第30話 「この人王子様だったー!」-スピカ視点-
異変に気が付いたのは担任の先生に頼まれ授業で使う教材の準備をしていた時。
廊下を走っていく生徒達の声が私の耳に届いた。
「窓ガラスが割れたって?」
「ステラ嬢が魔物を呼び寄せたらしいぞ」
「とにかく行ってみようぜ」
お姉様の名前が出た事にまた下らない噂だろうと思いながらも苛立った私は、話し声の主たちを注意しようと生徒達の走って行った方に向かう。
その先にはたくさんの生徒や教師が集まっていて何かを取り囲んでいた。
人だかりの向こうからは言い争うような声が聞こえてくる、その中にお姉様の声も含まれていた。
お姉様…!?
もしかして誰かに絡まれているの…?私の愛しいお姉様に絡みつくなんて羨まし……じゃない、許さないんだから!
「ちょっと失礼!ごめんなさい、通して!」
一刻も早くお姉様の元に駆け付けるべく人混みに飛び込もうとした瞬間、窓に黒く大きな翼が映る。
あれは……!
どこかで見たような気がするそれは、あろうことか腕の中にお姉様を抱き抱えていた。
「お姉様!!」
声をあげるが時既に遅し。
彼らはお姉様を連れてあっという間に逃亡してしまった。
お姉様が……拐われた……!
助けないきゃ!
冷静さを失った私はすぐに追い掛けようと廊下の窓を開けて飛び出す。
見失わない様に走りながら学校の敷地を出ようとした瞬間、ニクスに引き留められた。
「ようやく追い付いた!スピカ嬢どうか落ち着いて!」
「退いてください!お姉様が拐われたんです、殿下に構ってる暇はありません!」
正面に立ち塞がるニクスを押し退けてお姉様を追い掛けようとするが、悔しい事に私では彼の腕力に勝てなかった。
八つ当たりだと分かっていながらも睨み付けるとニクスは目を細めてまっすぐにこちらを見つめ返してくる。
「落ち着きなさい、スピカ嬢。今、君が追い掛けて行って何ができる。ステラ嬢を助けたいと心から思うなら、冷静になって状況を整理するのが今できる事じゃないのか?」
「落ち着け…?のんびりしてる間にお姉様に何かあったら!?もし…お姉様が死んでしまうようなことがあったらどうするの!?貴方に責任なんか取れないでしょ!他人事だからって勝手なこと言わないでよ!」
王子様が相手だということなど忘れ、私は溢れてくる不安や焦りを全て彼にぶつけてしまう。
頭の中では八つ当たりだとかこんな事をしてもどうにもならないと理解しているのに感情が止められない。
「ステラ嬢なら大丈夫だ。私には彼らが他の生徒や教師から、ステラ嬢を守っているように見えた」
「……守っていた……?」
前世でプレイしたゲームではニクスのルートに入ると、スピカに嫌がらせをしていたステラは魔力の強さを狙われ黒い魔物に拐われる。
そして魔力を引き出す為の道具として、生きたまま体の自由を奪われ人間標本にされてしまうのだ。
その魔物のうち一匹は人の姿をしていて黒い翼を持っていた。お姉様を拐ったそれにも黒い翼がついていたのを私自身が見ている。
彼らがきっとニクスルートでお姉様を破滅させてしまう者達なのだろう。
このままでは私の気持ちがニクスに向いていようがいまいがそんな事は関係なく、お姉様は破滅してしまう。
そのはずなのに……お姉様を守ってた?
でも、待って。
お姉様の魔力が狙いなら死なれたら困るわけだから、守って当然なんじゃ……
そう考えると一度落ち着いたはずの心がまた焦り出す。
「だとしてもお姉様を傷付けない証拠なんて無いわ!すぐに助けにいかないと!」
「彼らがどこにいるのか、わかるのかい?心当たりがあるのか?」
「それは……」
もう彼らの姿は見えない。
ゲームの中でも詳細には触れられていない為、心当たりもない………手詰まりだ。
「無いのだろう?」
「無いけど……でもどうにかして私はお姉様を助けに行く。私のたった一人の大事なお姉様だもの……だから止めても無駄よ」
「止めはしないよ、ただ私にも協力させてくれ。これでもこの国の王子だからね、いろいろ出来ることはあるんだよ?」
そう言って微笑むニクスに私はようやく彼の身分を思い出して、慌てて頭を下げる。
忘れてた!この人王子様だったー!
ヤバい……これはめっちゃ怒られるやつだ…不敬罪で私が破滅しちゃうやつだー!
お姉様のフラグ以前に私に破滅フラグが立ってる…!!
「……っ殿下に対して無礼な振る舞いの数々…大変申し訳ありません…。取り乱してしまって…どうかお許しいただきたく……!」
「許してあげたら私の恋人になってくれる?」
深く頭を下げた途端、降ってきたその言葉に思わず顔を上げてしまいそうになり、慌てて体制を維持する。
違ったー!?破滅どころか強制的にニクスルートに連行される感じなの…!?
こっちは今恋愛モードじゃないのよ、空気読め王子!
心の声が漏れていたら間違いなく打ち首にされるだろう。
心を読む魔法がこの世界に存在していなくて良かった、本当に。
「……私は殿下の事をお慕いしてるわけではありません」
「知っているよ。けれど、ステラ嬢を助けるまで『恋人』という事にしていた方が何かと君も動きやすいと思う。あくまで仮ってことで。なにも本当にお付き合いするわけでも婚約するわけでもないから…どうかな?」
あ、なるほど。
強制ルートじゃなくてお姉様を助けるために『恋人』のふりをすれば情報を集めやすくなると……べ、べつにちょっとでも期待なんかしてないんだからね!?
王子様なんか興味ないんだから!
心の中で誰かに言い訳をしながら、私はニクスの提案を受け入れることにした。
お姉様を探す為にニクスを利用する。
少し罪悪感を感じるけれどお姉様の為、そして私の為だ!
……少しだけ、ほんのちょっとだけ嬉しく思ってしまった事はきっと誰にも言えない。
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