看病

@rau1024

1.

 ウーラルが自身の体調不良を自覚したのは、朝食をとり、洗濯物を干し終えた時だった。

 確かに今日はやたらと冷えるし、布団から出るのが億劫だなとは思っていた。さて全て干し切ったと伸びをしながら青空を仰いだ時、突如目がくらみ、頭痛、悪寒ときてようやくこれはやってしまったかもしれないと俯いた。自覚してからは早いもので、秒刻みで体調は下降し、立っているのも辛くなる。


 府いた先では洗濯物を手伝ってくれていたドラゴンキッズのたつたが、呆れた目で彼を見ていた。その目から察するに、ウーラルよりも先に、彼の体調の変化に気が付いていたようだ。


「そんな目で見るんじゃねぇよ…久しぶりなんだこんなん…」


 そう声を発してはじめて酷く掠れた声と、プラコンらしい口調を取り繕う余裕もない事に気がついく。情けなくなりながら、なんとか家にった。


「じじい……」


 原因不明の悪態と酷い声に、コトラは読んでいた本から顔を上げて訝しげにウーラルを見た。


「おいなんだウー坊。どうした、その声。」


 彼が相手をそう呼ぶのは、相手を子供扱いする時だ。


「体調がすげぇわりぃから寝ます……ちなみに師匠、看病とか、したことありますか?」

「ねぇな。大概は不撓不屈で治すから風邪ひいた事もねぇしな。」


 子供扱いするなだとか、病気を状態異常と一緒にするなだとか、その他にも多々ある言いたい事が頭痛と目眩を加速させる。


「期待は、してねぇすから、とりあえず、飯は他所で、食って下さい…」


 なんとかそう言いきると、椅子に座るコトラの脇をふらふらと横切る。ジャケットとベストを適当に脱ぎ捨て、いつも寝床としているソファに倒れこむと毛布にくるまった。


「おい。」


 師匠が何か言いかけているな、としか認識できないままウーラルは眠りに落ちていった。







 しばらくして、ウーラルはレム睡眠とノンレム睡眠の間のような、脳だけを残して、それ以外自分を形成する部位がなくなってしまったような、そんな何とも言い難い状態にあった。


(熱い。熱が上がったな。湯気が出ているかもしれない。師匠に煮魚と呼ばれても仕方がないくらいほくほくしている自信がある。布団をはぎたいが腕もない。もういい。このまま煮崩れるんだ俺は。脳みそ以外がないので上も下もわからないし目も開かない。開かないというか、ない。)


 そんな支離滅裂なことくらいしか考えられないし、わからない状態にウーラルが不快感と心細さを覚えた頃、ひんやりと冷えて湿った何かに額を、首元を撫でられようやく“顔”という概念が戻ってきた。

 続いて額の上に冷たいものが置かれ、気持ちよさに一息吐いて“喉”が戻ってくる。そこでウーラルはああ、母が濡れたタオルを絞った手で熱を測っているのか。幼いころ何度かされたことがあったなと思い出して力なくふふ、と笑う。

懐かしさに彼は安心して再び眠りに落ちた。











 そこから何時間かしてウーラルははたと、目が覚めた。今度は明確な覚醒だった。


 そして視界いっぱいの見慣れない天井にどきりとし、体を起こすと額からぽとりと乾いたタオルが落ちる。熱はだいぶ引いたようで体は幾分軽く、汗をかいた首筋がひやりとした。

 喉の渇きを覚えつつ、そこでようやく気が付く。自分が今の今まで寝ていたのはいつもの少し硬い寝床ではなく、コトラのベットであった。

 驚きつつも目覚めたばかりのウーラルには状況が理解できず周りを見回す。

 真っ暗な部屋に、自分はいったい何時間寝ていたのだろう。自分がここに寝ていたということは、師匠はどこに?と思いながら、喉の渇きを覚えそっと足音を立てずに一階に降りてみることにした。


 そっと一階におりると、自分のソファにはコトラが口を開けて寝ていた。腹が服から覗いていて、どうやら爆睡しているようである。

 朝日とともに起きる彼が爆睡しているということは、ちょうど日付が変わったころかと思いながら毛布を掛け直すとその足元にはたつたが丸くなっていた。

 片目だけあけた彼はウーラルをじっと見つめた後「そこを見ろ」とばかりにテーブルの上に目をやる。はて、と振り返るとテーブルの上には覚えのない大き目の少女趣味なティーコゼーと水差しが置いてあった。


「なんじゃこりゃ」


 思わず出た言葉に慌てて口を押えつつ、ティーコゼーの中を見ると小さめの一人用鍋が無理くり押し込められていた。

 中身をこぼさないように慎重に鍋を取り出すと、まだ微かに温かい。叔父のプラコンであるチコが見舞いに置いて行ってくれたのかもしれない、と蓋を開けたウーラルは驚きで飛び上がりそうな体と飛び出しそうな声を必死に抑えた。結果病み上がりの体は眩暈を覚えた。


 鍋に入っていたのはざっくばらんに切られゴロゴロとした大きな野菜と米を煮たもの。チコは絶対にそのような料理は作らない、凝り性で器用で、繊細な人である。では誰が作ったのか。恐る恐る台所に目をやると出しっぱなしのまな板と包丁。いったいどんな力で包丁をふるったのか、まな板は少し欠けている。

 そもそも、ウーラルは二階になど上がっていない。そんな余力はないほどに弱っていた。では、誰が運んだのか。

 先ほど熱に浮かされて見た夢ともつかない夢。家出同然に出てきた自分を、ここで寝込む自分を、看病してくれたのが母なわけがないのだ。では、誰が。


全部を理解したうえでウーラルは小さく長い、声にならない音を吐き出す。


その後ろでは長い耳が居心地悪そうにピクリと揺れるのを、たつたは再び呆れた顔で見ていた。

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