第5話 サンドバックは逃げ出したい
最強のサンドバックになってからはや一年。
これまで様々なことがあった。
殴られて、殴られて、蹴られて、殴られて、そして殴られた。
流石はサンドバックだと過去の自分に言ってやりたくなった。
「でさ・・・・なんできたのさ君たち・・・・」
そう、今俺の前にはお客さんがいる。
なんだかピカピカ光る自己主張の激しい剣を持った派手な男や、実用性のかけらもない防具を付けた女、ローブの下がほぼ下着みたいな恰好の新種の露出狂と、最後に間違いなくコイツ正義の味方ではないなって感じの棘の生えた肩パットに桃色のモヒカン、巨大な髑髏のネックレスとベルトをした男の四人がいた。
「僕は新しい勇者に選ばれたんだ!だから恐怖と力で世界を征服しようとしているクリスタって女性を止めに来た!!!」
そう言って立ち上がった肩パッド。
え、うそ、お前勇者だったの?
「勇者の言う通りよ!ここに住んでるって言うクリスタって奴がいる限り世界に平和は来ないわ!!!」
「なんとしても倒して見せるっす!」
「・・・・・」
なんか喋れよお前・・・・。
というかこいつらクリスタに勝てるって本気で思ってるのかな・・・・。
だとしたら・・・相当辛い現実に直面することになるけど・・・。
「っで、クリスタって女性はどこにいるの?」
そのヒャッハーな顔で優し気な口調で話しかけてくんなよ、鳥肌が止まらねえんだよ。
「クリスタは夕方になったら帰ってくるはずだ、それまで適当にのんびりしててくれ」
「分かった!ありがとう!」
そう言うと肩パットが椅子に座り、露出狂が傍らに腰かけた。
かなりリラックスしてるみたいだけど、こいつらココが敵の本拠地ってわかってんのかな。
そんなことを思いながらクリスタの帰りを家事をこなしながら待っていると、再び家のドアが開かれた。
「がーはっはっは!我が名は魔王!最強の女クリスタ!貴様を倒し、この世界を我がものにしてくれるわ!!!」
そう言って現れた幼女の脇の下に手を入れ、数回高い高いしてから玄関の外に置いて扉をそっと閉めた。
「ね、ねえ、今の大丈夫なの?」
「あぁ、たぶんあれだ、近所の子がイタズラしに来ただけだから」
少し汗をかいた肩パッドが俺に聞いてきたがまあどうにかなるだろ、ってかお前ら寛ぎ過ぎじゃね?実用性皆無女なんかソファーで寝始めてんぞ。
「こぅらぁぁっぁぁあ!!!貴様魔王に向かって何たる無礼を—————」
「ほーれ飴ちゃんだぞーとってこーい」
「うひょー飴ちゃんじゃ飴ちゃんじゃ!!!」
再びドアを閉めた俺は真剣に鍵の購入を視野に入れ始めた。
「ね、ねえ、本当に大丈夫なの?凄い闇の魔力があふれ出してたけど・・・」
「問題ない、あれはたぶんあれだ、そう言うあれなんだ」
「う、うん・・・ならいいけど」
にしても今日は来客が多いな・・・午前中に来た自称大陸最強の剣士とか今俺の部屋で爆睡してるし。
「そう言えばそっちの端で座ってる男はなんなんだ?」
「あぁ、彼はロコリンって言って、うちのパーティーのヒーラーなんだ!」
「・・・おう、そうなのか」
そのロコリンさん、なんでか知らねえけど、部屋の端でこっち見ながら「クケケケケケケケケケ」って血走った目で嗤ってるんだけど、本当にヒーラーなの?
見た目だけは勇者なのに?
