Vtuberの短編まとめ

FDorHR

本山らのちゃんと愚か視聴者


「おはらの! 本山らのと申します。ライトノベルが好きで、その魅力をたくさんの人に伝えたい、と思って、バーチャルYouTuberを始めました。このチャンネルでは、私がおすすめしたい! 好きだ! と思ったライトノベルの紹介の動画を中心に投稿していきます」



 彼女のことを知ったのは偶然だった。

 デビューして数年。あれだけ夢見た作家デビューも、叶えてしまえば過去の思い出。

 売れない新刊、通らない企画。

 人付き合いの苦手な自分は愚痴を言う友人もいない。いや、仕事仲間なんていないほうがいいのかもしれない。もしそいつが俺より人気が出てしまったら、きっと許せはしないだろう。

 酒と煙草の量が増え始めた頃、日課のエゴサーチをしていると、ツイッターで妙なアカウントを見つけた。

 

 

『ライトノベルが好きなバーチャルYouTuberです』

 

 

 3Dのアニメキャラクターをアイコンにした、謎のアカウント。

 YouTuberというものは知っていた。ネットで動画を投稿して金を稼ぐ連中だ。だがバーチャルとはどういうことだろう。

 どうせ原稿を前にしても何も思い浮かばない。気付けば彼女の動画を再生していた。

 

 

「はじめまして、本山らのと申します」

 

 

 パソコンの画面に、黒髪の和服少女が現れた。大きな丸縁メガネに星が輝く両の碧眼。腰につけた狐面と、頭の上には狐耳。



「はは、属性盛りすぎだろ」



 こんなキャラクター、自分の小説ならプロット段階でアウトだ。担当はキャラだ萌えだと言ってくるが、そうじゃないだろ。大事なのは設定とストーリー展開だろ。担当も、読者も、どいつもこいつも分かっちゃいない。

 この女だってそうだ。バーチャルラノベ読みYouTuber?

 どうせ、よくある素人の書評ブログを動画でやるだけだろう。こんな、アニメ化してない作者を煽るようなこと言いやがって。



 そうだよ。お前の言う通りだよ。この業界、新人なんて掃いて捨てるほどやってくる。売れない作品は、打ち切りになって、淘汰されるだけ。お前みたいな小娘がどうこうできる問題じゃないんだよ。

 いや、担当編集ですら宣伝をしてくれないこのご時世だ。たった1人でも、こんなことをしてくれる人がいるのは、まだ救いか。どうせ、すぐに飽きていなくなるだろうが、俺だけでもお前を肯定してやるよ。

 チャンネル登録、ってどうすればいいんだ?

 


                    ∞

 

 

 新刊はまた売れなかった。

 今のシリーズも次はないかもしれない。打ち合わせをした担当はずっと目を泳がせていた。あれは編集長からなにか言われてるのかもしれない。作家だって馬鹿じゃない。人の顔色くらい伺えるんだよ。

 引導を渡すならさっさとしてほしい。



 そういえば、あのキャラはどうなったのだろう。結局、チャンネルだけ登録して、その後一度も動画サイトは開いていない。もって一ヶ月、早ければ俺が見た動画が最初で最後の投稿ってところだろう。

 ものを作るってのは辛い行為だ。何も知らずに作り始めたころはいい。一度でも広い世界を知ってえしまえば、オリジナリティなんてどこにもないと気付く。そして、頭を捻りに捻って、絞って、絞って、絞って、ようやく出てきた絞りカスをなんとか水で薄める、クソみたいな作業を繰り返すだけだ。そんなのに、流行りに乗っかっただけの女が耐えられるわけがない。



 ネットに繋ぐと、そこには五十本以上の動画を公開している少女がいた。思わず動きが止まり、吸いかけのタバコを床に落とす。

 一桁だったチャンネル登録数は四桁に増え、途中の動画から立ち絵やサムネイルの画像も新しくなっている。

 そして、朗読会と銘打たれた動画で、現役の作家と一緒になって笑っていた。



「な、何があったんだ」



 動画を順番に開いていく。ラノベの紹介、ラノベの紹介、応援動画。動画だけでは分からない。ツイッターを一つ一つ追っていき、情報サイトのデータを漁る。

 そして悟る。



 彼女は。

 本山らのという女は。

 特別なことなんてなにもしていない。

 ただ、当たり前のように努力して、努力が実っただけなのだ。たとえ一人でも、誰も見ていなかったとしても、好きなものを応援し続けただけなのだ。



 「何だよ、それ」



 実際のところ、この感情が嫉妬なのか劣等感なのかは分からない。ただ、一つの目標ができた。

 本山らのに自分の存在を知らしめること。彼女が自分の本をおすすめと紹介して、朗読会とやらに呼びつけること。それだけが、このイライラとした感情をどうにかしてくれるはずだ。

 

 

                    ∞

 

 

 「先生、最近調子いいですね」



 打ち合わせ中の担当からそんな言葉を聞いたのは初めてだった。

 あれから一年。担当から打ち切りを告げられた打ち合わせで、三本の企画を提案した。翌週、全ボツを言い渡された打ち合わせで十本の企画をぶちまけた。

 担当の驚く顔をよそに、俺はひたすら書き続けた。ネタになるなら何でも読んだ。馬鹿にしてたキャラ小説とやらも読んでみた。何が面白いか分からなかった日常系とやらも読み込んだ。できることは何でもやった。



 全ては本山らのに認められるため。

 動画は全て見ているし、ラノベに関係無さそうなコラボ配信も全部見る。ただ、一度もコメントしたことはなかった。ツイッターでも作家用のアカウントではフォローしなかった。

 面白い作品を書いて、彼女がそれを読んでくれる。それが最初の出会いでなければいけなかった。



 俺が彼女のファンなのではない。彼女が俺のファンになってくれないといけないのだ。

 自分は作家。

 彼女は読者。

 読者の1人や2人、振り向かせることができなくて何が作家だ。

 そうして書いた企画の幾つかは形となり、本になった。だが、彼女の紹介動画にはまだ選ばれていない。まだだ。まだ、足りない。



「そういえば、先生は本山らのちゃんって知ってます?」



 担当の言葉にどきりとした。



「何だって?」


「本山らのちゃんですよ。Vtuberの……、って分からないですよね。ネットアイドルみたい存在なんですけど」



 彼女がネットアイドルだと?

