prologue2

『~取説~

アンタの体に施した最強改造は、私達神の力の結晶よ、たとえ何があってもその体に傷をつけることはできないし、病気も呪いも何も効かない、決して死ぬこともないわ。まさしく最強の体なの、その力を使ってあんたは異世界で最強を目指しなさい!昔一人でノートに書いてたあの夢を実現す—————』


男はその場で取説と書いてあった紙を破り捨てた。

男が今立っているのは街中、それもなかなかに人の往来がある場所であった。

そこにいきなり人が現れたら普通パニックにもなるはずだが、周囲の者は突然現れた男を見ても何も反応を示さない。


石を敷き詰めた道路に、煉瓦造りの家々が立ち並ぶ小奇麗な街、この街を見た時の男の感想がそれだった。

今までの近代的な都市とは違い、どこか趣のある景色に、本当に異世界に来たんだな、と密かに胸を高揚させていた。


(最強の肉体か・・・・これで俺の異世界チーレムが実現するんだな)


ニヤリと破顔した男はゆっくりと歩き始める。

さしあたってはファンタジー物のテンプレであるギルドに行ってみようと足を進めたのだ。

恐らくギルドなどの主要な建物はメインストリートにある、そう当たりを付けた男はまずメインストリートを探して彷徨うことにした。


道中男は自分の名前も異世界風に変更しようと、頭を捻らせていた。

彼の名前は、田中・玲音春斗レオンハルト。学校などでは一つの苗字に名前が2つあるようだとよく罵られた彼は、その一般的な苗字と、キラキラした名前のギャップに頭を悩ませた事は一度や二度ではない。


こんな世界に来てしまったんだ、どうせならカッコイイ苗字にしたい、そう思っていた。


(テンプレを考えると名前が先に来るんだよな、レオンハルト・・・・何にしようか、逆にあえてただのレオンハルトっていうのもかっこいいよなぁ)


この男、かなりこじらせたタイプのあれである。




◇◇◇


世界の中で最も大きく、そして抜きんでた魔法技術を有する国がある。

出来たばかりの国であったが、僅か5年で一つの大陸を平定したこともあって、誰もその国に逆らわない。

圧倒的な武力を誇り、仇名すものはたとえどのような者であろうと一撃のもとに消滅させられた。


その国に侵略を旨とする軍は存在せず、常に戦争はたった一人の女性が戦っていた。

一振りで万の大軍を吹き飛ばし、その圧倒的な美貌、そして圧倒的な強さに引かれた者たちが作り上げた国、それがアルドノア。

国の王はたった一人の為に国を作り、その女性を祭る宗教を国教に位置した。

この国の構成員の殆どが、その女性と戦った敗残兵である。

荒くれものも多かったこの国をまとめ上げられたのは偏に、その国王が“勇者”と呼ばれていたからに他ならない。


その国に住まう誰もかれもがその女性を信仰し、そして尊敬している。

神でさえ討ち滅ぼす力を持つ、文字通り最強の女性“クリスタ・アバントヘイム”のことを。


そして、玲音春斗こと、ただのレオンハルトがこの世界に転生して1か月、町はずれにあるつつましやかなクリスタの家の前に、一人の男が現れた。

アルドノア国民からすれば、聖域とも称されるその家に、土足で踏み込んだのは、最強の肉体という強大なアドバンテージを得て、有頂天になっているレオンハルトであった。

彼はギルドに登録後、そこそこの依頼をこなした。

神の改造のお陰か、身体能力は高くなっており、魔法の適正も高く、そこらの冒険者など相手にもならない程だった。

増長し、完全に天狗になったレオンハルトは、最強の女性、クリスタを倒し、この世界にその名をとどろかせようとこの場に赴いたのだ。


殺気を体から放ち、こじゃれた家を見据えるレオンハルト。

その瞳は猛禽類を思わせる獰猛な視線で合ったが、家から出てきた一人の女性の姿を見た時、その瞳は毛色を大きく変えた。


銀色の美しい長髪に、ひと房だけ飛び出し、自己主張を行うアホ毛。

すらりと伸びた足に、引き締まった腰、大きく突き出した豊満な胸の上にしなやかな首があり、それが支える顔がこれまたレオンハルトの視線を釘付けにした。


スッと通った綺麗な鼻、勝気な少しつった瞳、口元はむっとしているのか、少しゆがめられてはいる物の、その美しさを損なうことはなく、ただ、“違った魅力”を演出しているだけだった。


この世の美を全て集めた様な、そんな女性が、家から出て、レオンハルトを睨んでいたのだ。


「なんだ貴様は、私に殺気を向けることがどういうことかわかっているのか」


少し低めのアルトボイスがその場に響き、それと同時に空気が凍て付く。

温度が下がったわけではないが、それでもレオンハルトには冷たい何か、を感じ取ることができた。


「俺はレオンハルト、ただのレオンハルトだ」


こじらせにこじらせたレオンハルトはニヒルに笑みを浮かべながらそう言った。

それを銀髪の女、クリスタは小さく復唱し、今度はレオンハルトに声を掛けた。


「それで?そのタダノ・レオンハルトが私に何の用だ」


「違う、少し違う」


「ん?何が違うのだ?」


「タダノじゃないの、ただの、普通の、なんでもないってかんじのやつ、もう説明させないで、ほんと死にたくなるから」


こじらせた挙句、それを説明させられるという先制攻撃を浴びたレオンハルトは末に瀕死だった。

おもに心が。


「ではそのレオンハルトが何の様だ」


「—————ふふふっよく聞いてくれたな」


「とりあえず殴るが、いいな?」


恰好をつけ、勿体ぶる様に語ったレオンハルトに顔面にクリスタの拳が突き刺さる。

実はそれはレオンハルトがこの世界で、初めて攻撃を受けた瞬間でもあった。


「ぎゃぁぁっぁぁあいたいいたい!?めっちゃ痛いんですけど!?!?!?え?最強の肉体どこ行ったの?ねえ神様ってば!?えええええええ!?死ぬほど痛いっ!!!あぁぁぁぁマジでやばいわコレ!絶対折れたよこれ!!!」


その場でじたばたとのたうち回り、殴られた頬を抑えるレオンハルト。

しかし、逆にクリスタは殴った自分の拳を少しの間見つめ、そして意を決したようにレオンハルトに声を掛けた。


「おいレオンハルトとやら、貴様をこれから全力で殴る、おそらくお前は死ぬ、だが、もし・・・・もしもそれでも生き残る様であれば・・・・その時はこの私をくれてやろう」


先ほどの一撃でさえ、飛び出したクリスタのケリ足で地面がめくれ上がり、殴られたレオンハルトの背後は地面が波を打っている。

しかし、それでも、最強の女クリスタは本気ではない。


騒いでいたため、今のクリスタの話しが全く聞こえなかったレオンハルトは、襟元を掴まれ、そのまま抱えあげられると、クリスタによって連れ去られていった。

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