第6話 最強は気付かせたい

恐ろしい程個性豊かな来客者たちをクリスタがひと撫でで蹴散らしてから数日。

珍しくクリスタが休みだというので、クリスタの一応の故郷に一緒に行くことになった。


「ここからどのくらいなんだ?」


「そうだな、まあ歩きで行けば2か月くらいだな」


どうやらとんでもなく遠いらしい。

最悪クリスタに投げ飛ばしてもらえばそれで済む・・・だめだ、最近自分の感性がおかしなことになり始めてる。


移動が面倒だからと、クリスタに自分を投げさせて移動したり、投げた俺にクリスタが乗っかるという、もうあれじゃん、タオのパイパイさんじゃん、とでも言いたくなるような移動法を考え出したりと、俺の体が壊れないことを良い事に散々好き放題しているのだ。


この間は全長100メートルを超える高級魚が食べたいとか言い出して、俺のことを銛感覚で投げてその巨大魚に突き刺したりしやがった。


あ、俺ですか?

勿論絶叫ですよ。

何せ痛みはノーマルで感じますから。

でもね?そんなことを気にするような最強じゃないんですよ。

うちの最強は他人の痛みに鈍感なんです。

というか、俺の痛みに鈍感なんです。


「移動はどうするんだ?」


「さすがにその距離を投げると野球肘になりそうだからな、今回は別の方法を取ろうと思う」


いや、野球肘って・・・あんたそもそも他の世界の宮殿とか投げて遊んでたよね?

今更そんなものになると思えないんだけど。

というか、クリスタが俺の記憶から元の世界の知識を吸い上げているようで、たまにこういった意味わからないことを言ってくるようになった。


「そい」


立ち上がったクリスタが目の前に手を振り下ろすと、何もなかった場所にいきなり裂け目が現れ、それが広がっていった。


「うむ、まあなかなかの出来だ」


「いやなにしてんだよ、世界壊してんじゃねえよ」


「大丈夫だろう、直ぐに直すし」


すぐに直すから大丈夫と言ってるが、じゃあどうして俺のポケットに入ってるスマホからまるで緊急地震速報みたいな音が鳴ってんだよ。


「ほら、早く行くぞ、あまり長く穴をあけていると世界が滅ぶ」


「やっぱ滅ぶんだな・・・」


里帰りの道のりが面倒で滅ぼされる世界って可哀そうすぎるだろ。


「ここが私の故郷だ」


空間の穴を通り抜けると、俺の目の前に広がっていたのは・・・見渡す限りの不毛な土地だった。

紫色に変色した地面や、真昼間だというのにまるで夜のような薄暗さを見せる場所。

そして、周囲に生物と呼べるものは存在していない。


「この土地はな、私の寝ピクで滅ぼしてしまったんだ・・・本当に済まないと思っている」


そうだ、謝れ、主に寝ピクで滅ぼされたことに関して。


「私の出自はわからないが、記憶の最後にあるのがこの地だったんだ」


どこか寂しそうな顔でそう告げたクリスタ。

月末だからって随分とナイーブになっているようだ。

なんでも、月末は報告書が多いそうだ。

誰に報告してんだろうか・・・・やっぱ神か?


「親の顔も分からなければ、友達がいたこともない、そればかりか、仲良くなったものは皆死んでいった・・・私に残されたのはお前だけなんだ」


珍しく悲しそうな、それでいて俺を大事に思っていることがしっかりと伝わる声色でそう言ってきたクリスタ。

いつもこの調子だったら今頃俺もクリスタのことを危険な猛獣くらいの認識になっていたかもしれない。


「そう言えば貴様の故郷はどちゃどちゃした場所だったな」


え?どちゃどちゃって何って?

俺もわからん。


「まあこの世界に比べればだけどな」


「そうか・・・・では、いつかお前の故郷に行こう、私の故郷も見せたんだ、今度はお前の故郷を案内しろ」


風に流された髪を耳に掛けながらそんなことを言うクリスタ。

いつか、か、そうだな、まあ行く事が出来たら行きたいとは思う。

色々やり残したこともあるし。


「あぁ、そうだな」


たまにはカッコイイ主人公っぽいことをしてみるのもいいかもしれない。

お出かけ用にあつらえたかっけえロングコートのポケットに手を入れ、湿った風が巻き上げた髪をかき上げる。


「似合わないな」


「おい」


いきなりディスられた・・・

そんなに俺って似合ってない?

主人公的な感じ。


「いや、お前の事では無い、しんみりとした空気がだ」


「そうだな、俺達にそんな空気は似合わないな」


俺の心の中はそうでもないんだけどさ。


「帰るか」


「もういいのか?」


「十分だ、いつも一人で来ていたが、今日は2人で来られた、そしてこれからも二人で来る、今日はその報告をしに来ただけだからな」


そういい、踵を返したクリスタの後ろ姿は儚げで、最強の名にふさわしくない程弱弱しく、そして着ているシャツが後ろ前反対だった。


「ふん」


目の前の空間を再び切り裂き、道を繋げたクリスタが歩みを進める。

俺もそれに習い、空間を潜り抜けた。

短い旅行になったが、家に着き、残った時間を何に使おうか悩みながらクリスタにお茶を入れる。

最近のトレンドはゴボウ茶らしい。


「ほら」


「済まない」


少し気恥しいのか、俺の顔をちらりと見やったクリスタが、ゴボウ茶を俺の手からくすねる様に奪い取り、ちびちびと飲み始める。

あまり見たことない仕草に、少しドキリとした。


「なあ」


膝を抱え、顔を少しだけ赤くするクリスタが口を開く。

シャツが後ろ前なところが若干残念だ。


「なんだ?」


「その、なんだ、前々から言おうと思っていたんだがな」


俺もお前のシャツの後ろ前を言ってやりたいが、まあ黙って聞いてやろう。


「チャック全開だし、その恰好でコートをたなびかせていた姿がまありに滑稽でな・・・さすがに言い出しにくかった」


「早く言って!?ねえもう少しなんかさ、早い段階でなかったのかなそう言うの!?」


「いや、まあ、お前ひとりが恥ずかしくないようにと、シャツを後ろ前に着ていたんだがそれにも気が付いていなかったようだしな・・・この際だから二人とも恥ずかしい奴になって、お前ひとりが辱めを受けることの無いようにと思ったんだが、どうしても気になってしまって・・・済まない」


「死にたい、俺はお前のシャツの後ろ前が逆なことに内心何回突っ込んだか分からないんだけどさ、それにそんな真実が隠されてたとか知りたくなかったというか、もっと早く知りたかったんだけど」


「安心しろ、私の故郷では2人そろって愚か者だと思われているはずだ」


「もうそれ救いがねえよ!滅ぼされた側もシャツ後ろ前のやつに滅ぼされたって知って余計に腹立つわ!」


「いいじゃないか、二人とも愚か者、おそろいだ、お前の世界ではペアルックというんだろう?」


「知識の偏りがすげえわ・・・」


今日もそんなこんなで俺と最強の女クリスタの一日は幕を閉じた。


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