第41話 恋するヒロイン-スピカ視点-

「それで王子様とは何か進んだ?」


部屋に案内され椅子に座るなり師匠はお菓子の封を開けながら首をかしげた。


「進展…と言えるような事は全くないの。今までと代わりないわ…」


「でも恋人の振りまでした仲なんだから、きっと向こうだって少なからずスピカちゃんの事好きだと思うんだけどなー…」


師匠は眉間にシワを寄せるとお菓子を口に放り込んでほにゃりと頬を緩める。

最初こそ魔物だと警戒していたけれどマオと言う名をお姉様からつけて貰ったと言う師匠は、お姉様の次に大事に思える私の友人になっていた。



お姉様の事が一番大事な事に変わりはないし、師匠の事だって大事だ。

けれど私の心にはそれ以外に居座っている人がいた。

ニクスだ。少し前からどうしても彼の事が頭から離れない。

最初はルートの選択肢を選んだわけでもないのに近付いてくるしお姉様を悪者と勘違いしているしで印象が良くなかったのだが、彼の笑顔や私を慰めてくれた手がどうしても忘れられなかった。


「…最近、私がニクス殿下を気にしてしまうのはお姉様の代わりを求めてるからじゃないのかなって考えちゃうの…」


もやもやと考えてしまう事を口にすると師匠は眉を寄せる。


「ステラちゃんの代わり?」


「……ずっと傍に居てくれたお姉様が、私から離れた時すごく寂しかった…だからその寂しい気持ちがお姉様の代わりに殿下を求めていて…自分は殿下を好きだって勘違いしてるんじゃないのかなって」


「うわ、なにそれめんどくさ。スピカちゃんちょっと拗らせてない?」


師匠に指摘されて私はテーブルに突っ伏す。


「だって今までずっとお姉様ラブだったんだもの!恋愛なんて経験無いし必要ないと思ってたから……こんな風に気になる人ができるなんて思わなくて!」


「よしよし、落ち着いてスピカちゃん。ステラちゃんの事が大好きなのは分かったわ……じゃあステラちゃんと王子様に同じ事をされたらそれぞれどんな気持ちになるか良く考えて、比べてみたら?」


師匠は私の頭をよしよしと撫でながら首をかしげる。


「お姉様と殿下を比べる?お姉様の尊さに比べたら殿下なんて足元にも及ばないわ!」


「比べるものが間違ってる!!そうじゃなくて例えばステラちゃんと手を繋いだらどんな気持ちになる?」


比べると言われどや顔で答えたらツッコミがきた。

続いて言われた事を想像してみる。


「お姉様と手を繋いだら…尊くて堪能したくなる、撫で回したい、あわよくば手形を採取して部屋に飾りたい!」


「何に使うつもりなのよその手形…ステラちゃんが絡むと変態よね……って違うから!そんな危ない発想じゃないくて!純粋に嬉しいとかあるでしょ?」


またツッコミが飛んできた。

私は本心を言っただけなのに、解せぬ。


「それはもちろん嬉しいわ」


「じゃあ王子様と手を繋いだとしたらどんな風に思う?」


私はニクスと手を繋ぐ事を想像しようとして固まった。


「…無理かも、なんか恥ずかしい…」


お姉様と違ってニクスは異性なのだ。

しかも手を繋ぐと言うことは距離が近付くと言うこと。意識せずにはいられないと思う。


「じゃあステラちゃんと抱き締めあったり出来る?」


「もちろん!」


「じゃあ王子様とは?」


「で、出来るわけないじゃない!」


つい想像してしまい恥ずかしくなって顔をあげると師匠の呆れ顔が目に映る。


「ステラちゃんの代わりだなんだっていいながらばっちり意識しちゃってるじゃない。私から見ればステラちゃんを理由にして自分の恋心を認めようとしてみたいに見えるわよ?」


「そ、そんな事は……」


「あのね、私は私の視点からしかアドバイス出来ないの。何を望み、どうしたいのかを知ってるのは自分だけなんだよ?誰かが悟って叶えてくれるのは赤ちゃんの時だけ。ちゃんと自分で考えて、言葉にしなくちゃ誰にも伝わらないわ。スピカちゃんは王子様をステラちゃんの代わりにしたいの?」


「…違う。お姉様の代わりにしたいわけじゃ…ない」


「なら良く考えてみて。王子様をどう思ってて、自分がどうしたいのか」


そこまで告げると師匠は「飲み物取ってくるから」と部屋を出て行ってしまった。


一人になった部屋で自分の頭を整理していると不意に隣の部屋から物音が聞こえた。誰かやって来たようだ。

ドアが閉まる音と共に話し声が聞こえてきた。この家は壁が薄いらしい。




『…それは本当ですか?』


『あぁ、嘘でこんなこと頼むわけねぇだろ』


『けれどその事、ステラ嬢はご存じなので?』


『…ステラに言ったらまたぐだぐだ悩んで予想外の行動取るからいわねぇ』


『しかし、他に方法があるはずです。もっと考えてからでも遅くないかと…』


『何かあってからじゃ遅ぇんだよ。いいから協力しろ……』


声の主はアステルと弥太の様だ。なにやら真剣な話をしている。しかもお姉様が絡んでいるようだ。



…お姉様を取り合うライバルだと思ったけど、違うのかしら?



好奇心に負けた私は隣の部屋から聞こえる会話にそっと耳を済ませた。

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