だから私は本山らのちゃんに話しかけたいというわけじゃないんです!
「それでは、さよならのー。おつなろー」
「おつなろー📲」
PC画面から獣耳少女の2人が姿を消す。これで4日連続のコラボ配信全てが終わった。
私は胸いっぱいに息を吸い込み、過去最高のクソデカ溜息をついて悶え転がった。
「はぁ~~~~~~~~~~~~、てぇてぇ」
∞
本山らの。もうすぐ19歳。2018年の5月からラノベ読みVtuberとしてデビューした丸眼鏡狐娘巫女くノ一JDです。
私が彼女を知ったのは2018年も暮れの頃、とあるラノベを買ったのが切っ掛けでした。
主役であることを目指す少年と脇役に徹したい少女の恋愛模様を描いた内容が性癖にクリーンヒットしたので、読み終わった後はすぐネットで感想を読み漁りました。その時、その本をYoutubeで紹介している動画を見つけたんです。
「こんばんらの。皆様、見えてますか?」
それまでVtuberという世界を知らなかった私はすぐ沼にハマってしまいました。元々ラノベは好きだし、人の感想を読むことも好きです。でも、一番の理由はそこじゃありません。
だって、こんなに可愛い女の子が他の可愛い女の子と百合百合してるなんて、最の高じゃないですか!
いいですか一口に百合と言ってもプラトニックであることを至上とするものからいやそこに肉体関係が含まれてもいいじゃないかという論調も最近は増えてきていますがそこに突っ込むと話が長くなるのでとりあえず横に置いといて私にとって百合とは人生を救ってくれたものであり尊ぶべき概念なのでありましてあれは中学の頃だったでしょうか『魍魎の匣』という小説を読んでしまいましてそれまで少女漫画を読んでよく「ライバルが主人公のよさに気付いて仲良くなる展開好きだな」と思っていた感情に「百合」という名前をつけることができました本当にありがとうございますというべき出会いがあったのですがそれ以降いわゆる耽美系に近い百合作品ばかりを読み漁り流石にジャンルを掘り尽くしたかなと思ったところで『ゆるゆり』という作品との衝撃的な出会いが「こんなゆるい百合が存在してよかったのか」と私の性癖を更に広げる結果になった次第であるのですがこのVtuber界隈ときたら美少女アバターたちがキャッキャウフフと戯れながらも自ら百合営業しているじゃないですか何だここは天国か楽園かと浮かれてしまうのも仕方がないというものでして。
失礼、取り乱しました。
ともあれ、私は本山らのさんの百合百合しい雰囲気に惚れてしまったのです。特に今週は最高でした。
金曜日は海波月イサナさんとのホラーゲーム配信。あまりの恐怖に昇天してしまったイサナさんの代わりに場を繋ぐため癒されトークを始めた時はあまりの可愛さに私も昇天してしまうかと思いました。「↓この辺にらのちゃん」の文字下で耳をピコピコ動かしながらあたふたするらのちゃん、はぁ~最高かよ。
土曜日はふじゅ先輩とのラノベ雑談配信。好きなものについて語る女の子って何でこんなに可愛いんでしょうね。え、バ美肉だから百合じゃない? あなたがそう思うならそうなのかもしれませんが、私の魂がこれは百合だと叫んでいるので問題ありません。
日曜日は軽野鈴さんとのガールズトーク。まさかここに来て年下の先輩、年上の後輩概念をぶち込んでくるとは思いませんでした。年下のらのちゃんに憧れてVtuberデビューした年上後輩軽野鈴ちゃんとか全私得すぎるんですけど。
そして祝日である月曜日はなろう系VtuberのリイエルさんとWeb小説語りコラボ。巫女服に眼鏡で登場したリイエルさんとらのちゃんが並ぶと、もう格闘ゲームで1P2P両方好きなキャラが並んだようで、とても目が幸せでした。
怒涛のコラボウィークエンドが終わり、自然と湧き出てきた鼻血を押さえながらツイッターを見ると、黒髪ロングのメイド服ことVtuber電波ちゃんとまた百合営業しているじゃないですか。
「はぁ~~~~~~~~~~~~、てぇてぇ」
正気を保てる許容量を越える程の尊さに私はそのままベッドに倒れ込み、小一時間ほどごろごろと身悶えしていました。
∞
『今日の配信も面白かったです。またコラボウィークやって下さい! 期待しています!』
