第39話 見つかったら、めんどくさい。

スピカはマオから恋愛のアドバイスを受けたお陰か帰る頃にはスッキリとした顔をしていた。

私が役に立てなかったのは申し訳ないけど、その分マオが頑張ってくれたみたいだ。彼女には今度、美味しいご飯を作ってお礼をしようと思う。


その為に私は城下町へ買い物に来ていた。

銀狼とマオは村で任された仕事があるとのことで弥太と二人だ。

貴族の間では行方不明扱いになっている私だ、万が一見つかったらめんどくさいので念のために容姿を錯覚させる魔法をかけて出掛けることにした。

弥太は人型になれば問題ない、けれど目立つ背中の翼だけは一定の時間見えないように錯覚魔法をかけた。



「……こうやって買い物するの、新鮮ね」


活気のいい商店街のような町並みを眺め呟く。

生憎、今の私には前世での知識こそあれ前世でどう生きていたのかという記憶は皆無だ。

しかしどこか懐かしい気がするのは雰囲気が近い所で生活していたからだろう。


「ステラ、買うものは決まってるのか?必要な材料とかあるなら、俺の嗅覚で取り扱ってる店を探せるぞ?」


「なんて便利…じゃあこれとこれ、扱ってるお店探してくれる?」


弥太の意外な特技に驚きながらメモしてきた必要な材料を伝える。

すると弥太は匂いを嗅ぐような仕草をして「こっちだ」と歩き出す。どうやら目的の店を見つけたらしい。

必死に弥太の後をついて行くが、足の長さが違う為すぐに距離が空いてしまった。


「弥太待っ……わぁっ!?」


「うわっ!?」


弥太を追い掛けようと駆け出そうとした時だった。

不意に反対側からきた少年とぶつかりその勢いで私は転んでしまった。


「ご、ごめんなさい!お姉さん、大丈夫?」


慌てて少年が駆け寄り手を差し伸べてくれる。


「えぇ、大丈夫。こちらこそごめんなさい、前をよく見ていなかったみたいで……怪我してない?」


少年は柔らかい蜂蜜色の髪に碧い瞳という可愛らしい容姿をしていた。歳は十歳前後だろうか?将来イケメンに育ちそうだなんて考えながら差し出された手を取り、立ち上がる。


「僕は大丈夫だよ。あ、お姉さんここ擦りむいてる」


少年から指摘され視線を巡らせると手のひらを少しだけ擦りむいていた。


「大丈夫よ、このくらい。血も出てないしすぐに治るわ」


「でも僕がぶつかったせいだから……ちょっと待ってて」


少年はしょんぼりと眉を下げたあとポケットからハンカチを取り出して私の手に巻いてくれた。

ハンカチの手触りからするに質の良いものだろう。


「はい、出来た!本当にごめんね、それじゃバイバイ」


「え、あの……ちょっと!」


少年は急いでいたのかハンカチを巻き終えると私が引き留める間も無く走り去ってしまった。


「ステラ、はぐれるなよ!…それ、なんだ?」


入れ替わる様に弥太がやって来て目敏く私の手に巻かれたハンカチを見つける。


「今、男の子とぶつかっちゃって……ちょっと擦りむいたんだけどその子が巻いてくれたのよ」


「………ふぅん」


先程の事を説明すると弥太は目を細めて男の子が走っていった方を見ていたが、やがて私の手を握ると「行くぞ」と歩き出した。

先程に比べ歩く速度がゆっくりなのは私を気遣ってくれてるからだと気が付くのにそう時間はかからなかった。







◇◇◇



……あれ?

あのハンカチ、どこにいったのかしら?



買い物を終えて帰宅し、食事の支度を終えた私はキッチンで首を傾げていた。

食事の支度をする間、ハンカチを外して汚れないように隅に置いておいたのだが見当たらない。

高そうなものだからまたどこかで少年に会えたら返さなければと思っていたのに。



……うーん……もう少し探して見付からなかったら新しいのを買ってお詫びしなきゃね…



貴族の時ならまだしも、村の手伝いや貴族時代に培った刺繍技術を利用して収入を得ている今の私には質の良いものを買えるだけのお金はない、けれど借りっぱなしというのも良くない。


とりあえずキッチンの隅から隅まで探してみたけれど結局ハンカチは出てこなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る