prologue3
レオンハルトがクリスタに連れてこられた場所は、見渡す限りの荒野の続く場所だった。
空は赤黒く、雲は紫色の、生物の気配が全くしない場所である。
「こ、ここはどこだ!?」
どさっとその場に投げ捨てられたレオンハルトは、間抜けな姿勢のまま周囲を見渡し、焦っていた。
まさかあんなに痛いと思わなかった、というか、最強の肉体なのになぜここまで痛いのだろうか。
そんな疑問が頭を埋め尽くしている。
「立て」
冷酷にそう言い放ったクリスタの表情はレオンハルトからはうかがい知れないが、間違いなく楽しんでいる、レオンハルトにはそう思える確信があった。
何故ならここにレオンハルトを運ぶ際に、クリスタは鼻歌を歌いながらスキップをしていたのだ。
そのスキップの上下運動が、担ぎ上げられたレオンハルトの腰と首になかなかなダメージを与えたのは言うまででもない。
「ここは・・・・・生物が全て死んだ世界だ、この世界はじきに崩壊する、丁度いいと思って貴様を連れてきたんだ」
何を言ってるんだこいつは、そう思ったレオンハルトは、これが幻術やまやかしの類であると勝手に想像した。
そう言えば痛みもいつの間にかなくなってるし、などと軽い気持ちで彼女に相対した。
「私が全力の戦闘形態でくしゃみすると・・・・・・・世界が滅ぶ」
またしても意味の分からないことを・・・・半ば諦めの視線をクリスタに向けるレオンハルトだったが、何故か腰を落とした彼女を起点にして、空間が悲鳴を上げる様な、金切り声にも似た音がレオンハルトの耳に届いた。
それは世界の悲鳴だった。
世界が内包していい力の総量を大きく超え、それでもなお処理しきれない速さで増え続ける力に耐えきれず、大気が、空間が、そして世界そのものが泣いているのだ。
「安心しろ、死んだら一瞬だ」
「何も安心でき—————」
その日その時その場所で、レオンハルトという一人の人間は光になった。
突き抜ける激痛。
全身をプレス機で潰されたような、もはや筆舌し難いとしか言えないような・・・・そんな痛みが体中を走り抜け、気が付けば真っ白な空間に再び来てしまっていた。
(あれは・・・・ダメな奴だわ・・・マジだった、マジで世界消えた・・・・あんなのがいる世界とか聞いてないんだけど、何?え?最強の肉体普通に痛みとか通ってくるんですけど?もうヤダこのまま生まれ変わったらホオジロザメになりたい)
レオンハルトの記憶にあるのは、手に赤黒い稲妻を纏わせたと思ったら、そこから世界が崩れていく光景、そして最後に見たのは、目の前に突如現れたおっぱいだった。
そして気が付けばまたこの真っ白な空間に戻ってきてしまった。
この後は神が来て再びあの世界に戻るか―とか新しい力はーとか聞かれそうだけど全部無視しよう、俺はホオジロザメになると決めているんだ。
そう決意を固めたレオンハルトはゆっくりと起き上がり、背後に人の気配があることに気が付いて振り返ると—————。
「貴様は私が思った以上の男だっ!!!」
レオンハルトの視界一杯におっぱいが映りこみ、そしてそのおっぱいはそのままレオンハルトの顔面にぶつかるとその威力に耐えられず、背後に倒れ込んでしまった。
「—————ゴフッ・・・・」
「まさか私の全力に耐えられる生物がいるとは思わなかった!それに世界の崩壊に巻き込まれてもなおまだ生きている、それどころか怪我一つしていないとはっ!決めたぞ!レオンハルトよ!貴様は今日から私のものだ!貴様の全てを私に寄越せ!」
レオンハルトの目の前にはひどく興奮した様子のクリスタがおり、若干赤らめた顔でにこやかに微笑みを向けてきている。
「ま、まて!なんっなんでお前がここにいんだよ!」
