第42話 よく分からない感情は、めんどくさい。
スピカとアステルがやって来た翌日、私は買い物をする為城下町にやって来た。
弥太達は全員仕事が入っていて私は家にいるように言われたのだが、夕食の材料が不足していたのに気が付いて買いに出たのだ。
今家にある食材では四人分の食事を作るのにどうしても足りなかった。
もちろん変装と錯覚魔法をかけることは忘れない。
無事に買い物を済ませてそろそろ帰ろうと町外れまでやって来た時だった。
「こんにちは、お姉さん」
不意に声をかけられ顔をあげると前方にハンカチを貸してくれた少年が立っている。
「また会えたね、お買い物?」
「えぇ、そうなの。この前はありがとう…貸してくれたハンカチなんだけど…私の不注意で無くしてしまったの、ごめんなさい」
にっこりと笑顔を浮かべる少年にハンカチの事を謝る。
「ふーん、そうなんだ?気にしなくていいよ……あ、でも時間があったらちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど、お願いしてもいいかな」
「私に出来ることならもちろん」
借りたものを無くしてしまった引け目もあり二つ返事で頷く。
「じゃあ――」
「ステラ!」
少年が何かを言いかけたのと同時に上から弥太が舞い降りてきた。
急いでいたのか額には汗をかいている。
「弥太?」
「お前は…!何で急にいなくなるんだよ!帰ってみれば居ないし、慌てて気配をたどれば町にいるし!心配しただろうが!」
「ご、ごめんなさい…夕食の材料が足りなかったから…でもすぐに帰るつもりだったのよ?」
「だとしてもせめて書き置きとか残していけよ!俺がどんな思いで……っこの馬鹿!」
弥太は想像以上に私の事を心配してくれたらしい。ぎゅっと抱き締められ身動きがとれなくなる。
……そんなに私の事を心配してくれたんだ…
申し訳ない反面嬉しく思えてしまう。
スピカが私を心配してくれた時とは違い、少し苦しいような舞い上がってしまいそうな感覚。
「ごめんなさい…今度からちゃんと書き置きを残すようにするわ」
私が謝ると弥太はようやく抱き締めていたままの腕を離す。
少年に弥太の事を説明しなくては、と辺りを見回すがいつの間にか少年は居なくなっていた。
「……なんだ?どうした?」
きょろきょろする私を不思議に思ったのか弥太が問い掛けてくる。
「さっきまで男の子が居たのよ、この前ハンカチを貸してくれた……私に何か手伝って欲しかったみたいなんだけど…何処にいったのかしら」
「……………俺にビビって逃げたんじゃねぇの?それよりとっとと帰るぞ」
そう言って弥太は私をひょいっと抱える。
「弥太、私歩いて帰れるわよ?」
「……飛んだ方が早い」
歩けないほど疲れているわけでもないのに私を抱えた弥太に首をかしげると、弥太はふいっと視線を反らしてそのまま飛び上がってしまった。
私はそのまま村まで運搬されたのだった。
弥太に家まで送り届けて貰った私は、買い物袋を置くなりなぜか再び弥太に抱き締められていた。
「あの………離してくれないと夕飯の支度が出来ないんだけど…」
「すぐしなくても時間ならまだあるだろ」
「でもマオと銀狼が帰ってきちゃうし…」
「手伝わせればすぐ終わる」
なんだか弥太の様子がおかしい。
今朝まで普通だったはずなのに。
「でも…その…」
「俺にこうされるのは嫌か?」
抱き締められるのが段々恥ずかしくなってきてなんとか理由をつけて逃れようとしていることを悟ったのか、弥太が不安そうな声で尋ねてくる。
……なんだろう、弥太が変……もしかして甘えたい年頃なのかしら
こういう時は甘やかしてあげるべき?
「……嫌とか良いとかじゃなくて…夕飯の支度がね、出来ないから…」
「そんなもん後でいいだろ、今は俺に構え」
「…弥太?」
今まで彼がこんなに露骨に構って欲しいと言ってきたことはない、何かあったのかと心配になり顔を覗き込むと鋭い瞳と目があった。
視線を反らすことが出来ずに居るとその瞳がゆっくり近付いてくる。
「……ステラ…俺は…」
懇願するような声に胸が熱くなり鼓動が早くなっていく。
近付く距離に嫌悪感は感じない。寧ろ自分が期待しているようで軽く混乱してしまう。
「……っ!」
何かを言いかけた弥太は一瞬苦しそうな表情を浮かべると、急に私を離して出ていってしまう。
「………何、なの…」
残された私は早鐘を打ち続ける胸を押さえながらそれを見送るのだった。
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