第25話 「ときめいちゃダメなんだってば!」-スピカ視点-
ニクスに昼間のお詫びだと連れてこられたのはお洒落なカフェだった。
予約でもしていたのか顔パスなのか、カフェの中はかなり混雑しているのに私達は個室に案内される。
「さ、どうぞ座って」
ニクスに促され向かい合う形で椅子に座ると店員さんがお菓子やお茶を用意してくれた。
「ここは女性に人気があるカフェだと友人から聞いてね、是非スピカ嬢を連れてきたいと思っていたんだ」
「………それは、どうも」
返事がついそっけなくなってしまうのは私の中でまだ完全にニクスを許しきれていないからだ。
それを感じ取ったのかニクスは眉を下げて思い切り頭を下げた。
「昼間は本当にすまなかった。スピカ嬢やステラ嬢の気持ちも考えないで…私は嫌な思いをさせてしまった」
「………もう二度と、お姉様を貶めるような噂を信じないと約束してくださるなら許して差し上げます」
王子様に対して『許してあげる』なんて我ながら何様って感じよね……
でも仕方ないと思う、それにヒロインなんて神経図太くてなんぼだもの!
ヒロインたるもの面の皮が厚くないとイケメン攻略できないんだから!もちろん私はするつもりないけどね!
お詫びとして連れ出されている以上、ニクスも多少の不敬なら許してくれる……はずだ。
「わかった、もう二度とステラ嬢を噂だけで判断したりしないと誓う。約束するよ」
真摯な態度に私が頷くとニクスは美味しそうなお茶やお菓子を薦めてくれた。
「好きなだけ食べてくれて構わない、スピカ嬢の為に用意させたんだ」
「……夕食を食べられなくなると困るので少しにしておきます。あ、残った物は包んでもらうことってできますか?」
お菓子の中から自分が食べる分として苺のショートケーキをひとつ選んでから、店員さんに尋ねると了承をもらえた。
これでお姉様にもお土産にもって帰ることができる。
私の発言にニクスが微笑みながら首をかしげた。
「スピカ嬢はそんなに甘いものが好きなんだね」
「いえ、ただ用意してもらったものを残してしまうのが勿体無いだけです」
前世で某ケーキ屋さんの工場勤めをしていた私は残されたものや、余った材料が廃棄されるのをいつもの勿体無いと思っていた。
仕方のない事かもしれないが日本ではそういう食材や食べ物が数えきれないほど大量に廃棄されている。それを思い出したら余計に食べ物は粗末に出来ないし、したくない。
残してしまうなら可能な限り持って帰って、家族のお土産にしたり屋敷の使用人達に配った方がマシである。
貧乏性と言われようと平気で食べ物を粗末に扱う人間よりは遥かにマシだ。
私の答えにニクスは感心したように頷きお茶を一口飲んだ。
それを見届けてから私もケーキを一口食べる。シンプルな見た目に反したその味に思わず頬が緩む。
なにこれ、めっちゃ美味しい!
ケーキだから甘いのを覚悟してたんだけどそんなに甘くないしクリームもスポンジもふわふわ…
お姉様にも食べさせたい!!お土産にはいるかしら?ケーキだから崩れちゃうかな…
もし持って帰れなかったら今度お姉様を誘ってこよう!
あ、でもかなり混雑してたし人気のお店よね……取り寄せとか配達とかしてくれないかなぁ……
「…ふ、ふふっ」
どうやってお姉様と食べに来ようか考えていると正面から笑い声が聞こえた。
ケーキを食べる手を止め、そちらを見るとニクスが整った顔を崩して面白そうに笑っていた。
「し、失礼……。あまりに表情豊かだからつい」
どうやら私の考えていることは全て顔に出ていたらしい。
「わ、笑うなんて酷いです」
急に恥ずかしくなってむくれて見せるとニクスはまだ笑いをこらえながら謝ってくる。
その笑顔は学校で見るような枠に嵌まったものではなく、きっとニクスの素なのだろう。無邪気な笑顔だ。
思わずときめいてしまいそうになった私は無理矢理視線をそらしてケーキに意識を集中させる。
だからときめいちゃダメなんだってば!
うっかり王子様ルートに入ろうものならその先に待つのはお姉様の破滅…私にとってはこの人よりお姉様の方が大事なんだから!
その後たくさんのお菓子と私が一緒に家に送り届けられるまで、ニクスはずっと楽しそうに微笑んでいた。
あんなに始終ずっとニクスが楽しそうなのを見たのは初めてかもしれない。
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