ツイッターのコメント欄にそう書き込んで、リプライを送らずコメントを消しました。
彼女を知って一月は経ちましたが、私は一度もコメントを送ったことがありません。動画でコメントしたことも、ツイッターでリプライを送ったことも、恐れ多くて一度もありません。
ツイッターはフォローしているし、Youtubeチャンネルももちろん登録しています。動画は全て見たしグッドボタンを押して、他のVtuberとツイッターで百合絡みしていると即座に「いいね!」。もちろん配信予告はすぐさまRTします。でも直接コメントを送ることだけはずっと避けていました。
私は本山らのという存在が好きなのであって、友だちになりたいとか、私という存在を認知してもらいたいとか、そういう気持ちがあるわけじゃないんです。一ファンとして草葉の陰から応援して、可能なら彼女の部屋の壁になって彼女を見守り続けたいだけなんです。
と、自分に言い訳していますが、正直に告白すると怖いだけ。
もしリプライを送って返事がなかったらどうしよう。もしコメントして「変な人」と思われたらどうしよう。
勇気を出して挨拶をしようと思っても、そういう不安が湧き上がってしまい、悩んだ末にコメントを消してしまう。考えすぎだとは思いますが、どうしても一抹の不安を拭えないんです。
私がまだ学生だった時、とても好きな作者さんがいました。
とある少年漫画の二次創作をしている人で、主人公に選ばれなかったヒロイン同士が恋愛関係になる話を書いていました。好きな人と付き合えなかった悲痛、同じ痛みを持ったヒロイン同士の関係性は私の性癖にクリーンヒットし、気がつけば400字詰原稿用紙50枚くらいの感想を作者さんのメールへ送りつけ、即日全てのSNS上でブロックされました。
今でこそ自分の奇行に頭を抱えてしまいますが、当時はそうせずにいられなかったんです。
好きだから伝えたい。好きだからこそ伝えたい。
その結果、私は二度とその作者さんの作品を読むことができなくなるという悲しい現実と向き合うことになったのです。
∞
昔のことを思い出して気分が沈んでしまったので、気分転換しようと思い散歩に出かけました。
家から10分ほど歩いたところにあるお気に入りのパワースポット。住宅街の外れにある小道から草で覆われたアーチを越えて、細長い階段が続くその先に、小さな神社がありました。
社務所もなく小さな鳥居と小さな社、そして古ぼけた賽銭箱だけぽつんと一つ。上京した直後、道に迷ってあちこちさ迷っている時に見つけたこの場所はいつ来ても時間が止まっているかのように変わりありません。
お財布から十円玉を取り出して、いつものようにお賽銭箱へ。
十分に縁がありますように。そして、遠縁でありますように。
離れたところからただ見守っているだけでいい。ただ、見守り続ける縁だけは残して欲しい。
私は作家なんかじゃない。絵もかけない。社交性もない。面白いことも言えない。何の役にも立たない。あなたと話したいなんて高望みはしないから。だから、せめて好きでいることだけは許して欲しい。
自然と流れ出る涙もそのままに、数分、瞳を閉じて祈りを捧げる。気持ちを切り替えて帰ろうとしたところで、背後から声を掛けられました。
「あら、もう帰られるんですか?」
「え?」
振り返ると、そこに巫女服をきた黒髪の少女が立っていた。
思わず「本山らのちゃん!?」と叫びそうになって、ふと気付く。巫女服の少女は狐耳も無ければ眼鏡もしていない。もちろん巫女服も赤い袴に白装束という一般的な巫女さん衣装で、黒地の肩開きなんかでは無い。長い髪をポニーテールにまとめ、竹箒を片手に掃除中の少女は困ったように笑顔を浮かべ、「ごめんなさい。驚かすつもりはなかったんです」と謝ってきた。
「ここ、私が管理しているお社さんなんですよ。といっても時々掃除しにくるくらいですけどね。滅多に参拝者なんていないものだから、私もびっくりしちゃって思わず声を掛けてしまったんです」
と、いうのが彼女の弁でした。
泣き顔を見られた私は赤面したままうつむいてしまい、慌てた少女になだめすかされ、それがまた恥ずかしくて更に顔を上げれなくなるという悪循環を数分繰り返しました。ようやく落ち着き、巫女服の彼女が持参の水筒から淹れてくれたお茶で一服しながら、泣いていた訳を全て吐露してしまうという羞恥プレイが終わったところです。