「うむ、まぁ驚くのも無理はないか、何せ私でも世界の崩壊に巻き込まれて無事なものなど私しか知らぬ、貴様も同じだったのだろう?だが、大丈夫だ!貴様は既に私のものになった!貴様には私がいる!これからは孤独にさいなまれることも、不必要な争いに巻き込まれることもない!全てから私が貴様を守ってやろう!」
「おっ・・・・俺はっ、俺はホオジロザメになるんだっ!お前のものになんかならない!」
気が動転し訳の分からないことを言い始めたレオンハルト。
そもそもここを世界が消滅した後ではなく、あの神のいた場所と勘違いしている時点で、クリスタがここにいる事実が認められず、それどころか、なぜかホオジロザメに強い執着を得てしまっている。
「・・・・・私のものにならないというのか?」
「あ、あぁ!なるつもりはないね!」
「・・・・私のもの以外が滅ぼされた世界で生きるのと、私のものとして生きるの、選ばせてやる」
「おいなにしてる、早く帰るぞ」
「素直な奴は嫌いじゃないぞ」
全身を大人のオモチャ並みに微振動させながらかくかくと動くレオンハルトに、ふわっと笑みを浮かべたクリスタが背後から抱き着いた。
◇◇◇
クリスタの家についたレオンハルトは、頭を抱えていた。
「なぜだ、俺は最強の肉体を得たはずじゃないのか?じゃあなんで普通に痛みとかあるんだ?意味が分からないぞ・・・・さてはあのボッチ神俺を騙しやがったな・・・」
そんなことを言いながら頭を抱えていると、突然ポケットから振動を感じ、それをレオンハルトは取り出した。
「スマホ・・・しかも電話か?」
通話を押し、電話に出ると、先程までレオンハルトが恨みを募らせていた神の声だった。
『あぁー、あのね?アンタに伝え忘れたことがあるんだけどさ・・・』
言いにくそうに語り始めた神。
レオンハルトはその場で激高しそうになって、入浴中のクリスタの存在に気づき、押し黙った。
ここで騒げば間違いなくあの女が来る。
そうなれば次こそ体をすりおろされて殺される、そう考えたレオンハルトには黙る以外の選択肢が存在しなかった。
『えっとね、アンタの体は確かに説明通り最強になったんだけど、生物として痛覚を残さないとだめだったからそれは残ってるのよ、んで、ここからが重要なんだけど・・・・・・・設定ミスって防御力とか関係なく痛み感じるようにしちったっ!テヘペロ』
ツー…ツー…ツー…。
怒りを通り越したレオンハルトは無言で電話を切った。
今の話しを要約すれば、肉体的なダメージはないが、痛みだけはしっかりと伝わる。
それどころか、“防御力関係なく”という不吉なフレーズに戦慄した。
「おいどうしたのだ、そんな捨てられた犬のような顔をして」
風呂上がりのクリスタが水色のパジャマを着て、濡れた髪をタオルでわしゃわしゃと拭きながら膝を付いて涙を流すレオンハルトに声を掛けた。
「あぁ、ちょっと、あれだよ、あの、その・・・・・・・あぁぁっぁぁぁぁあぁあんっ!!!」
我慢した結果の大号泣だった。
シャンプーの香りを振りまくクリスタの胸に飛び込み、顔を豊満な胸にうずめなくレオンハルト。
その頭を優しく撫で慈しむ様な視線をレオンハルトに送るクリスタ。
「そうかそうか、辛かったのだな、苦しかったのだな、たった一人強すぎる力を持ってしまったがゆえに、常に孤独だったのだよな、大丈夫だ、これからは私がいる、貴様の孤独も、絶望もこの私が滅ぼしてやろう、だが、今は沢山泣け、そして噛み締めるのだ、今その最強だった貴様は泣き着ける“最強の伴侶”を手にしたのだ」
完全に勘違いであったが、今のレオンハルトにはその全てを包み込む様なクリスタの行動が暖かく、そして堪らない程嬉しく感じてしまった。
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