 ダメだこの担当、何も分かっていない。怒りを込めて睨みつけると、担当は慌てて手を振り言い訳を始めた。



「いや、先生がそういうの嫌いなのは知ってますが。あの、話すとちょっと長いんですが、その本山らのちゃんって娘は、ネット上でラノベの紹介とか、作家さんとの対談とかをやっている娘なんですよ」



 それくらい知っている。彼女とのコラボが切っ掛けで有名になった作家ももはや珍しくはない。新人作家や編集の間では登竜門呼ばわりされているが、そんなのただの結果だ。呼ばれた奴らの作品が面白かっただけだ。

 らのちゃんはただのきっかけに過ぎない。だけど、そのきっかけをくれることこそが彼女の魅力だというのに。



「実は知り合いの編集が担当してる作家さんが、次回の対談のゲストになったんです」



 おい、らのちゃんが告知してない情報を外部に漏らすんじゃない。こいつのコンプライアンスはどうなっているんだ、全く。



「それで、その次の対談相手がまだ決まってないみたいで、先生とか、どうかな、なーんて思いまして」



 コーヒーを飲もうとしたところで、思わず動きが止まった。

 彼女と対談?

 俺が?



「先生が宣伝営業とか、露出するの嫌いは知ってますけど、今出てるシリーズも評判いいし、ここでバーンと顔を売っておきたいんですよ。大丈夫、Vtuberのゲストなので、マイク使って喋るだけで顔は出ません。なんならボイスチェンジャー使ってもアリです。いまはそういうのも視聴者は受け入れているんで!」



 それはそうだろう。俺は絵なんて描けないが、会社に許可を貰って新シリーズのヒロイン絵でも顔アイコンに使えばゲストの作家はそれでいい。問題は声質だが、地声は酒と煙草でだいぶ焼けているので、らのちゃんの声質にはあまり合わない。恋声とまでは言わないが、ボイスチェンジャーは必要だろう。



「その編集と同窓なんで、仲良いんですよ。飯でも奢れば顔つなぎくらいはしてくれると思いますし」


「ダメだ」


「……先生?」


「雑誌のインタビューでも店舗特典の掌編でもやってやる。だが、こちらから頭を下げて動画に出ることだけは拒否する」



 違う。

 俺と彼女のファーストコンタクトが、そんなもんであっていいはずがない。

 俺は作家、彼女は読者。あくまで俺が書いた作品を彼女が読んで、彼女からアプローチしてくれなければ意味がない。

 結局、その話は流れてしまい、俺と本山らのが出会うことはなかった。

 


                    ∞

 

 

「こんばんらの! 配信見にきてくれて、ありがらのだよ」



 彼女を知ってから三年以上。

 未だに彼女に作品を紹介してもらえたことは無いが、抱えてるシリーズは3本に増え、どれも好調。彼女が俺の作品を読むのも時間の問題だろう。



 今日は久しぶりの生配信だ。重大発表と事前告知がされていたが、ついにどこかの出版社に専属として所属することになるのだろうか。いや、いつも予想の斜め上をいく彼女のことだ。アニメ化や映画化と言われても驚きはしない。



「ではでは、重大発表です! 勿体ぶっても仕方ないのでスパっと言っちゃいます。わたし、本山らのはー……、普通の女子大生に戻ることになりました」



 チャット欄に驚きの言葉が流れていく。

 いや。

 おい。

 待て。

 いま、なんて?



「活動を始めた頃から言ってきましたが、私はバーチャル活動にいつか限界がくると思っていました。実は既にとある企業様に内定も頂きまして、今後のことを真剣に考えてみたんです。

 私がVtuberになった時、ラノベ読みVtuberなんてほとんどいませんでした。でも、あれから数年。今はレーベル毎にラノベ読みVtuberが出てきましたし、何ならゼロ年代ラノベ読みVtuberなんて方まで登場しました。

 ラノベ業界を盛り上げたい、そんな私の夢は、第2第3の本山らのちゃん達が担ってくれることでしょう。

 皆さん、今まで、本当にありがとうございました!」



 卒業ギリギリまでは活動続けますけどね、という彼女の言葉が頭に入らない。何だこれは。何が起こっているんだ。

 ふとチャット欄を見ると、悲しみや応援の波にまぎれて、「こういうことか」というコメントと共に一つのURLが貼られていた。

 アドレスからツイッターのものだ。呆然としながら、そのリンクを開く。

 


『真面目な話、私がVtuber続けられる期間には限界がある(狐も就職したらバーチャルやってられないと思う)ので第2第3の本山らのを待ってます』


『逆に言うとこれから3年はしっかりやるつもりです

チャンネル登録者数とかではなく継続を目標に頑張ります』

 


 俺は知っている。

 このツイートを知っている。

 知っているさ、彼女のことは、何でも知っている。知らないことなんてない。あと少しで、彼女は俺の作品を読んでくれるんだ。そして、感想動画を投稿して、読書会に呼んでくれて。

 そして、俺は、本山らのちゃんに、自己紹介を、名前を、言って、昔から、見てました、……よ、……って。

 

 

「今日は配信を見にきてくれてありがとうございました。さよならのー」

 

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