「ご迷惑をおかけして、申し訳ありません……」
「いえいえ、迷惑なんて。ただ、相当思いつめている様子だったので、大丈夫かなと思って。ここ、人目につかない場所ですし、万が一があったらいけないと思って」
「万が一……? あれ、もしかして私自殺すると思われてました」
「いえいえ! そんな! まさか! これっぽちもそんなことは」
「本当は?」
「ちょびっとだけ」
悪戯がバレた子どものように舌を出しておどける様子に、お互い思わず吹き出してしまい、笑いが溢れました。
あれだけ沈んだ気持ちだったのに、彼女と話している内に不思議と嫌な気持ちは晴れていました。
「難しいものです」
「え?」
「好意を伝えるということが、です。あなただって、相手を困らせようと思っている訳ではないんですよね」
「それは、その、……はい」
「ふんふん。えぇ、人にもよりますが、普通は好意を向けられると嬉しいものです。好意の返報性というやつですね」
「でも、そうじゃない場合もありますよね」
「えぇ。だからあなたもお悩みなんですよね」
「そうかも、しれません」
ポニーテールの少女は背伸びをした後、人差し指を顎にあてて「うーんうーん」と唸り始めた。
どうやら私のことで真剣に悩んでくれているらしい。初対面の人間のためこんなに真摯になれる人がどれだけいるだろう。
それにしても、この少女は見れば見るほど本山らのちゃんに見えてくる。マクロビキニ部やヴィクトリアンメイド部、チャイナドレス部のタグが登場した時は脳内でらのちゃんを色んな衣装に着せ替えしたが、正統派巫女さん衣装を着せて髪型をポニーテールにしたらまさに目の前の少女みたいになりそうだ。
(いやいや、妄想が過ぎる)
暴走しそうになった頭を降って気を取り直していると、少女が「そうだ!」と声を上げた。
「こう考えてみてください。人は、一度に受け取れる好意の量にキャパシティがあるんです」
「キャパシティ?」
「えぇ、キャパシティが大きい人もいれば小さい人もいる。でも、好意を受け取って嫌な人なんてそうそういないんです。まずは小さな好意を向けてみればいいんです。別に難しい話じゃありません。もし、いま私があなたに『結婚して下さい』って言ったら、どうしますか?」
「え、えぇ!? う、嬉しいですけど、そそそういうことはもっとお互いをよく知ってから!」
「……なんか意外と受け入れちゃいそうですね。それはさておき。そう、まさにそれです。初対面の相手に結婚して欲しい、と言っても大体の人はその好意を受け止めきれません。でも、それが友達になりましょうくらいならどうですか」
「それくらいなら、もちろん」
「そういうことですよ。あなたは、人より好意が大きいのかもしれません。でも、それはきっと悪いことじゃないんです。あなたの想いを待っている人が、もしかしたらいるかもしれませんよ」
本当にそうだろうか。
喜ぶよりも迷惑に思われるんじゃないだろうか。
少女の笑顔が、そんな弱気の虫を退治してくれた。だから、私は溢れる想いをちょっとだけ抑えて、巫女服ポニテの少女にお礼を伝える。
「あの、今日はありがとうございました」
「はい、こちらこそ、参拝ありがとうございました」
「最後に、一つだけ聞いてもいいですか?」
「ふんふん、なんでしょう」
「もしかして、普段は丸い眼鏡とかかけてますか」
本山らのちゃんにとてもよく似た黒髪の少女は、悪戯っぽい笑みを浮かべて「さて、どうでしょう?」と答えた。
∞
1月21日、月曜日。
私はまだ迷っているし、怖がっている。
私なんかが話しかけて迷惑じゃないだろうか。反応が無かったらどうしよう。他に応援してる人もたくさんいるし、わざわざ私が何か言わなくたってきっと他の人が言ってくれる。
そんな不安を全部受け止めて、それでも私は一歩踏み出すことを決めたのだ。
『初めまして。お誕生日おめでとうございます。いつも見ていました。私は、本山らのちゃんが大好きです。これからも応援しています』
私は、勇気を持って送信ボタンを押下した。
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