第23話 本当に、めんどくさい。

二人がニクスの馬車で出掛けるのを見送り私も帰宅する。

家の中に入るとちょうど廊下にいた母と出くわした。


「おかえりなさい。あら、スピカは?」


「……ニクス殿下に誘われて一緒に出掛けていったわ」


「あらまぁ、殿下に見初められるなんてさすが私の娘ね。でき損ないの貴女とは大違い、どっちが姉かわからないわねぇ…貴女も妹を見習って愛想のひとつでも身に付けなさい」


「……はい」


母は怒っているわけでも無く、私を嫌っているわけでもない。

本当にそう思っていてそれが私の心を傷つける言葉だということを理解しないまま口にしているのだ。

だからこの人はタチが悪い。子供が無邪気に虫を踏み潰したり胴体をちぎるそれと同じだ、彼女は私に心があることを知らない。

もし言葉の刃や心が目に見えるのなら私の心はきっと、ゾンビよりグロテスクな見た目になっていることだろう。

見えないものは見えないがゆえに、どんな状態でも誰にも気付かれる事などないのだから。


心を無にして通りすぎた瞬間、母はわざとらしくため息をつく。


「まったく………どうして双子なのにこうも違うのかしら。あんな子、産まなければ良かった…」


聞こえないふりをして自分の部屋に入りドアを閉めた。



……なんでそんなこと言われなきゃいけないの

私だって…望んで生まれたんじゃないのに

そう思うのなら最初から産まなければよかったじゃない



胸の中に黒い感情が溢れて体が熱くなる。怒っているのだと、他人事のように理解した。

今日は弥太達のおかげで楽しい気持ちを思い出せたのに母の言葉で一気に地に落ちてしまった。

言い返したところで火に油、それ以上の言葉でめった刺しにされるのは分かっている。

だから反論なんかしない。それが一番の自衛なのだ。

奥歯を噛み締めて床に座り込み、歪む視界をぎゅっと閉じる。


「大丈夫…私は強い。こんなことで傷付いたりしない、痛くない…だから大丈夫。私は大丈夫」


繰り返し自分に言い聞かせて胸の中の黒い感情を押し込めた。

息を深く吐き出しのろのろと立ち上がる。



早く着替えないと制服にシワがついちゃう…そしたら今度はだらしないって怒られてしまうわね……あぁ、本当にめんどくさい



そう思いクローゼットに手をかけた瞬間、コンコンと窓を叩く音がした。

不思議に思い窓を開けるとそこからカラス姿の弥太が飛び込んできた。


「ステラ!どうした!?」


焦った様子の弥太。

どうしたと聞きたいのは寧ろこちらの方だ。


「どうしたって…何が?」


「お前の力が揺らいだのを感じたんだ、だから何かあったのかと………」


室内に降りたつと弥太は瞬時に人の形に変化した。変身能力とは本当に便利である。


「何もないけれど…私の力とか弥太にわかるの?」


誤魔化すように微笑みを浮かべ首をかしげる。

表情を作るのは苦手だけど不思議なことにこういう時に嘘の笑顔を浮かべるのは得意だ。


「俺はステラの最初の契約者だからな。お前に何かあるとすぐに分かる」


「そうなんだ……本当になにも大したことは無いのよ、大丈夫」


力の揺らぎが起きたのは私の精神が揺らいでしまったからだろう、まさか弥太に伝わるとは思わなかった。これからはそれも抑えられるようにしないと。

そう思っていると急に視界が暗くなる、弥太に抱き締められたようだ。


「何かあるとすぐに分かるって言ってるだろ。ステラが今、大丈夫じゃないことくらいすぐにわかる」


弥太の言葉に息が止まった。

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