた。



「リイエルちゃん、逃げてっ!」


「らのちゃんっ!? えっ、何で!?」


 間一髪、ライトノベルのヘビーな一撃をギリギリ避けたリイエルは、2人の本山らのを見て混乱した。



「らのちゃん、いつの間に影分身を」


「違います! それは私じゃありません! あぁ、でもどこからどう見ても私自身だ」



 事態は加速する。あまりにも馬鹿げた方向へ、脇目も振らずに流れていく。波に乗せられた3人の都合などお構いなしに。



「浮気かな~」


「でーんでんでん電波ちゃーん」


「仲良し、ナカヨシ」


「おはらのー」


「かしこまっ!」


「はい電波ちゃんでーす」


「橋建設しようかな」





 白い空間に次々と本山らのが現れた。本山らのだけではない、電波ちゃんも、リイエルも、その他にもたくさんの人影がどこからともなく溢れ出て、3人を囲んでいく。



「らのちゃん、これ何ですか!?」


「わわわ私に聞かれても」


「ごめんなさい、これ……私のせいかも」


「どういうこと?」


「私の能力、……蝋人形イマジナリフレンドは、その名の通り私のお友達を創造する力。この空間内じゃないと使えない代わり、ここの中なら何回でも、何人でもお友達を呼ぶことができちゃうの」


「なるほど、そういうことね」



 拘束を解かれた本山らのとリイエル、電波ちゃんは背中合わせで周囲の蝋人形を牽制しながら、状況を分析する。既に蝋人形は100体近くまで増えており、少しずつだが包囲網を狭めてくる。ところどころで蝋人形同士が戦っているところを見るに、どうやら知能はあまり高くないようだ。



「リイエルちゃん、ここに来た時の技は使える?」


「使える。けど、ちょっと厳しいかな。集中する時間が必要だし、もし成功してもそこから蝋人形たちが外の世界に出てきたら、ちょっと危険かも」


「確かに」


「ごめんなさい。わたしが、わたしのせいでこんな……」



 2人はまた涙目になった電波ちゃんを抱きしめ、力強く宣言した。

 これ以上この娘を悲しませまいと決意を込めて。これからこの娘を笑顔にするという願いを込めて。


「何言ってるの、電波ちゃん。こういう格言、知らないの?」


「恋する女の子はね、無敵なの!」

 

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