第52話 動き出した、心。

アステルと話した翌日。久しぶりに皆そろって昼食を食べていた時にそれは届いた。

身なりのいい行商人の人が届けてくれたのは可愛らしい色合いの花束だ。


「それ、誰から?」


花束を受け取って戻ってきた私を見てマオがこてんと首をかしげる。

花束にはカードが添えてありアステルのサインが入っていた。


「フォーン様からね」


「あ、王子様の腰巾着ね!」


「マオ、その認識はとても失礼だと思うのだけれど」


「間違ってないもーん」


思わず突っ込みをいれてしまったがマオは悪びれた様子もなく花束を眺めてる。


「……あの野郎」


ぼそっと聞こえてきた声に視線を向ければ弥太が不機嫌そうに眉を寄せていた。


「弥太、心が狭い男は嫌われるぞ」


「るせぇ」


銀狼の言葉にも耳を貸さずプイッと横を向いてしまう。



…花の匂いが苦手なのかな?

それなら早く花を遠ざけなきゃ



「私はこれを活けてくるわね」



花束を抱え自分の部屋に向かうと萎れてしまわないように花瓶に活ける。

皆は元々動物だし人間よりも匂いが気になるのかもしれない。

これからは匂いが強いものには気を付けよう、そう思った。




◇◇◇


次の日も、その次の日も、さらにまたその次の日も…たアステルから贈り物が届く。

今日届いたのは城下町で人気のある焼き菓子だそうだ。梱包された袋から甘い匂いが漂ってくる。


毎日のように贈り物がが送られてくる理由は私がアステルにされたら嬉しいこととして話したからだ。

花は気分を明るくするし、お菓子はマオも喜ぶから貰えたら嬉しいと話したからアステルはそれを実践しているのだろう。

出来ればスピカに渡したいけれどニクスの婚約者という立場に収まっている今、そんな事をするわけにいかない。けれどスピカを諦めきれない彼は私でその鬱憤を晴らしているのかもしれない。



迷惑ではないし、貰えるものは貰う主義としてはありがたいけど……届く度に弥太が不機嫌になるのよね…



ちらりと視線を向けると弥太が眉間に皺を寄せてこちらをじーっと見詰めてくる。


「………」


いい加減不機嫌になるのをやめて欲しい。気まずい空間は苦手だ。

私は勇気を出す為にひとつ深呼吸をすると、届いたばかりの焼菓子を戸棚へとしまい弥太の前に歩み寄った。


「…気に入らないことがあるなら言って?」


躊躇いがちにそう告げれば弥太は深くため息をついた。


「あの小僧がお前に貢ぎ物してんのが気に食わねぇ」


「貢ぎ物……弥太、それは違うわ。フォーン様は私をスピカの代わりにしてるだけだと思うの」


「……は?」


大真面目に訂正すれば弥太が信じられないと言うようにこちらを見る。私はアステルがスピカへの気持ちを断ち切れない代わりに私に物を送ることによって鬱憤を晴らしてるのではと考えている、と弥太に話して聞かせた。

すると弥太は段々と呆れたような顔になる。



「お前、それ本気か?」


「本気と書いてマジよ」


「いやいやいやいや、ねぇだろ。有得ねぇだろ。どうしたってお前の事が好きで気を引きたくて贈ってきてるだろうが!」


「それことあり得ないわ!私がフォーン様なら私みたいなの好きにならないもの」


自信満々に事実を告げたら再びため息をつかれた。


「お前…鈍感だな」


「失礼ね」


むすっとして見せると大きな手でくしゃりと頭を撫でられた。


「あーはいはい。俺、お前のそういうどうしようもない所もひっくるめて好きだわ」


呆れながらも優しい声の弥太を見つめ、私は一瞬呼吸が止まりそうになる。

それに気が付くことなく弥太は手を離すと出掛けるのか玄関に向かう。

ふと足を止めて振り返った弥太はふわりと微笑みこう言った。


「今の、本気だから」


そのまま玄関を開けて出掛けてしまう。

空を飛んでどこかに行くつもりなのか羽ばたく音が聞こえた。



………なによ、まるで告白みたいじゃない…



弥太の言葉に、態度に、声に、笑顔に、私の心は酷くざわつく。

なぜこんなにも落ち着かない気持ちになるのか、その答えを私が知る日は―――――――そう遠くはない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る