というかなんでお前はそんな見た目なんだよ。
勇者じゃねえだろ、世紀末の雑魚だろ、なんで肩パットに棘ついてんだよ。
ってか棘なげえよ、ドア横向かないと入れないとか不便過ぎるわ。
とまあ色々言いたいことはあるが、それを飲み込んで俺は息を荒げながら俺のことを睨みつけてくる幼女を見やった。
「でだ、お父さんとお母さんは何処かな?」
「父上は自己破産して夜逃げした!母上は・・・・軽薄そうな男とアバンチュールしとる・・・・」
「おっふ」
ついそんな声が出てしまった。
ってか魔王自己破産できるんだ・・・・一体どこから借金してたんだろ。
「ってかさ、勇者と魔王がこの部屋にいるわけだけど、戦わなくていいの?」
「儂は構わぬ、こんなヒャッハーをヒャッハーしたところで我に得はない」
「こいつが勇者って分かるお前すげえよ、ってかヒャッハーするってなんだよ、種もみでも奪うんか」
「僕も構わないさ、子供に手を上げるようじゃ勇者失格だからね」
「鏡見てから出なおして来いよお前・・・・」
まあそんなこんなで戦いが起こることもなく、幼女は俺の悪ふざけで何度か家の外に出されたりしながら平和に時間が過ぎていったんだが・・・・。
「ヨジョヨジョヨジョヨジョヨジョヨジョヨジョヨジョヨジョヨジョヨジョヨジョヨジョヨジョヨジョヨジョ・・・・ハスハスハスハスハスハスハスハスハス・・・・ケペペペペペペッペペペペペ」
ロコリン君が完全にぶっ壊れてた。
もうね、名前聞いた時点で何となくやべーんじゃないかって思ってたんだけどさ、でもさ、よくある「よううじょきたー!!!」的な感じじゃなくて、あのぶっ壊れ方は予想外ですわ。
むしろ近くに行きたくありません。
魔王が俺に隠れてるくらいやばい、むしろ魔王がすっげー震えてる。
こいつがいれば魔王も攻めてこないよきっと。
そこで俺のスマホがピロリンとチャチな音を立てて明滅した。
『オークに捕まって強姦されそうなので晩御飯はカレーがいいですが、明日は曇りです』
「ヤク中かっ!!!!」
クリスタからのメールを開いたスマホを地面に叩きつけるが、神仕様のスマホには傷一つ付くことなく、跳ね返って角が脛に当たる。
地味に痛いやつだ。
と言うかクリスタは言いたい事をとりあえず繋げるのやめてくれないかなぁ、オークに捕まって大変だから助けて欲しいってのと、今日はカレーが食べたいってこと、それと明日は買い物に行く予定だから天気を教えてくれてるのはわかるんだけどさ、明らかにオーク程度に捕まる女じゃ無いよあいつ。
「ど、どうしたのじゃ、急に暴れ出して・・・」
俺の奇行でビックリしたのか、俺のズボンを掴む幼女の力が心なしか強くなってる。
俺が魔幼女を慰めようとしゃがんだ時、本日何度目かになるドアが乱暴に開かれた。
「た、たすけてくれぇ!!!このままじゃオラたちの大事なにんにく卵黄が全部食われちまうっ!!!」
そう言って駆け込んで来たのは・・・オークだった。
あ、はい、ほんとごめんなさい、間違いなくうちのやつですそれやってるの。
「と、とりあえず座ってください、あいつには戻ってくる様に言いますので」
にんにく卵黄大事にしてるオークもどうかと思うが、この際どうでもいい。
新陳代謝とかほんとどうでもいい。
直ぐにクリスタにメールを返す事にして、逃げ込んで来たオークには座ってもらった。
えーっと、クリスタ、早く帰ってこないと、お前のヤクルト飲むぞ、っと。
送信して一回瞬きをした時には既に返事が帰って来た。
『少し待ってお土産は神龍の竜田揚げと、邪神が蘇って殺します』
相変わらずの奇怪な暗号文が送られて来た事を確認し、そっとスマホをポケットにしまった。
「最強っ!お前を倒し、大英雄の力を世に」
「最後尾はこっちじゃ!ずる込みするとぶっ殺すぞ」
そう言って俺の足にしがみつく魔幼女がいきなり現れた男に殺気を放つ。
「あ、オラはそう言うのじゃ無いのでお先に」
「おお!これは心やさしきオークよ!感謝しよう!」
もうやだ、何これ帰りたい。
ここが家だけど違うどこかに帰りたい。
何で今日に限ってこんなにわんさか人が来るんだよ。
ってかマジで鍵買おう、あと丈夫な扉とか。
『世界の崩壊で違う次元に飛ばされたので帰りが遅れます。晩御飯はカレーがいいです』
もう・・・死にたい。
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