第1話 最強は構いたい
最強の女との共同生活が一か月も続けば、レオンハルトもそれなりに耐性が着いて来ていた。
最初は事あるごとに殴られ、意識を飛ばしていたレオンハルトだったが、最近はそうではない。
「朝起きた時の攻撃は不可避、これはどうしようもない、だが、トイレから出てきた時の攻撃は合言葉を決めることで何とか回避できるようになった、問題は風呂と出かけた後だ・・・・」
1人自分の部屋で頭を抱えるレオンハルト。
トイレと同じように合言葉を決めて入った風呂だったが、結局は殴られたのだ。
その理由は簡単で、トイレくらいの時間で洗脳や記憶を読み取るのはクリスタであっても難しい、しかし風呂くらい時間があれば、何とかできる、というのが理由であった。
「もう甘んじて受けるしかないのか!?当たれば世界が崩壊するような拳を!」
ダンッと机を叩いたレオンハルトの部屋に、クリスタが壁をぶち抜いて隣の部屋から侵入してきた。
「どうした!何があった!」
「ぎゃぁぁぁっぁぁぁぁあ!?」
「大丈夫か!レオン!何をされた!・・・・・・くそっ!この私が隣の部屋にいながら・・・・・何たる屈辱だ・・・・」
悔しそうに拳を握りながら俯くクリスタ。
勿論レオンハルトは壁をいきなりぶち抜いた彼女に驚いただけである。
「そ、そんなことより、貴様、大丈夫か?何をされた!?」
「か、壁が・・・・」
「壁か?壁がどうしたんだ!?」
「壁がいきなりぶち破られて・・・・」
「壁をいきなりだと!?思春期の男子の部屋にいきなり侵入するとは・・・・許せぬな!」
本当に悔しそうに、そして恨みを募らせるようにそう言ったクリスタ。
流石のレオンももう回復し、履いていたスリッパを右手に持って、それを振り上げた。
「お前のことだわッ!!!」
スパコーンッと、いい音が部屋の中に響き、何をされたのかわからないクリスタが、ようやく事態を理解して動き始めた。
「全部お前がや—————ぶべぇええ!?」
頬にめり込む拳。
世界が1/100くらいの速度まで凝縮され、自身の頬が形を歪めて行くのがゆっくりと伝わっていく。
そしてあるときを境に、凝縮された世界は一気に加速を始める。
吹き飛んでいく景色。
一瞬で見えなくなった家。
全てが横に伸びている様な世界で、背中には空気との摩擦で火が付き、気が付けばレオンハルトは・・・・。
「・・・・変態が出たぞぉぉおおお」
「畜生朝っぱらから変なもん見せやがって!」
「きゃー・・・・死ね!死ね!」
街中で1人全裸で立ち尽くしていた。
できることならこのまま死にたい、そう思ったレオンハルトだったが、周囲の者たちからの投石が思ったよりも痛くて、その場で頭を抱えていたところを巡回中の騎士団に保護された。
「はぁ・・・・それで?なんでそんなことしたの」
髭ずらの気だるげな雰囲気を纏う騎士が調書のような物をペンの裏で叩きながらレオンに声を掛ける。
「服は・・・・燃やされました・・・家ではいつも殴られて、蹴られて・・・・無理やり知らないところに連れてかれて、そこで戦わされたりも・・・・もう限界です・・・・・俺、どうしてこうなったのか全然わかりません・・・・・ねぇお巡りさん、俺、このままここにいてもいいですか?」
ポトっと、騎士の持つペンが手から滑り落ち、騎士は深刻な顔をし始めた。
「おい、聞いたか今の」
「はっ!」
「取り締まり班を呼べ、関係各所に書状と、あとはこの辺りで不穏な動きをしている貴族のリストも持ってこさせろ・・・・・君、さっきはすまなかったね、今から君の着る服と、それとごはんも持ってこさせよう、その後でもいいんだけど、できれば君がどこから来たのか、おじさんたちに教えてくれないかな?君を保護したことをしっかりとその人に伝えないといけないからさ」
表情を急に柔らかくした騎士が、優し気で、子供をあやすような声色でレオンハルトに声を掛ける。
あまりの急変ぶりに、何かが可笑しいことに気が付いたレオンだが、その何かが分からない。
「えっと・・・俺ってこのまま捕まって投獄されるんですよね?」
レオンの言葉を聞いた騎士が、目尻に涙を浮かばせた。
(あぁ、この子は・・・・・そこまで追い込まれていたのか・・・・今の主人に相当ひどい扱いを受けているんだな・・・・・それに奴隷紋も無いから恐らく奴隷家系なんだろう・・・・逃げだすこともできなかったのかもしれないな・・・・)
レオンが飛ばされた場所はアルドノアの王都であった。
そしてアルドノアには絶対に破ってはならない禁忌がいくつも存在する。
その内の一つに職業奴隷の酷使なども含まれており、それはもともと、全ての国民は等しく、かの“最強”の奴隷であるという考えの元に生まれた王令であった。
かの“最強”の所有物を、自己都合で使いつぶす、そのような蛮行が許されるはずがない、最強に対する妄信的なまでの信仰がそのような歪な思想と王令を産んだのだ。
そして、かつて最強と戦場を共にした、といっても着いて行っただけであるが、それでも最強の雄姿を間近で見たことのある騎士、今、レオンの取り調べを行っていた男の名をガリオン・ドレイクという。
この男は敬虔な最強の信者だった。
だからこそ、目の前で助けを求めることもできず、このような形でしか主から逃れる方法を知らない少年を見捨てることができなかったのだ。
「大丈夫だ、君は必ず私たちが助ける、全てはクリスタ様の元に帰される」
「いやそれ全く助かってないからな!?」
ツッコミの魂が燃え上がってしまったレオンはついついそう言ってしまった。
「安心してくれ、クリスタ様は女神を遥かに凌駕する深い御心をお持ちの方だ、どのような存在であろうと許しと隷属を許してくださる」
「嫌意味わかんないから!隷属とか許されて—————」
そこまで言って、突如レオンの真横の空間が湾曲を始めた。
その現象にさすがのガリオンも動揺を隠せないようで、立ち上がって剣に手を掛けてはいる物の、そこからあふれ出す物理干渉させ起こしそうな力に足を震わせていた。
青い顔をしたレオンは椅子から転げ落ち、尻餅をついたまま後ずさるが、湾曲した空間から伸びた腕がしっかりとレオンを掴んで離さない。
あまりの超常的な現象に、脳の処理が追い付かないガリオンだったが、敬虔な信者たる彼は崇拝する最強の思想を曲げさせないためだけに、その美しく細い腕を掴んで強く引いた。
「のわっ・・・とと、なんだ貴様、私の手に触れていいのはレオンだけだ、滅ぼされたいのか」
「—————いえ、“レオン様”を保護したのでご連絡しようと思ったんですが、食事がまだだったようですのでよければクリスタ様もご一緒にどうかと思いまして」
「おいじじい!何手のひら返してんだよ!」
空間の湾曲から姿を現した美しい女を視界に収めたガリオンは目から大粒の涙をボロボロと垂れ流しながらにこやかにほほ笑んでいた。
信じる者に嘘をつく行為に対する罪悪感か、その信じる者を間近で、剰えそのお手に触れてしまった高揚からかはわからないが、結論として命が惜しかった。
「なにっ!?食事だと!・・・・仕方がない、食べていくとしよう、レオン早く行くぞ、私はこう見えてわりかしお腹が減っている」
そうして結局レオンは彼女に連行され、アルドノアの王である勇者が直々に給仕をする異常な程豪華な食事を平らげたのだった。
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