prologue4

最強の女こと、クリスタと共同生活初日は、結局泣き疲れて眠ってしまったレオンハルト。

そしてその翌朝。


鼻先につく甘い香り、体を包み込む柔らかな感触、眠りを妨げない奥ゆかしくも可愛らしい寝息。


飛び起きたレオンハルトはその状況に冷や汗を吹き出し、目を右往左往させていた。


「な、なんだこれ、俺の想像と違う・・・」


レオンハルトが眠っていたベットには、真っ白の毛玉があった。

ゆっくりと上下する体を見れば、呼吸をしていることが分かり、鼻を近づけてみれば、どことなく甘い香りがする。

毛並みは柔らかく、いつまでも触っていたくなるようなそんな感触だった。


「これは・・・・」


「ようやく起きたかレオン、貴様随分と朝が遅いのだな」


背後からドアの開く音と共にクリスの声が聞こえ、振り返れば、白いブラウスに、黒いパンツをはき、赤いエプロンを付けたクリスタがお盆を持っていた。

そのお盆の上には瑞々しい果物がカットされて乗っており、それをベットのサイドテーブルに置いたクリスタは少し強引にレオンをベットに座らせ、自身もその隣に腰かけた。


「よし、もう大丈夫みたいだな」


レオンの頭を何度か撫でたクリスタはにこっと笑ってそう言うと、持ってきた果物をひと切れつまみ上げ、口に運んだ。


「朝食だ、貴様も食べろ」


「あ、あぁ、ありがと」


なぜ果物オンリー?と聞きたくなったが、謎の威圧感でそれを聞けなかったレオンは黙って果物を口に運ぶ。

シャリシャリと咀嚼のたびに音を立てる果物は、味も濃厚で、しっかりとした甘みがあり、とてもおいしく感じられた。


「・・・・・っ美味いな」


「だろ?私の自慢の料理だ」


察した。

それが全てを物語るのに最も適した言葉だろう。

晴れやかな笑顔を浮かべるクリスタから視線を外したレオンは視線のやり場に困ってベットを見た。


「・・・・・そっそう言えばあれはなんなんだ?」


レオンが指さしたのはベットの上で寝息を立てる謎の白い毛玉。

朝、目が覚めれば、何故か添い寝をしていた謎の生物は一体何なのか、方便ではなく純粋に気になったので聞いてみた。


「知らん、気が付いたらいた、おそらくペットだ」


何とも適当な、つい口から呆れの言葉が飛び出してしまいそうになるが、それを飲み込み、果物を口に運ぶ。


「よし、食事も終わったことだし、そろそろ始めるか」


何を?レオンがそう言うよりも早く、彼女の拳が閃光と化す。

打ち抜かれたレオンは醜い悲鳴を上げ、そのまま壁を突き破る。


「がががっがががががががががっ」


地面をその背中でえぐりながら、木も岩も破壊し、クリスタの家から数百メートル離れたところでようやくその勢いをとめた。


「いでぇ・・・・いでぇよぉ・・・・」


レオンはそのあまりの痛みに涙を流しながらその場で蹲り、小さな声で嘆きの叫びをあげていたが、数秒後に追いついてきたクリスタがその光景を見て、何か勘違いしたのか大慌てでレオンの背中をさすり出した。


「すっすまん、さすがに食後にいきなり腹を殴ればそうなるな・・・・済まなかった、だが大丈夫だ安心しろ、こういう時は吐いた方が楽になる!出せっ!さぁ速く出すんだ!」


あまりの痛みでその場から動けない(無傷)レオンと、勘違いして背中を摩るクリスタの奇行は、レオンの背中が摩擦熱で火を上げた時に終わった。


◇◇◇



いくらか風通しの良くなったクリスタの家で二人は紅茶を飲みながら団らんにふけっていた。


「何故殴った」


「貴様がもしかしたら偽物なのかもしれないと思ってな」


膝の上でくつろぐ白い毛玉を撫でながらそう答えたクリスタ。


「そんな理由で殴られたのか!!!」


「そんなだと?私にとって貴様の事は世界の事の数千、数万倍では足りない程重要な事なのだぞ?」


「・・・なんでそこまで俺のことを・・・・」


そこまで言った言葉は、それ以上続かなかった。

レオンはあの時の言葉を忘れてはいない。

辛かった、苦しかった、孤独に苛まれた、不必要な争いに巻き込まれた、絶望した。

そうレオンに言ったクリスタの言葉が全て“経験則”だったとしたら。


どうして世界を重要に思えるのか、どうして、ようやく見つけたその存在をないがしろにできるのか。


彼女は今、レオンと出会うことで辛さも苦しさも、孤独も絶望も全てからようやく解放されたのだ。

だからこそ、それと同時に不安だったのだ。

この安堵は、安寧は、安息は夢ではないのか、まやかしではないのか、そう思って、そう怯えてレオンに拳をたたきつけたのだ。

なぜなら彼女はそれ以外を知らない、最強は、そうすることでしか確かめることができないのだから。


「そうか・・・・お前は・・・・」


「あぁ、あといきなり胸を凝視されて少し不愉快だった、後悔はしていない」









「あ、はい、そうっすよね・・・・・・・」

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